第115話 魔法の授業と、忍び寄る厄介ごとの気配
バルトル領の学校が始まってから、数ヶ月が過ぎた。教師陣はそれぞれ他にも仕事があるため、週に一度という限られた時間しか授業が出来ないが、生徒たちの成長は目に見えて分かるほど順調だった。
「さあ皆さん。今日も魔法制御の訓練を始めましょう」
学校に併設された訓練場で、俺は穏やかに微笑む。俺が受け持つ魔法の授業の最終的な目標は“魔力量の増加”。本来なら、俺が幼い頃にやったように“魔力を使い切る”方法が最も効率的だ。だが、一歩間違えれば命に関わる訓練を、子供たちにやらせるわけにはいかない。そこで考えた方法が――。
「では、≪アクア・パピリオ≫」
俺の掌から生まれた水が、ひらひらと舞う蝶の形へと変わる。光を受けて揺らめくそれに、生徒から歓声が上がった。
「わぁ~! いつ見てもレオーナ先生の魔法はキレイですわ!」
「ふふ、ありがとうリリアーナさん。では皆さんもやってみましょうか」
生徒たちはそれぞれ、自分の属性の魔力を掌に集めていく。そこから形を変えていくことが今行っている訓練内容だ。単純だが、これが意外と難しい。
「ぐぬぬぬ……むずかしい……」
「わ、ちょっと変わった!」
ルナとセラが真剣な顔で自分の魔力を見つめている。
「ノクスくん、すごい! 蝶々の形になった!」
トーマの声に視線を向けると、ノクスの手の中で綺麗な水の蝶が羽ばたいていた。
「そうでしょう! ノクスくんはすごいんですのよ!」
「なんでリリアーナちゃんが得意げなの……?」
「ふふふ、だってお友達ですもの」
「そっか……うん、僕も嬉しいよ!」
「えっと……ありがとう……二人とも」
照れながら、ノクスは蝶を空へと飛ばした。
「私も負けてられませんわ!」
「僕も頑張る!」
訓練場は活気で溢れていた。
「う~ん、やっぱりむずかしい……」
「焦らなくて大丈夫ですよ」
「レオーナ先生。でも全然うまくいかないですわ」
リリアーナの頬がぷくっと膨らむ。
「初めは魔法の発動も出来なかったでしょ」
そう言いながら俺は手のひらに水球を作る。すると、他の生徒たちも俺の手のひらを見ながら言葉に耳を傾ける。
「でも今では少しですが形を変えることも出来るようになったはずです」
手のひらに水球を生み出し、ゆっくりと形を変えていく。
「後は、魔力制御を磨けば好きな形に変形できますよ」
水球はぐにゃり、ぐにゃりと歪むと蝶の姿に変わっていく。
「皆さんは、確実に成長しています」
俺は蝶を空へと放ちながら、優しく告げる。
「自信を持ってください」
「「はい!」」
元気な返事が教室に響いた。だが、俺はそこで少しだけ表情を引き締める。
「ただし油断は禁物ですよ」
生徒たちの視線が一斉に集まる。
「魔力を使い続ければ、確かに成長します。ですが――」
一拍置いてから続ける。
「魔力切れは、最悪……命に関わります」
ごくり、と誰かの唾を飲む音がした。
「なので必ず大人がいる場所で訓練してくださいね」
そう言って、小瓶を掲げる。
「もしもの時は、配布したポーションを使うこと」
「「はい!」」
――うん、いい返事だ。
そう、俺が考えたのは、魔力を使うことを習慣化させること。毎日少しの時間でも魔力制御の訓練を行っていれば魔力が消費され、それだけでも魔力量が増えていく事は俺が子供の時に確認済み。もちろん、魔力を使い切る方が効率がいいけど、この方法なら安全に実行できる。
そして、魔力操作の訓練にうってつけだったのが≪アクア・パピリオ≫。魔法の形を変えるという行為は、成果が目に見えるので生徒たちのやる気が上がるうえ、好きな形を作るには精密な魔力操作が必要なので訓練には最適だった。
「それでは今日の授業はここまでにしましょうか」
「「ありがとぅございました」」
「はい。家で訓練するときはくれぐれも無理をしないでくださいね」
今日の授業を終えた俺は、ノクスと共にルミス村へ戻ることにした。
「レオン様、お帰りなさいませ」
「ただいま、アンナ」
「……ただいま……アンナ」
「はい、ノクスくんもお帰りなさい」
ノクスの挨拶に応えたアンナは、周囲を確認してから、小声で囁いた。
『レオン様。セージ様がお見えです』
『……セージ?』
(誰だっけ?)
「応接室にてお待ちです」
「……分かった」
首を傾げながら向かうと、そこには見知らぬ男が座っていた。
「やあ、お久しぶりです。レオン殿」
「え、あ、はい。お久しぶりです……」
――いや本当に誰!?
必死に思い出そうとしていると――。
「顔に出てるぞ」
「えっ!?」
俺は慌てて顔を抑える。
「少しは取り繕え」
男はため息をつくと、ペンダントに魔力を流した。光が揺らぎ姿が変わる。
「カインくん!?」
「やっと分かったか」
「久しぶり! ってか何で変装!?」
「私は死んだことになっていると言っただろうが」
「あ、そうだった」
軽く流したところで、カインが鋭く睨む。
「それより貴様、何をした?」
「え? 何もしてないよ……いきなりひどくない」
俺が抗議するとカインくんは懐から一通の手紙を取り出した。
「これは?」
「アルノルト殿下からリヒト様宛の書状だ」
「アルノルト殿下……あ、帝国の!」
俺は交換留学で出会った第一皇子の姿を思い出す。
「そうだ。そして内容は――」
カインくんが書状の一文を読み上げる。
「“レオーナに会いにバルトル領へ行きたい”だ」
「え? 何でレオーナの居場所知ってるの?」
「それは私が知りたいな。で、貴様なにをした?」
俺はスッと目をそらす。
「ナ、ナニモシテナイデスヨ……」
「嘘つくな! こっち見ろ」
カインくんは俺の顔をつかむと無理やり目線を合わせる。
「うぅ~、実は――」
観念した俺は、レオーナとして学校で魔法の授業をしていることを話した。
「はぁ~、なぜわざわざレオーナの姿で……」
「いや、領主の子が先生じゃ、生徒が緊張しちゃうかなって」
「……恐らく、帝国の諜報員がその話を皇子に伝えたのだろう」
「え~、ど、どうしよう! カインくん!」
「知るか! と言いたいところだが……」
カインくんは腕を組み、しばし考え込む。
「下手をすれば帝国に戦争の口実を与えることになる」
「え? そんなに話が大きくなってるの?」
「当たり前だ。とにかく全力で誤魔化すぞ」
「うん。分かった!」
その夜、カインくんとの作戦会議は、結局深夜まで続いた……。
――平穏なスローライフって、なんだっけ?




