第130話 王都への呼び出しと、更地化計画
「え? 王都へ行くのですか?」
バルトル城の執務室で、俺は父上と向かい合っていた。
「うむ。この間の襲撃に関しての話らしい」
それは、ひと月ほど前の出来事。ノアくんとアンナの結婚式の最中、突然現れた武装集団が神殿へ乱入し、俺を誘拐しようとした。
――まあ、なぜかノアくんを俺だと勘違いしてたんだけど。
「確か犯人は王都へ送ったんでしたっけ?」
「ああ。お前を狙った以上、ただの賊ではないだろうからな」
領主の息子を誘拐しようなど、普通の者が考えることではない。そのため捕らえた賊たちは王都へ送られ、王宮主導で詳しい調査が行われていた。
「調査に進展があったんですかね?」
「恐らくな。この忙しい時期に王都へ行かねばならんとは……」
父上は不機嫌そうに腕を組む。
「ははは。父上も大変ですね」
「何を言っている。お前も行くのだぞ」
「へっ? 僕もですか?」
「当たり前だろう。狙われたのはお前なんだ」
「ですよね……」
俺は苦笑しながら肩を落とした。
「それで、いつ出発ですか?」
「三日後だ。それから例の“浮かぶ馬車”の手配も頼む」
「≪スカイホースくん2号≫ですね。準備しておきます」
* * * * * * *
「あれ? リヒト様とセージくん?」
王都へ到着した俺たちは、そのまま王城へ向かった。そして案内された部屋で待っていた人物を見て、俺は思わず声を上げてしまう。
「こらレオン。殿下に馴れ馴れしいぞ」
父上が慌てて注意するが、リヒト様は片手を上げてそれを制した。
「構わぬ。久しいな、レオン。バルトル卿も、わざわざすまなかった」
「もったいなきお言葉です」
父上が恭しく頭を下げる。
「てか、何でリヒト様とセージくんが――」
ゴンッ!!
「痛っ!?」
父上のゲンコツが俺の頭に炸裂した。
「何するんですか父上!」
涙目で頭を押さえながら抗議すると、父上がジロリと睨んでくる。
「うぅ……えっと、リヒト殿下。なぜこのような場所に……?」
父上からの圧に屈して言い直すと、リヒト様が豪快に笑った。
「はっはっは! 相変わらずだな、レオン」
「えっと……もったいなきお言葉?」
「くくっ。別に公式な場ではない。普段通りでよいぞ」
「えっ、本当に? 良かった~」
安堵した俺は改めて二人へ視線を向ける。
「それで、何で二人がここにいるの?」
すると、それまで黙っていたセージくんが一歩前へ出た。
「今回の事件を調査したのが、私たちだからだ」
「そうなんだ。何かわかったの?」
「うむ。それなんだが……」
リヒト様が言いにくそうに口ごもった、その時――。
「その件については、私が話そう」
扉が開き、部屋へ入ってきた人物を見て、俺は再び驚きの声を上げた。
「あれ? アルノルト殿下?」
入ってきたのは、ヴァルグラン帝国第一皇子、アルノルト様。そして、その後ろからひょこりと顔を出したのは――。
「レオン殿。お久しぶりです」
「えっ!? ルシオ様まで!」
第四皇子ルシオ様と、その護衛であるセラフィーナさんだった。
「この度は、本当にすまなかった」
混乱する俺に向かって、アルノルト様が突然頭を下げる。
「えっ!? いきなりどうしたんですか?」
「実は今回の襲撃に、ヴァルグラン帝国が関わっている可能性が高いのです」
申し訳なさそうにルシオ様が説明する。
「何で帝国が……?」
「実は私がアルトリウス王国へ来たのは、助力を求めるためだったのだ」
「へっ? レオーナに会いに来たんじゃなかったの?」
俺の言葉に、ルシオ様が吹き出した。
「ふふっ。実は私も兄上から聞かされた時、同じ反応をしてしまいました」
「弟よ。兄を何だと思っていたのだ」
「ただのレオーナさん好きかと」
「……否定はせぬが」
アルノルト様がガックリと肩を落とす。
「それで、王国に助力とは?」
俺が尋ねると、アルノルト様の表情が真剣なものへ変わった。
「どうやら帝国内で、不穏な動きがあってな」
「不穏な動き?」
「他の皇子たちが、未だ王国侵攻を諦めておらぬらしい」
以前、帝国はカインくんたちを利用して王国弱体化を狙っていた。その計画は阻止され、逆に皇子たちの勢力を削る結果となったはずだったのだが……。
「まだ懲りてなかったんですか」
「ああ、だからこの機会に王国を狙う馬鹿どもを一掃しようと思ってな」
「アルノルト殿下のご兄弟をですか?」
「そうだ。どうせ私が皇帝になる上でも邪魔だったしな」
さらっと物騒なことを言った後、アルノルト様は目を伏せた。
「だが、奴らの動きは私の想像より早かったようだ」
「それで、何で僕が狙われたんでしょう?」
