第116話 やって来た皇子様と、嘘まみれのヒロイン
数日後――。
「おお……すごい人の量だね」
バルトル城の玄関ホールには幾台もの馬車が並び、兵士や使用人たちが列を成していた。普段は穏やかなこの場所も、今日はさすがに空気が張り詰めている。
「ようこそおいで下さいました、リヒト様」
「バルトル卿。この度は受け入れ感謝する」
柔らかな口調で応じるリヒト様。そのやり取りは穏やかだが、王族としての威厳は隠しきれていない。
「殿下、それでそちらの方が……」
父上が視線を向けると、リヒト様は軽く頷いた。
「ああ。ヴァルグラン帝国の第一皇子、アルノルト殿下だ」
その言葉と同時に、一歩前へと進み出る人物。
「急な訪問になって申し訳ない。バルトル卿」
「いえ、ようこそおいで下さいました、アルノルト殿下」
父上が膝をつこうとした瞬間――。
「そうかしこまる必要はないぞ。今は休暇で来ている身だ」
穏やかな声で制止が入る。
「かしこまりました。それでは中へご案内いたします」
父上に案内され、リヒト様とアルノルト殿下は城内へと向かっていった。その背中が見えなくなったところで、俺はようやく息を吐く。
「はぁ~……緊張した」
「ふふ、レオンくんでも緊張するんだね」
隣でくすりと笑うユウキくん。
「いや、僕だって緊張するよ」
「レオンが緊張? 何の冗談デスか?」
マリアさんが本気で不思議そうな顔をしている。
――ひどくない!?
「それにしても、勇者パーティーが護衛なんて豪華だな……」
俺が肩を落としていると、ミナミさんが口を開いた。
「そうですね。さすが帝国の第一皇子殿下です」
エリスもこくりと頷く。すると、後ろから声がした。
「ええ。何かあっては一大事ですから」
「あ、カインく……じゃなくて、セージくん」
本来の名前を言いそうになり、慌てて訂正する。
「セージくんも来てたんだね」
ユウキくんが嬉しそうに声をかける。
「はい。リヒト様の命令で一足先にこちらに来ていました」
きっちりとした口調で答えるセージくん。その様子に、マリアさんが口元を押さえて笑いをこらえる。
「くくく……やっぱりその話し方と姿、違和感しかないデス」
「確かにな。何だその気取った話し方は」
ミナミさんまで乗っかる。
「……うるさいぞ」
セージくんがキッと二人を睨む。
「まったく能天気な奴らだ」
「はははは! やっぱその話し方の方があってるね!」
ユウキくんが背中をバシバシ叩きながら笑う。
「ふん……それでレオン」
セージくんがこちらに視線を向けた。
「何かいい案は思いついたか?」
「いや……まったく。セージくんは?」
「何もない。どうしたものか……」
アルノルト殿下が“レオーナに会いに来る”と分かってから、二人で散々対策を練ってきた。しかし、何一つ妙案は浮かばないまま、当日を迎えてしまったのである。
「ふっふっふ……私に任せるデス」
そんな重苦しい空気の中、マリアさんがビシッとポーズをとる。
「へ? マリアさん、何か秘策でもあるの?」
「はい! 私が完璧な美少女に仕上げてみせマス!」
そう言って取り出したのは、化粧道具一式と、女性用の衣装。
「コスプレなら任せるデス!」
満面の笑みで親指を立てるマリアさん。
「マリアさん、頼もしい――って、違う!!」
思わずノリツッコミをしてしまった。
「完璧美少女になったらダメでしょ!」
「確かにね。むしろ逆効果だよね」
ユウキくんが苦笑する。
「完璧にしたら、さらに好かれるだけではないか」
セージくんも冷静に追撃を加える。
「うぅ……じゃあどうするデスか?」
「それが分からないんだよね……」
頭を抱えていると、アンナが小走りでこちらへやってきた。
「レオン様! ご領主様がお呼びです」
「分かった。すぐ行くよ」
「はい。それと、ユウキ様もご一緒にとのことです」
「え? 俺も?」
ユウキくんが目を丸くする。
「ユウキは交換留学中、レオーナと一緒だったからな」
セージくんが腕を組んだまま言う。
「ああ……そっか」
納得したように頷くユウキくん。
「でも、レオーナさんのこと聞かれたらどうしよう……」
「とりあえず、留学後は知らないと言っておけ」
「分かった。ありがとう、セージくん」
こうして俺とユウキくんは、アルノルト殿下が待つ応接室へと向かった。
コンコン――。
「失礼します」
扉を開けると室内には父上と、その向かい側のソファにリヒト様とアルノルト様が座っていた。
「ああ、レオン。それとユウキも、よく来てくれた」
リヒト様が近づき、小声で囁く。
『それでどうするのだ?』
『えっと……どうしようか?』
『うむ、何も決まっておらぬのだな……』
コソコソと会話していると――。
「レオン、こちらへ来てご挨拶をしなさい」
父上の声に、俺たちは慌ててソファへと向かう。
「初めまして。レオン・フォン・バルトルでございます」
「ああ、アルノルト・ヴァルグランだ」
(やばい……何かめちゃくちゃ見られてる……)
短い挨拶だが、視線の圧がすごい。まるで品定めでもするかのような視線だ。
「えっと……何か?」
「ああ、すまぬ。何処かで会ったような気がして」
「……! いえ、お会いするのは初めてです」
「うむ。そうだな……」
(ふぅ〜……バレたかと思った……)
アルノルト様はまだ疑っているような目で俺を見ていた。
「二人に来てもらったのは、レオーナという女性の件なのだが……」
そんな様子をみかねて、父上が話を切り出す。
「ユウキ殿は交換留学で一緒だったとか」
「はい。ただ、留学後の行先は分からないんです」
父上の質問に、ユウキくんは事前の打ち合わせ通りに答えた。すると、ユウキくんの返答を聞いたアルノルト殿下の視線が、まっすぐこちらに向く。
「ふむ。ではレオン殿は何か知っているか?」
「はい。所で父上、どこまでお話しされたのですか?」
「レオーナが我が領で教師をしている、ということだけだ」
「なるほど。それでしたら、私がお答えできることも同じですね」
「そうか! では、どこに住んでいるかは分かるか?」
身を乗り出すようにして尋ねてくる殿下。その期待に満ちた表情に、少しだけ罪悪感を覚えながら、俺はゆっくりと首を横に振った。
「実は……」
一瞬だけ言葉を切る。
「彼女の素性は一切不明なのです」
「なに? どういうことだ?」
「教師を務めていただく条件が、“詮索しないこと”でしたので」
即席のウソを並び立てていく。だが、今はこれで押し通すしかない。
「そ、そうか……」
アルノルト殿下の表情が曇る。しかし――。
「だが、授業には来るのだな? 次はいつだ?」
すぐに顔を上げた。
(切り替え早っ!?)
「えっと……二日後になります」
「よし。それまで待たせてもらおう」
アルノルト様の圧に押された俺は、問題を先送りすると言う苦渋の決断を下すことにしたのだった。
――ガンバレ! 未来の俺!




