第127話 美しき騎士団長と、悪女レオーナの甘い罠
「うぅ~、もうお嫁にいけない……」
「いや、お前ノリノリで着替えてたじゃないか」
俺がシクシクと泣き真似をしていると、後ろから呆れた様子のミナミさんの声がした。
「そうデス。私たちはお化粧しただけデス」
腕を組みながら満足げに頷くマリアさん。
「レオーナちゃん……とっても可愛いです……」
うっとりとした表情で見つめてくるエリス。そう、マリアさんとエリス、ミナミさんに拉致された俺は、三人の手によって完璧美少女へと生まれ変わっていた。
「ありがとう、エリス」
にこり、と“美少女スマイル”を浮かべてみせると、その瞬間――。
「……っ!」
エリスが額に手を当て、そのままふらりと崩れ落ちた。
「くっ……! 美少女レオン様の笑顔……これは……アリですわ……!」
「おーいエリス、帰ってこい。それ、中身男だからな」
「ちょっ、ミナミさん!?」
慌ててミナミさんの口を押さえる。
「大きい声で正体バラさないでよ!」
「大丈夫だろ。みんな知ってるし」
「え?」
「知らないのは――」
ミナミさんはちらりと武舞台を見る。そこでは、帝国の第一皇子、アルノルト殿下によって激闘が繰り広げられていた。
「あそこの皇子様くらいだろ」
「そんなバカな……」
思わず膝から崩れ落ちる。
「でも領のみんなも、普通に接してくれてますわよ?」
「それは“女装癖のある領主の息子”に気を使ってるだけだろ」
「女装癖って言わないで!!」
がっくりと肩を落とす俺の背中をマリアさんが容赦なく叩く。
「ほら、落ち込んでないでアルノルト殿下を応援するデス!」
「そうですわね……こうなったらやけですわ!」
――もうどうにでもなれ!
俺は両手を口元に添え、声を張り上げる。
「アルノルト様~! 頑張って~!」
その声が届いたのか武舞台の上で、アルノルト殿下の動きがピタリと止まった。そして――。
きょろきょろ。
観客席を見回したかと思ったら――。
「おお! やはりレオーナさんか!!」
「え、ちょっ――」
次の瞬間。戦闘を完全に放棄して、一直線にこちらへダッシュしてきた。
「私の応援に来てくれたのか!」
嬉しそうに俺の両手をガシッと握る。
「え、あの……まだ試合中では?」
「む、そうであったな」
くるりと振り返り、武舞台を見据えるアルノルト殿下。
「待っていてくれ、レオーナさん。君に勝利を捧げようではないか」
ビシッと決めポーズを決めて戻ろうとした、その時――。
「ぬしは場外に出たから失格じゃぞ」
「なっ!?」
ユキさんからの冷静すぎる宣告がアルノルト殿下へ告げられる。
「私が……失格……だと……?」
呆然と立ち尽くすアルノルト殿下。
「そこで大人しく見ておれ」
「いや、しかし……」
そんなアルノルト殿下の様子を武舞台上からみていたセラフィーナさんが、額に手を当てて深いため息をつく。
「……まったく、何をしているんですか」
「して、おぬしはどうするのじゃ? 棄権するか?」
「いえ、その必要はありません」
ユキさんからの疑問にセラフィーナさんは長い髪をかき上げながら言った。
「私一人で十分です。それに――」
細身の剣を構えなおし一歩踏み出したその瞬間、姿が消えた。
「え?」
思わず声が漏れる。そして、気づいた時にはすでに武舞台の反対側へと移動していた。
「……既に動きは見切っていますので」
カチン、と剣を鞘に収めると、模擬戦闘体が音を立てて崩れ落ちる。
「ほう、やるではないか」
「ありがとうございます」
ユキさんの賞賛の言葉に、優雅に一礼するセラフィーナさん。
「キャ~!! セラフィーナさん、素敵ですわ」
テンションが上がった俺は声を張り上げる。その声に、静まり返っていた会場からも一斉に歓声が上がった。
「レオーナさん。私には何かないのか」
期待のこもった瞳でこちらを見てくるアルノルト殿下。
「え? でもアルノルト様、失格ですよね?」
「それはそうなのだが……」
露骨に落ち込んだ姿に、俺は仕方なくフォローすることにした。
「もう。アルノルト様も、カッコよかったですわ」
「おお、そうか!! うむ、そうであろう!!」
俺の言葉に嬉しそうに頷くアルノルト殿下。
「満足しましたか、兄上」
「む、ルシオか」
ユウキくんを伴ってこちらへやって来たルシオ様が、ため息交じりにアルノルト殿下に声をかける。
「お前について王国に来たのは正解だったな」
「それは良かった。では王都へ向かいますよ」
その言葉にアルノルト殿下は首を横に振った。
「いや、私はここに残るぞ」
「は? 何を言ってるんですか、兄上」
「なにと言われても、私の目的はレオーナさんだ」
そう言って俺の肩に手を回すアルノルト殿下。
「王都に行ったら気軽に会えないではないか」
「いや、しかし……」
ルシオ様が“助けて”と目で訴えてくる。俺は軽く頷くと、アルノルト殿下に向き直る。
「アルノルト様」
「なんだい? レオーナさん」
「アルノルト様がいてくれるのは嬉しいです。でも――」
ぎゅっと両手を胸の前で組むと、上目遣いで見つめる。
「お仕事を頑張っているアルノルト様の姿も、見てみたいですわ……」
うるっ、と瞳を潤ませる。
――完璧美少女モード、全開!!
「仕事ができる殿方って……素敵だと思います」
「……っ!!」
アルノルト殿下の目がカッと見開かれる。そして次の瞬間、バシッとルシオ様の肩を掴んだ。
「うむ、ルシオの護衛は私に任せるのだ」
「キャ~! アルノルト様、素敵ですわ」
「そうであろう。よし、直ぐに王都へ向かうぞ」
「ちょっ、兄上。まだ準備が……」
そのまま引きずられていくルシオ様。
――ふっ、チョロいぜ!
「わぁ~、レオーナさんがまた悪い顔してるね」
「悪女の微笑みデス」
「そこ! 聞こえてますわよ!」
振り返りユウキくんとマリアさんをビシッと指をさす。
「すぐ戻るぞ、レオーナさん!!」
「はい! いってらっしゃいませ~!」
遠ざかっていく背中に手を振る。こうして騒がしい帝国の皇子様たちは、王都へと旅立っていったのだった。
――出来たらもう来ないでほしいんだけど……。




