第119話 拾った毛玉と、ノクスの秘密
アルノルト様が帰ってから数か月。季節は巡り、朝晩の風が少しずつ冷たくなっていた。俺はというと、ルミス村での代官業務に加え、休日はレオーナとして子供たちに魔法を教える日々を送っている。
忙しいながらも、どこぞの皇子様のように、突然やってきて試合を挑まれるようなトラブルもなく実に平和だ。
「んん~。今日もよく働いた」
ぐっと背伸びをしながら執務室を出る。
「あ、レオン!」
軽やかな声とともに、小さな影がこちらへ駆けてきた。
「ノクス。どうした?」
少し前まで大人しく、表情もあまり変化のなかったノクスだが、最近はすっかり普通の子供らしくなった様に感じる。リリアーナや他の子供たちと学ぶようになった影響だろう。
「見て見て! お庭で拾ったの!」
「お、何か面白いものでも……ん?」
そう言って差し出された“それ”を見て思わず目を細める。
「……毛玉?」
ノクスが両手でつかんでいたのは、小さなモフモフの生き物だった。ふわふわとした毛並みは、まるで夜をそのまま切り取ったような漆黒。そして背中には蝙蝠のような翼が生え、赤い瞳がこちらをじっと見ていた。
「えっと……魔獣かな? てか目つき悪!」
「ん? そんなことないよ。可愛いでしょ」
ノクスが顔を近づけると、さっきまで睨んでいたはずの目が、一瞬で愛らしいものへと変わる。
「ほら、やっぱり可愛い」
「あれ? 僕の見間違いかな……?」
しかしノクスが視線を外した次の瞬間――。
ギロッ。
――明確な敵意を感じるんだけど。
「よしノクス。元いた場所に返してきなさい」
「え~、なんで? かわいそうだよ」
「何でも何も、それ魔獣だし」
ノクスから魔獣を取り上げようと手を伸ばしたその時――。
パシッ!
「誰が魔獣やねん」
魔獣の短い手で払いのけられた。
「ん?」
思わず手が止まる。気のせいかと思い、もう一度手を伸ばすと――。
パシッ!
「てか、気安く触んなや」
「……」
「ワイに触っていいんは主様だけや!」
「しゃ、喋ったぁぁぁぁ!?」
* * * * * * *
「ほえ~、これが若様が見つけた魔獣ですか」
「カワイイ嬢ちゃんやな。てか魔獣ちゃうで」
「うわ、本当に喋りましたね……」
ノクスの手のひらに乗った謎生物を囲みながら、アンナとノアくんが興味津々に覗き込む。
「あの……触ってもいいですか?」
「お、ええで~。ベッピンさんなら大歓迎や」
「はわぁ~……やわらかいです」
エリスがそっと撫でると、嬉しそうに目を細める毛玉。
「良いなエリス。私にも、もふらせろ」
「なんや、モテる男はつらいな~」
「……お前さっき“触っていいのは主様だけ”って言ってなかったか?」
「なんや? 男の嫉妬は見苦しいで?」
ニヤリと笑うその顔が、腹立つほど小憎らしい。
「ゴホン。それで魔獣さん――」
「ちょい待ちぃ」
ノアくんの言葉を遮り、毛玉が短い腕を上げる。
「魔獣ちゃう言うてるやろ」
「では……あなたは?」
「ふっ、聞いて驚け――」
ビシッとポーズを決める毛玉。
「ワイは悪魔や! どや、ビビったやろ」
「……もふられながらだと説得力ないな」
エリスとミナミさんにわしゃわしゃされながらドヤ顔されても、小動物にしか見えなかった。
「うっさいわ。ネームドの高位悪魔なんやぞ」
「お名前を伺っても?」
ノアくんが律儀に尋ねると自称悪魔は胸を張って答えた。
「ベルゼや。ええ名前やろ?」
「そうですね……で、ベルゼさんの主がノクス様なんですか?」
その言葉に、ベルゼはノクスを見るが当の本人は首をかしげている。
「ほう……今代の魔王様はノクス様っちゅうんか」
「いや、ノクスはお前のこと知らないみたいだぞ」
俺の言葉にベルゼは肩をすくめる。
「ワイが慕ってるんやから、それだけでええねん」
やれやれと言った風に両手を広げる。
