第117話 嘘だらけのヒロインと、偽りの婚約者
「オ~、すごくかわいいデス!」
「さすがマリアさんですね」
「はははは! いつもより可愛いぞ、レオン」
「うぅ~……改めて言われると何か恥ずかしい……」
アルノルト様がバルトル領へ来てから、二日が経った。そして俺は今、エリスとミナミさんに見守られながら、マリアさんの手によって“完璧美少女”へと生まれ変わっていた。
「これなら皇子様も満足するデス!」
マリアさんが胸を張って頷く。
「いや、満足したらダメなんじゃないか?」
ミナミさんが首をかしげると、その隣でエリスがオロオロとし始めた。
「レオン様が取られてしまったらどうしましょう……」
その言葉に、俺はそっと手を伸ばす。
「安心して。僕はエリスのものだから」
「レオン様……!」
ぎゅっと手を握り合い、見つめ合う俺たち。
「言葉だけなら愛し合う二人なんだが……」
「美少女二人が仲良さそうにしてるようにしか見えないデス」
ミナミさんとマリアさんが、そろって苦笑する。
「と、とにかく! 僕はこの試練を乗り越えてみせるよ!」
気合を入れて宣言すると、ミナミさんがじっとこちらを見た。
「それで、何かいい策は思いついたのか?」
「そこは臨機応変にね」
「つまり……無策ってことデスね」
「大丈夫、何とかなるよ! じゃあ行ってくるね!」
半ば勢いでそう言い切ると、三人はそれぞれの表情で俺を見送ってくれた。その後バルトル領の学校へ到着した俺はそのまま教室の扉を開けた。
ガラガラ――。
「皆さん、おはようございます」
「「おはようございます!」」
教室に入ると、いつもより落ち着かない様子の生徒たちが目に入る。
「今日は外国からお客様が来ています」
そう言って教室の後ろへ視線を向けると、ずらりと並ぶ大人たちの姿が。その中心には、リヒト様とアルノルト様。そして何故か、その隣にはユウキくんとセージくんの姿もあった。
(……何か授業参観みたいだな)
そんなことを思った瞬間、アルノルト様がにこり、と笑みを向けてくる。
――満面のイケメンスマイル。圧が強い!
慌てて視線を逸らし、生徒たちへ向き直る。
「皆さんは気にせず、普段通りでいいですからね」
こうして、レオーナ先生(俺)の授業が始まった。普段の実技や魔力増幅の訓練はリヒト様や、まして他国の皇子様の前で行うわけにはいかない。その為、今日は魔法の座学を行うことにした。
「さて、では何か質問はありますか?」
授業も終盤になり、最後に質問が無いかを確認すると、今まで大人しく見守っていた後ろの列からスッと手が上がる。
「レオーナ先生。私は君のことが知りたいぞ」
「……え、えっと。見学の方には――」
止めようとする俺を無視して、アルノルト様は生徒たちへと向き直る。
「ふむ。では生徒諸君に質問だ」
「へ? ちょ、ちょっと待って――」
「レオーナ先生はどんな先生だい?」
俺の制止を無視して、アルノルト様はこの状況をポカンとした顔で見守っていた生徒たちに話しかける。
「先生はとっても優しいですわ!」
するとリリアーナがビシッと勢いよく手を上げる。
「授業も分かりやすいです」
ルナがアルノルト様を見ながら答える。
「あ、でも怒るとちょっと怖いかも……」
トーマが小さく付け足した。その様子を見て、アルノルト様は楽しそうに笑う。
「ふふふ。では――皆、先生のことは好きかい?」
「「はい!!」」
教室いっぱいに響く声。
「み、みんな……!」
――そんなふうに思ってくれていたなんて。
思わず言葉が詰まると胸がじんわり熱くなる。視界が、少しだけ滲んだ。
「うむ。良い返事だ! ここまで来た甲斐があったな」
満足げに頷くアルノルト様。
「コホン……え~、他に質問はないですか」
俺は目元を拭った後、気を取り直して進行する。
「レオーナ先生……泣いてるの?」
ノクスが心配そうに見上げる。
「違うよ。あれは嬉しい涙だよ」
セラが即座に訂正する。
「はいはい、二人とも静かに。では今日はここまでにしましょう」
「「ありがとうございました!」」
生徒たちを見送り、教室に残るのは大人たちだけ。俺はゆっくりと振り返る。
「はぁ……アルノルト様」
じとっとした視線を向ける。
「生徒たちに変なこと聞かないでください」
「はっはっは! すまん、すまん!」
まったく反省していない笑い方だった。
「最近の君を知るには、良い方法だと思ってな」
「そうですか。それで……何をしに来たんですか?」
俺はそっけない態度で質問する。
「久しぶりに会ったというのに、つれないな」
肩を落としながら寂しそうな表情になるアルノルト様。
「留学後、君の行方が分からなくなってな。心配したんだ」
「……もしかして、ずっと探して?」
「ああ。それでバルトル領にいると解って――」
アルノルト様は嬉しそうにこちらを見た。
「我慢できずに、来てしまったのだ」
――何ともアグレッシブな皇子様だこと。
「それは、ご心配をおかけしました」
俺はぺこりと頭を下げる。
「ああ、すごく心配した。だから――」
ガシッと俺の両肩を掴むアルノルト様。
「ヴァルグラン帝国に来い!」
真剣な眼差しで俺を見つめてくる。
「申し訳ありませんがお断りします」
俺は視線をそらしながら首を振る。
「何故だ? 死んだ思い人のせいか?」
(ん? 俺そんなこと言ったっけ?)
必死に記憶を辿ってみたが、なにを言ったか思い出せない。そんなとき、ふとセージくんと目が合った。
――よし。これで行こう!
「はい。実は私には婚約者がいまして……」
頬に手を当てながら空を見る。
「名前をカイン・フォン・ヴァルデン様と言います」
「なっ! おい、何を言って……むぐっ」
「しぃ~! セージくん静かにして!」
何か言おうとしたセージくんの口をユウキくんがとっさに押えて黙らせる。
――ユウキくん、ナイス判断!
俺がちらりと見ると、ユウキくんは微笑みながらウインクで答えてくれる。
「しかし、その方は罪を犯して処刑されてしまいました」
セージくんの妨害がなくなったので、俺は話を続けた。
「ん? 何やら前に聞いた話と違うような――」
アルノルト様が首をかしげているが、俺は気にせずに畳みかける。
「王都にはカイン様との思いでが多すぎました。そこで――」
一瞬言葉を切り、窓の外にそびえ立つバルトル城を見る。
「カイン様の親友であるレオン様の元に来たのです」
「なるほど。そんなことが……」
即興にしては中々の言い訳に、自分で満足しているとアルノルト様が切り出した。
「しかし、それなら我が国に来てくれても良いのではないか?」
そんなアルノルト様の言葉に、俺は再び首を横に振る。
「以前であればそうでした。でも今は――」
俺は教室に視線を戻す。
「あの子達の成長が生きがいになっているんです」
「そうか。確かに慕われていたようだしな」
俺の言葉に、アルノルト様も納得した様だ。
――うん完璧! これで諦めてくれるだろう!
「解った。今回は諦めよう」
「へ? 今回は?」
「ああ。いつか必ず君を振り向かせて見せようではないか!」
(全然諦めてなかった……むしろ悪化してない?)
そしてこの翌日、俺は何故かアルノルト様と対峙していた。
――どうしてこうなった?