「うむ……どうやら、帝国内で『レオン殿は私の親友』という話になっていてな」
「はっ? なんで?」
思わず素っ頓狂な声が出た。
「レオーナさんに会うため、何度かバルトル領へ行ったのだが……」
アルノルト様が腕を組んで考え込む。
「どこで間違ったのか、『レオン殿に会いに行っている』という話になったらしい」
――うん。レオーナは俺だから間違ってはいないか。
「レオン殿を人質にすれば、兄上が動けなくなると考えたのでしょうね」
ルシオ様が笑いを堪えながら言った。
「まったく、とんだ誤解で迷惑をかけてしまった」
アルノルト様は改めて俺へ頭を下げる。
「そして迷惑ついでに、レオン殿にも助力を頼みたいのだが」
その言葉を聞いた瞬間、俺の視界は暗転した。
* * * * * * *
「た、大変です! レオン様!」
ルミス村で執務をしていた俺の元へ、ノアくんが血相を変えて飛び込んできた。
「どうしたの?」
「玄関に、傷だらけの男の人が倒れています!」
その報告を聞いた俺は急いで屋敷の玄関へ駆け出した。そこで見たのは――。
「えっ……アルノルト殿下?」
全身を血に染めたアルノルト様だった。
「レオン……殿……すまない……」
「ど、どうしたんですか、その傷! 誰か! 急いで治療を――」
だが、アルノルト様は俺の手を掴んで首を横に振る。
「私は……もう……手遅れだ……」
「何言ってるんですか!」
「それより……早くここから逃げるんだ……」
弱々しく息を吐きながら、アルノルト様が呟く。
「レオーナさんを……頼む……」
その言葉を最後に、アルノルト様の手から力が抜け落ちた。そして――。
ドゴォォォォン!!
「きゃあああっ!!」
轟音と悲鳴が響く。顔を上げると、村のあちこちから黒煙が上がっていた。
「はっはっは! 王国の奴らを根絶やしにしろ!」
燃える家々。
響く悲鳴。
倒れていく人々。
帝国の紋章を付けた兵たちが村人を蹂躙していくその光景を、俺はただ見ていることしかできなかった。
* * * * * * *
「……っ!」
気づけば視界が戻っていた。
(なるほど。これは≪千客万来≫さん案件か……)
ぼんやりする頭で、俺は先ほど見た“未来”を思い返す。
「そして迷惑ついでに、レオン殿にも助力を頼みたいのだが」
恐らく、あの頼みを断れば、先ほどの未来が現実になるのだろう。だが、今回に限っては心配いらない。なぜなら――。
ガタンッ!!
俺は勢いよく立ち上がると、そのまま出口へ向かった。
「おい、レオン! どこへ行く!」
セージくんが慌てて俺の腕を掴む。
「いや、ちょっと帝国を更地にしに行こうかと」
「は?」
セージくんが固まった。
「待て、少し落ち着け!」
「大丈夫だよ、セージくん。僕は冷静だから」
「嘘つけ! メチャクチャ切れてるだろ!」
当たり前だ。ノアくんもアンナも、幼い頃からずっと面倒を見てくれた、俺にとっては家族みたいなものだ。そんな二人の結婚式を、あんな形で台無しにされたのだ。怒らないわけがない。
「僕の家族に手を出した報いを受けさせねば!」
「ヤバい、目が本気だ……!」
「セージ! 絶対にレオンを離すなよ!」
リヒト様が叫びながら、俺を後ろから羽交い絞めにした。
「ぐぬぬぬ! リヒト様、放して!」
「待つのだ、レオン」
リヒト様の拘束を抜け出そうともがいていると、父上の低い声が部屋に響いた。
「帝国にどれだけの民がいると思っている」
「そ、そうだぞレオン! 罪のない人間を巻き込むつもりか!」
セージくんも慌てて続ける。
「うぐっ……それはそうだけど……」
言葉に詰まっていると、父上は静かに頷いた。
「だから更地にするのは宮殿だけにしておけ」
「は?」
リヒト様が絶句した。
「さすが父上。思慮深い判断です」
「うむ。それから私も帝国へ行くぞ」
「父上もですか?」
「ああ。あの程度の賊では物足りないと思っていたところだ」
「あっ! だったらガイルも誘いましょう!」
「おお、それは良い案だな。奴も消化不良だっただろう」
父上と俺が真顔で頷き合う。
「いや、お前たち本当に何を言って――」
呆然とするリヒト様の拘束が緩んだ隙に、俺は扉の前まで移動した。
「アルノルト殿下」
振り返り、俺はニッコリと笑う。
「助力の件、喜んでお引き受けします」
「よしでは行くか。ザックス!」
「へい」
父上の声に、いつの間にか扉の外にいたザックスが顔を出す。
「バルトル領へ戻るぞ」
「戦争ですかい?」
「ああ。帰ったらすぐに出陣だ」
「承知しやした」
ザックスがニヤリと笑う。
「い、いや! 二人ともちょっと待てぇぇぇぇぇっ!!」
王城中に、リヒト様の悲鳴が響き渡るのだった。




