第126話 皇子様襲来と、裏切られたレオン
「殿下、落ち着いて下さい」
「うむ、少し気が急いてしまったか」
地下闘技場の武舞台には、二人の男女が剣を構えて立っていた。重く張り詰めた空気に、観客席のざわめきにも、どこか期待と緊張が混じっていた。
「あれは……アルノルト殿下デスね」
帝国に帰ったはずの第一皇子の姿に、マリアさんが驚きの声を上げる。
「隣の女性は誰でしょうか?」
「あ、セラフィーナさんだ!」
エリスの疑問に、俺は帝国で知り合った第四皇子の近衛隊長の名前を口にする。鋭い視線と無駄のない構え。さすが近衛隊長というべきか、隙がまるで見えない。
「確かに。でも何でアルノルト様と一緒に――」
「それは私の護衛の為ですね」
「……え?」
ユウキくんの言葉に答えるように、背後から穏やかな声が聞こえた。
「ルシオ様!?」
振り返ると、そこには穏やかな笑みを浮かべた第四皇子の姿があった。
「お久しぶりですね、二人とも」
「え? 何でルシオ様までここに?」
思わず素っ頓狂な声が出る。
「ふふふ。実はですね――」
いたずらが成功した子どものように、ルシオ様は楽しげに笑った。
「交換留学の為、王都へ向かう途中なんです」
「ああ、俺たちが帝国に行ったやつだね」
ユウキくんが懐かしそうに頷く。
「はい。あの時はご迷惑をおかけしてしまい……」
ルシオ様が申し訳なさそうに頭を下げる。
「い、いや、頭を上げてください!」
「そうだよ。普通に楽しかったですし」
皇子様に頭を下げられ、俺とユウキくんは慌ててフォローする。
「あれ? でもなんでバルトル領に?」
「そうだよね。船なら王都に直行できるのに」
「後、何でアルノルト殿下もいるデスか?」
「それは、兄上が……」
俺たちの疑問に、ルシオ様は少しだけ困ったように笑うと、今まさに武舞台で戦っているアルノルト様をチラッと見た。
「レオン殿……いえ、レオーナさんに会いたいと」
「……え? 僕に?」
「はい。自分もついて行くのだと無理やり……」
全員の視線が、自然と武舞台へ向いた、その時――。
ガキィン!!
武舞台の上では、剣と剣が激しくぶつかり、火花が散っていた。
「それと、船は遅いから陸路で行くぞ、と」
「もしかして……あの山を越えて?」
バルトル領の南、森を抜けた先には山岳地帯が広がっており、そこはヴァルグラン帝国との国境になっていた。
「街道はありましたけど、あまり整備されてなかったような……」
俺の問いに、ルシオ様は遠い目をしながら答える。
「はい、少し……いえ、かなり大変でした」
「それはお疲れさまでした」
「感動したデス!!」
すると突然、マリアさんが声を張り上げた。
「えっと何に感動したのかな?」
ユウキくんが引き気味に聞く。
「アルノルト殿下の心意気にデス!」
そう言ったマリアさんは、どこからともなく見覚えのある衣装を取り出す。
「レオン! 直ぐにこれに着替えるデス」
「イヤだよ!? ていうか今どこから出したの!?」
「ふっ……プロのコスプレイヤーにとってはこの程度、朝飯前デス」
「いや、プロって……本業は聖女様でしょ!?」
「聖女は副業デス。そんなことより――」
不穏なことを口走る聖女様が鼻息荒く熱弁する。
「これはもはや外交案件。対応を誤れば国際問題デス」
「嘘だ! マリアさんは僕にコスプレさせたいだけでしょ」
「ソ、ソンナコトナイデスヨ」
スゥ~っと目をそらすマリアさん。
「はい、この話はおしまい」
「そんな! アルノルト殿下がせっかく会いに来たデスよ」
グイっと顔を寄せてくるマリアさん。
「その思いにこたえることこそ、プロのコスプレイヤーなのデス」
「プロになった覚えはないよ!」
「うう、そんなこと言うなんて、師匠として悲しいデス」
「え? いつの間に僕はマリアさんの弟子になったのかな?」
「何言ってるデス。”レオーナ”は免許皆伝デスよ」
「し、師匠……じゃない! とにかくイヤだからね」
「くっ、仕方ないデス。エリス――」
「は、はいっ!」
びしっと俺の右腕を指さす。
「そっちを押さえてください」
「え? あ、はい!」
「ちょっ!? エリスまで何してるの!?」
がしっ。
マリアさんに左腕、エリスに右腕を掴まれる。
「連行開始デス」
「ちょっと待ってぇぇぇ!!」
「なんだ、面白そうだな。私も行くぞ」
「ミナミさんまで!?」
床に踵が引っかかり、情けない音を立てながらずるずると引きずられていく俺。必死に振り返り、救いを求める。
「ユウキくん! ルシオ様!」
二人と目が合ったその瞬間――。
スッ。
あからさまに――事前に示し合わせていたかのように、同じタイミングで視線を逸らされた。
「う、裏切り者ぉぉぉぉ!!」