「ふっ。これだから程度の低い人間は」
「なっ、何だと!」
なおも続く挑発的な仕草に俺はベルゼの頭をガシッと掴む。
「ちょ、なにするんや!」
「うるさい! お前みたいな生意気な奴は――」
俺はニヤリと不敵に笑い返す。
「毛皮をはいで素材として売り飛ばしてやる」
そう言った次の瞬間、目にもとまらぬ速さでノクスがベルゼを奪い返した。
「ひどいよ、レオン!」
「さすがにそれはあんまりですよ、レオン様」
「お前、どんだけ鬼畜だよ」
アンナとミナミさんにまで白い目で見られる。
「主様! 怖かったわぁ」
「大丈夫だよ、ベルゼ。僕が守ってあげるから」
「ほんまか。主様はやさしいなぁ」
「ぐぬぬ。これでは僕が悪者のようじゃないか」
「はぁ~。悪者そのままですよ、レオン様」
「ヒドイ! エリスまで……」
落ち込んでいる俺にノアくんが呆れたといった顔を向ける。
「と言うか、ベルゼさんが大事なこと言ってましたけど……」
「ん? 大事なこと?」
「はい。ノクス様が魔王様だと」
「……」
「……」
「……ま、魔王!? おい、ベルゼ!」
思わず詰め寄ると、ベルゼはひょいっとノクスの腕の中へ逃げる。
「ひぃ~! 主様助けて!」
「レオン、めっ!」
「はい、ごめんなさい……」
ノクスに叱られ、素直に引き下がる。そんな俺を見かねたノアくんがベルゼに問いかける。
「……ベルゼさん。説明してもらえますか」
「ん? あぁ、ええで」
ベルゼは遠くを見るような目で語り始めた。
「あれはもう何百年前なんか――」
幾度も激しい戦いが繰り広げられたが勇者は魔王を倒すことが出来なかった。そこで、人類はある作戦を実行した。
「あんの外道どもが! 今思い出しても腹立つわ」
そしてその作戦がきっかけで、魔王は人類に討ち取られてしまった。
「せやけど、さすが魔王様や」
討伐された魔王だったが、強大な魔力の影響か、その死体からは瘴気が発生し続けた。そこで人類は時間をかけて魔王の力を徐々に無くしていく結界を作り上げ、封印することにした。
「あ、もしかして、それがあの祠?」
俺は卵を拾った祠を思い出す。
「せや。あそこには勇者ゆかりの施設があってん」
「勇者の? そんな施設があったんだ」
「なんや、知らんかったんかいな」
「ああ。前言ったときは祠しかなかったような 」
「確か地下に何かあったような……」
ベルゼは短い腕を組んで思考する。
「ダメや。昔過ぎて忘れたわ」
「そっか。今度調べてみようかな」
ノアくんの咳払いで話が元に戻る。
「ゴホン。それでベルゼさんは何故ここに?」
「そら魔王様の気配を感じたからやないか」
「探しに来たってこと?」
「せや。封印中は結界があって近づけんかったさかいな」
するとベルゼが真剣な面持ちでノクスを見る。
「主様。ワイと一緒に魔国へ帰りましょう」
一瞬きょとんとしたノクスは首を横に振る。
「僕はここにいるよ」
「な、なんでですの?」
「だって僕、魔王じゃなくてノクスだし」
「へ?」
「それにここでみんなと勉強しなきゃだし」
「……」
「ははははは! よく言った!」
ここに残ると言ってくれたことが嬉しくて、思わずノクスを抱きしめる。
「残念だったな、ベルゼ!」
「……しゃあないな」
ベルゼは肩をすくめる。
「ほなワイもここにおるわ」
「え? 一緒にいてくれるの?」
「主様がおる場所が、ワイの居場所や」
「やった! ねぇレオン、飼っていいでしょ?」
二人そろってキラキラした目で見上げてくる。
「ぐっ……」
――そんな目されたら断れるわけないよ……。
「ちゃんと世話するならね」
「うん!」
「よろしゅうお願いします、主様」
こうして我が家に“自称高位の悪魔”が増え、俺は現実逃避することを心に決めた。
――よし、ノクスが魔王ってことは聞かなかったことにしよう!




