第134話 ユキさんの休日申請と、新しいレストラン
「レオン! 妾もたまには休みたいのじゃ!」
帝国から帰国した俺は、ルミス村での執務に追われ、忙しい日々を送っていた。
「えっ? ユキさん!?」
その日の業務もひと段落が付き、コーヒーとケーキでゆったりと午後の時間を楽しんでいると、突然食堂の扉が勢いよく開かれてユキさんが飛び込んできた。
「ぬっ! お主ばかり旨そうなものを食いおってズルいではないか」
俺の手元のケーキを凝視しながらズンズンと近づいてくる。
「えっと……良かったら食べますか?」
「うむ。頂くのじゃ!」
俺の向かいの席に着いたユキさんは、差し出されたケーキを美味しそうに頬張る。
「むふ~、幸せなのじゃ~」
「てか、僕に何か用があったのでは……?」
「はっ! そうであった!」
ガバっと視線をケーキから俺に移し、ビシッと俺を指さすユキさん。
「ユキ様、口の周りにクリームがついてますよ」
そう言うと、アンナがユキさんの顔をナプキンで拭う。
「むっ、すまぬなアンナ」
お礼を言ってから、再び俺へ向き直る。
「妾は休みを所望する!」
「お休みですか?」
「そうじゃ! 妾はもう疲れたのじゃ!」
ユキさんは机をバンバンと叩いて主張した。
「地下闘技場の運営だけで一日が終わっていく……」
かと思えば、遠い目をしながら天井を見上げる。
「妾もたまには遊びに行きたいのじゃ~!」
ついには机へ突っ伏して泣き真似まで始めた。
「あっ! またレオン様が女の子泣かせてます!」
「“また”って何ですか、リュミナ先生」
食堂へ入って来るなり、突然おかしなことを口走るリュミナ先生へ向けて、俺は断固抗議した。
「ふん! 私はいつもレオン様に騙されて泣かされてるんですからね!」
プイッと顔を背けて頬を膨らませる。
「はて? 思い当たる節がありませんね」
「ヒドイ! それでも私の弟子ですか!」
「はいはい。これをあげますから機嫌直してください」
アンナに合図すると、ケーキとコーヒーがリュミナ先生の前へ運ばれる。
「わぁ~。美味しいです~」
――うん。相変わらずチョロい。
ご機嫌でケーキを頬張るリュミナ先生を横目に、俺はユキさんへ向き直った。
「それで、ユキさん。お休みの件ですが……」
声を掛けると、ユキさんのキツネ耳がピクリと動く。
「週に一日は休みにしましょうか」
「本当か!?」
ガバッと顔を上げるユキさん。
「まあ、体を壊されたら困りますからね」
「おお! ありがとなのじゃ!」
満面の笑みで両手を上げて喜ぶ姿を見ていると、何だかこちらまで嬉しくなる。
「では早速遊びに行くのじゃ」
「今からですか?」
「うむ。実は最近、新しいレストランが出来たみたいでな」
「へぇ~。そうなんですね。僕も今度行ってみようかな」
「何を言っておる。レオンも今から一緒に行くのじゃぞ」
「えっ? 何で僕が一緒に?」
するとユキさんは露骨に視線を逸らした。
「いや……その……妾は今、手持ちがなくてのぅ……」
「ん? お給料はちゃんと払ってますよね?」
地下闘技場の売上から、ユキさんには毎月それなりの給金を渡している。
「その……地下闘技場の周りには旨そうな店が多くてな……」
「もしかして全部使っちゃったんですか?」
「う、うむ。もうスッカラカンじゃ」
「はぁ~……」
俺は思わず額を押さえた。
「もしかして今日来たのも、それが目的ですか?」
「良いではないか! たまには妾を労ってくれても!」
「分かりましたよ。今日だけですよ」
「うむ! 良い雇い主に出会えて妾は幸せ者じゃ!」
と、その時だった。ケーキを平らげ、コーヒーを飲み干したリュミナ先生が勢いよく立ち上がる。
「レオン様のおごりでしたら私もご一緒します!」
「え? 何でリュミナ先生まで」
「いいじゃないですか。尊敬する師匠をたまには労ってください」
「尊……敬……?」
「ちょっ!? 何でそんな反応なんですか!」
リュミナ先生がプリプリ怒りながらこちらへ迫ってくる。
「はいはい。では“尊敬”するリュミナ先生もご一緒しましょうか」
「ふふふ。分かればいいんですよ」
「じゃあアンナ。そういう事だから少し出掛けてくるよ」
「あ、レオン様。エリス様にも伝えないと――」
「ほれ、レオン! 急ぐのじゃ!」
アンナの言葉を遮るように、ユキさんが俺の腕を引っ張る。
「もう、そんな慌てなくてもレストランは逃げませんよ」
こうして俺たちは、新しく出来たというレストランへ向かうことになった。
* * * * * * *
「へぇ~、中々雰囲気の良い店だね」
ルミス村の中心地には、レンガ造りで三角屋根の真新しい建物が建っていた。木製の看板には『陽だまり亭』と書かれている。
「こんな店があったなんて知らなかったよ」
俺はレストランを眺めながらユキさんへ話しかける。
「うむ。妾も地下闘技場の噂で聞いたのじゃ」
何でも、安くて美味しいレストランが出来たと冒険者たちの間で話題になっていたらしい。
「それは楽しみですね」
リュミナ先生も期待に満ちた表情で頷く。最近は執務続きだったし、たまにはこういう息抜きも悪くないかな。
「それじゃあ入ろうか」
カラン、カラン――。
「いらっしゃいま――」
扉を開くと、ホールにいた若い女性店員が元気よく声を上げる。だが俺の顔を見た瞬間、その動きがピタリと止まった。
「だ、代官様……」
「ん? ああ。今日はプライベートだから、そんなにかしこまらなくても――」
そう言いかけた瞬間、女性は何故か勢いよく厨房へ駆け込んでいった。
「えっ?」
俺たちが呆気に取られていると数秒後――。
「なっ!?」
女性は包丁を握りしめて戻って来た。
「レオン様!?」
リュミナ先生が慌てて前へ出る。しかし、女性が持ってきた包丁はどう見ても料理用で、構えも素人感満載なため、全然迫力がない。
「フェリクスさんを捕まえに来たんですね!?」
「はっ?」
あまりにも唐突な言葉に、思わず間抜けな声が漏れる。
「どうしてフェリクスさんがこの村にいるってバレたんですかっ!」
「いや、フェリクスさんって誰!?」
「しらばっくれないでください!」
女性は涙目になりながら叫ぶ。
「やっぱり密告されたんだ……」
「いや、本当に心当たりがないんだけど……」
「彼は死んでも渡しません!」
包丁を握る手は震えている。だが、その目には必死な覚悟が宿っていた。
――いや、本当にどういうこと?




