第128話 幸せな結婚式と、よみがえる退職願の記憶
「あなたはこの者を妻として、悲しみ深い時も喜びに満ちた時も、共に過ごし、愛をもって互いに支え合うことを誓いますか?」
「ち、誓います」
緊張で少し裏返った声が、静かな神殿に響く。
「あなたはこの者を夫として、悲しみ深い時も喜びに満ちた時も、共に過ごし、愛をもって互いに支え合うことを誓いますか?」
「はい、誓います」
柔らかく、それでいてしっかりとした声。厳かな空気に包まれたバルトル領の神殿では、司祭様を前に二人の男女が夫婦の誓いを交わしていた。
「では、誓いの口づけを」
司祭様の言葉に、新郎はガチガチになった手でベールを持ち上げる。
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ?」
「う、うん……」
新婦がくすりと笑う。
そして――。
二人はそっと唇を重ねた。
「うぁぁ~ん!! 二人とも良かったよぉ~!!」
「ほら、レオン様。鼻水を拭いてください」
「ありがとエリス。ち~ん!」
「おいレオン。良いところなんだから静かにしろ」
ミナミさんが呆れた顔で人差し指を口元に当てた。
「だってぇ……二人ともすごく幸せそうなんだもん……」
壇上ではアンナとノアくんが互いに見つめ合い、照れくさそうに笑い合っている。
「ふふふ。本当に幸せそうですね」
エリスが口元に手を当てて微笑む。
「にしても、まさかあの二人が結婚とはなぁ……」
ミナミさんの言葉に、俺も深く頷いた。
「うん。聞いた時は僕も驚いたよ」
それは数日前、ルミス村の執務室での出来事だった。
* * * * * * *
「ふぅ~。今日も一日頑張った」
代官としての業務を終えた俺は、執務室で書類の片づけをしていた。すると――。
コンコン。
「はい、どうぞ」
「失礼します」
ノックの音に返事をすると、メイドのアンナが部屋へ入ってきた。
「あれ? アンナと、それから……」
アンナの後ろには、従者のノアくんが立っている。
「二人一緒に来るなんて珍しいね」
「はい、実はお話がありまして……」
二人のどこか申し訳なさそうな様子に、俺の脳裏にある光景が蘇った。
呼び出された会議室に重苦しい空気。そして差し出される封筒。そこに書かれていたのは“退職願”の三文字……。
恐らく前世での記憶であろうその光景に俺は、嫌な想像をしてしまい、勢いよくノアくんの足元へ縋りついた。
「ま、待って! 辞めるとか言わないで!」
「え? 何の――」
「僕の何がいけなかったの!? ダメなところは直すから!」
「ちょ、レオン様。落ち着いてください!」
「うわぁ~ん! 僕を見捨てないでぇ!!」
俺の必死の懇願に、アンナが呆れたように膝をついて目線を合わせる。
「もう、私たち辞めたりしませんよ」
「へ? 辞めない……?」
「当たり前じゃないですか。一生レオン様にお仕えしますよ」
その言葉に、俺はほっと息を吐いた。縋りついていた手を離し、その場にぺたりと座り込む。
「なんだ~……良かったぁ……」
そんな俺の姿を見て、ノアくんがクスクスと笑った。
「そうですよ。僕たちは結婚の報告に来ただけですから」
「そっか~、結婚か~……けっこん? 誰が?」
するとノアくんは、自分を指差して言った。
「僕がです」
「ノアくんが? 誰と?」
今度はアンナが、少し恥ずかしそうに自分を指差す。
「えっと……私とです」
「アンナと……ノアくんが……結婚……」
二人が同時に頷く。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
執務室に絶叫が響いた。
「そ、そんな驚かなくてもいいじゃないですか」
俺の大声に耳を塞ぎながら、アンナが頬を膨らませる。
「だって、そんな素振り全然なかったじゃん!」
「それは……仕事中でしたから」
ノアくんが頬をかきながら答える。
「それに、二人ともいつも張り合ってたし」
「いや、その……気づいたら意識してたと言いますか……」
「いつの間にか……って言わせないでください!」
ノアくんがしどろもどろに答えると、アンナは顔を真っ赤にして、プイッとそっぽを向いた。
「それで、雇い主であるレオン様に承諾を頂きたく……」
「もちろん祝福するよ! おめでとう!!」
俺はノアくんの言葉を最後まで聞かず、即答した。
「よし、こうしちゃいられない!」
「レオン様? どちらへ?」
勢いよく立ち上がった俺に、アンナが慌てて声をかける。
「もちろん、結婚式の準備だよ!」
「え? ちょっ、レオン様――」
「そうだ! 母上にも相談しないと!」
「いや、待って下さ――」
「安心して! バルトル領で一番盛大な結婚式にしてあげるから!」
「だから話を聞いてくださ~~い!!」
* * * * * * *
「しっかし、豪華な結婚式だよな」
「はい。まるで上位貴族の結婚式のようです」
ミナミさんとエリスが、式の規模に感嘆の声を漏らす。
「ふっふっふ。母上も巻き込んでの一大プロジェクトだからね」
反対側の席へ目を向けると、俺の視線に気づいた母上が、ニコリと笑ってグッと親指を立てた。その隣では、父上がノアくんの父であるガイルの肩を叩きながら、嬉しそうに新郎新婦を見つめている。
「それに、予行練習でもあるしね」
「予行練習?」
俺の言葉に、ミナミさんが首を傾げた。
「もちろん、僕とエリスの結婚式だよ」
そう言って、隣に座るエリスの手を取る。
「レ、レオン様……!」
「僕たちも幸せな結婚式を挙げようね」
「は、はい! 私も楽しみです……!」
真っ赤になりながらも嬉しそうに微笑むエリス。
「はいはい。お熱いことで」
ミナミさんがやれやれと肩をすくめる。と、その時だった。
バンッ!!
勢いよく神殿の扉が開き、その場の空気が一瞬で静まり返る。そして参列者全員の視線が、一斉に入口へ向いた。
――え? 誰?




