第114話 はじめての教室と、レオーナ先生
領都に新しく建てられた建物。まだ木の香りが残るその廊下に、コツコツと足音が響く。
――うまくいくと良いんだけど……。
俺は小さく息を吐き、教室の前で足を止めた。
ガラガラ――
扉を開けて中に入り、そのまま教壇へと立つ。集まっているのは、まだ幼い子供たち。ぎゅっと服の裾を握っている子や、興味津々といった様子でこちらを見つめている子。そして椅子に座ったまま、足をぶらぶらと揺らしている子もいる。その顔ぶれをゆっくり見渡してから、俺は口を開いた。
「皆さん、こんにちは。私が魔法の授業を担当します――」
「……レオン、なにしてるの?」
「お兄様。とってもカワイイですわ」
ノクスとリリアーナが俺の言葉を遮る。
「二人とも、自己紹介の途中ですよ」
俺は眼鏡をくいっと押し上げる。
「それから、この姿の時はレオーナ先生と呼んでください」
そう、今の俺はスカートスーツに身を包み、長い髪を後ろで束ねた“美人女性教師”の姿。そしてかつて帝国で名乗った偽名を再利用していた。
「コホンッ。改めまして」
軽く咳払いをひとつ。
「私はレオーナです。これから皆さんに魔法の基礎をお教えいたします」
教室には五人の生徒。ノクスとリリアーナに加えて、領内から集まった四歳位の子供たちが三人。小さな机と椅子にちょこんと座る姿は、どこか微笑ましい。
――うん、初めてだし、これ位の人数が丁度いいかな。
「次に、他の授業を担当する先生を紹介しますね」
俺が合図すると、扉が開いた。
「あっしが剣術を教えるザックスと言いやす」
「こ、こんにちは。読み書きの授業をしますエリスです」
「よう。算術を教えるミナミだ」
それぞれが簡単に挨拶をする。
「皆さんには、それぞれの基礎をまんべんなく学んでもらいます」
一度言葉を区切り、教室を見渡す。
「その後は、自分の興味のあることを選んで勉強していきましょう」
俺の言葉を聞いた生徒たちの反応は様々。やる気に表情を高揚させる子もいれば、不安そうに隣の子の顔をうかがう子もいた。
「ふふふ、では今度は皆さんにも自己紹介をしてもらいましょうか」
「はい!」
元気よく手を上げたのはリリアーナ。
「お兄様……じゃなくてレオーナ先生! まずは私が!」
「ではリリアーナさん、お願いしますね」
勢いよく立ち上がり、びしっとポーズを決める。その動きに、他の子供たちが思わず目を丸くした。
「私はリリアーナです! そして――」
一瞬の間――。
「将来の大魔導士ですわ!」
「……」
教室が静まり返った。
「……コホン。ありがとうございます。では次は――」
俺は視線を動かし、ノクスを見る。
「え、僕?」
びくっと肩を揺らしながら立ち上がる。
「えっと……ノクスです」
ぺこりと頭を下げる。
「ん? 終わり?」
小さく頷くノクス。
――まあ、ノクスらしいかな。
「では、次の方どうぞ」
すると、一人の女の子がすっと手を挙げた。
「はい。お名前をお願いします」
「私はルナと言います」
栗色の髪を揺らしながら、しっかりと前を向く。その声は年齢のわりに落ち着いていて、はっきりしていた。
「父は騎士団で働いています」
「おっ、ルナか。あっしがしっかり鍛えてやりやすよ」
ザックスがにやりと笑う。だが――。
「いえ、私は文官になるのが夢ですので」
「そ、そうか……」
即答に否定され、ザックスの肩が落ちる。その様子に、教室のあちこちからくすっと笑いが漏れた。
「では次は――」
「は、はい!」
今度は男の子が立ち上がる。
「僕はトーマです!」
緊張で声が少し上ずっている。
「夢は、父の雑貨店を大きくすることです!」
「あ、あのお店……私、行ったことありますよ」
エリスがぱっと顔を明るくする。
「とても素敵なお店でした!」
「ほ、本当ですか!?」
トーマの顔が一気に輝いた。
「ええ。応援しています」
「は、はい! 頑張ります!」
ぎゅっと拳を握るトーマ。
「では最後の方、どうぞ」
「はい」
落ち着いた声で立ち上がったのは、小柄な女の子。
「私はセラです。孤児院から来ました」
しっかりとした口調で続ける。
「将来は、先輩たちみたいなお店をやりたいです」
「あら、エミルたちの後輩なのね」
バルトル領でカフェを営む孤児院出身の子供たちの顔を思い浮かべ、頬が緩む。
「はい。あんな風になりたいです」
「ふふふ、素敵な目標ね」
セラは少しだけ照れたように微笑んだ。その笑顔につられるように、教室の空気がふっと緩んだ。そこには最初の緊張が嘘のように小さな笑い声や、安心したような表情が広がっていた。
「みんな、いい夢を持ってるわね」
自然と、優しい声になる。
「その夢を叶えるために一緒に頑張りましょう」
「「はい!」」
元気な返事が教室に響いた。その光景を見て、俺は小さく息を吐く。問題児が暴れるでもなく、差別もない平和な教室。
――みんないい子そうで本当によかった……!
こうして身分に関係なく学べる、バルトル領の学校は静かに幕を開けたのだった。




