第132話 辺境の矛と、帝国最強の騎士
「≪アクア・パピリオ≫」
魔法を発動すると、俺の周囲に無数の水の蝶が生み出された。透き通る青い羽を持つ蝶たちは、陽光を反射しながらふわりと舞い上がる。
「おお……」
「綺麗……」
周囲の帝国民たちが思わず見惚れる中、水の蝶たちは一斉に王宮へ向かって羽ばたいていった。そしてしばらくすると、蝶たちは王宮内にいる一人一人の背へ静かに止まっていく。
「う~ん、まだ結構人が残ってるなぁ」
蝶を通して気配を探ると、王宮内部には未だ大勢の人間が残っていた。中には避難を始めている者もいるが、半数以上は“どうせ脅しだろう”と高を括っているようだ。
「さて、どうしたものか……」
王宮を更地にするため、事前に避難勧告を行ったのだが、どうやら信じてもらえなかったらしい。
「あ、あのレオン殿……」
俺が王宮更地化計画について真剣に悩んでいると、後ろから遠慮がちな声が聞こえた。
「へ? あ、はい。どうしました? ルシオ様」
「その……加勢しなくて大丈夫なのでしょうか?」
ルシオ様の視線の先では、帝国最強クラスの騎士グラディと父上の激戦が続いていた。
ギィン!
ガキィィン!!
凄まじい剣戟が響き渡り、衝撃波だけで周囲の石畳が砕け散っている。
「へぇ~、父上に傷を付けるなんて、あの騎士やるね」
「そんな悠長な……」
ルシオ様が心配するのも無理はない。戦っている父上の体には、戦闘の激しさを物語るように至る所へ切り傷が走り、着ているシャツは所々赤く染まっていた。一方のグラディには傷一つなく、余裕すら感じられる。
「はっはっは! 王国の剣士も大したことないな!」
高笑いを響かせながら、グラディが父上へ猛攻を仕掛けていく。父上はその攻撃を避け、受け、いなし続けるが、それでも体の傷は徐々に増えていった。
「避けてばかりでは私には勝てんぞ!」
「ふむ。そういうお前も、私を倒しきれていないようだが?」
「ちっ! 減らず口を!」
先ほどまでの余裕の笑みを消し、グラディが苛立ったように踏み込む。
「レオン殿! このままではバルトル卿が……」
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」
「し、しかし……」
「そうですね、ではルシオ様に父上のとっておきの秘密をお教えいたしましょう」
「秘密……ですか?」
俺は不安げなルシオ様へ、そっと耳打ちした。
「実は父上の利き手は“左”なんです」
「……え?」
ルシオ様が目を丸くした、その時だった。
「おのれ! ちょこまかと鬱陶しい!」
グラディの怒声が響く。
「なんだ、こらえ性のない奴め」
父上がニヤリと笑って挑発する。
「黙れ! 次の一撃で、その憎たらしい顔を粉々にしてやる!」
「そうか。では私も、そろそろ本気で行くとしよう」
そう言って父上は、剣を左手へ持ち替えた。
「ふん! 小細工したところで私には勝てん!」
「ふふふ。やってみなければ分からんぞ?」
両者がゆっくりと間合いを詰める。
「終わりだぁぁぁ!!」
グラディが雄叫びを上げ、渾身の一撃を振り下ろす。それに対し、父上が左手で横薙ぎに剣を振るった次の瞬間――。
パキンッ。
「なっ!? 馬鹿な……!」
グラディ自慢の剣が、まるで木の枝のように根元から綺麗に断ち切られた。
「終わりだ」
「ぐふっ!?」
驚愕で隙だらけとなったグラディの腹へ、父上の回し蹴りが炸裂する。
ドゴォォォォン!!
グラディの体は凄まじい勢いで吹き飛び、そのまま壁を突き破って王宮へと消えていった。
「むっ。少し強く蹴りすぎたか」
父上が吹き飛んでいくグラディを見ながら呟く。
「お見事です、父上」
「ふむ。少しは楽しめたな」
満足そうに頷く父上のもとへ駆け寄る。
「す、少し……あれでも我が国の最強戦力なのですが……」
アルノルト様が、壁に空いた大穴を見ながら大きなため息をつく。
「うむ。あの騎士も中々強かったぞ」
「その割には、かなり手加減していたようですが……」
ルシオ様が父上の左手の剣を見ながら引きつった笑みを浮かべる。
「はっはっは! 直ぐに終わってはつまらないからな!」
「さすが父上です。しかし――」
俺はボロボロになった父上のシャツを指差した。
「それ、絶対母上に叱られますよ」
「はっ……しまった! つい楽しくて――」
父上が青ざめながら頭を抱えた、その時だった。
ドォォォォン!!
ガラガラガラ!!
「……」
「……」
突如、俺たちの目の前で王宮が轟音と共に崩れ落ちた。
「……えっと、父上?」
「うむ。手間が省けたな」
父上が真顔で頷く。どうやら吹き飛ばされたグラディが、王宮内部を盛大に破壊してしまったらしい。
「いやぁ、さすが帝国最強クラスですねぇ」
「感心してる場合じゃないですよ!?」
しみじみと頷くガイルに、セージくんのツッコミが突き刺さる。
「……でも更地化の手間は減ったんじゃない?」
ユウキくんが苦笑混じりにフォローを入れた。
「うん。確かに」
「確かに、ではなぁぁぁい!!」
俺が頷いた瞬間、アルノルト様の悲痛な叫びが響き渡る。
(うん。崩れた瓦礫が結構残ってる)
――更地って意外と難しいなぁ。
そんなことを考えながら、俺は再び王宮へ視線を向けるのだった。




