第112話 ノクスとバルトル家、初めての出会い
「ほら、あれがバルトル城だよ」
ルミス村から馬車で数時間。俺たちはバルトル領の領都へとやってきていた。
「……大っきい」
バルトル城を見上げ、ノクスはぽつりと呟いた。
「ふふふ、ノクス様。あそこにはレオン様のご両親が住んでいるんですよ」
アンナが優しく微笑みかける。
「リリアーナ様もおられますね」
ノアくんの言葉に、ノクスは小さく首を傾げた。
「えっと、僕の妹なんだ。仲良くしてあげてね」
「……うん……がんばる」
ぎゅっと小さな拳を握るノクス。その様子を見て、エリスがふわりと微笑みながら頭を優しく撫でる。
「ふふふ。無理することは無いですよ」
撫でられたノクスは、困惑した表情を浮かべる。
「まあそんなに難しく考えなくていいよ」
そう声をかけるが、ノクスはどう反応していいのか分からない様子で、逆に眉を寄せてしまった。
* * * * * * *
「まあ! この子がノクスちゃん?」
使用人たちの出迎えを受けながら城の中へ入ると、待ち構えていた母上が、目を輝かせて駆け寄ってきた。しかしその瞬間。
――さっ。
ノクスは俺の背後へと高速移動した。
「……」
顔だけ出して、母上を警戒している。裾をぎゅっと掴んで離さない。
「落ち着きなさい、エレナ。ノクスが怖がっているぞ」
父上が呆れたように言う。
「うぅ~、だってあまりにも可愛かったんですもん!」
母上は頬を膨らませて抗議した。
「いや、“ですもん”って……母上、年齢を考えて――」
『むにゅ~~』
気づいた時には俺の頬は、母上の白く美しい指にしっかりつねられていた。
「レオン。母の年齢が何ですか?」
「いいえ!! 母上はいつ見ても若いなと」
「まあ。レオンは素直ないい子ですね」
母上は上機嫌に俺の頬から手を放す。
――助かった……。
「……ほら、ノクスも大丈夫だよ」
俺は頬をさすりながら背後に声をかける。おそるおそる顔を出したノクス。
「にっこり」
「ひっ」
微笑む母上と視線が合った瞬間、ノクスは再び俺の背中に引っ込んだ。
「え!? どうして隠れるんですの!?」
「さっきの母上が怖かったんじゃないですか」
「そ、そんな~!」
落ち込む母上をよそに、父上が一歩前に出た。
「私はレオンの父でアルベルトと言う」
膝をつき、ノクスと目線を合わせる。
「……えっと……ノクスと……言います」
「うむ。挨拶が出来てえらいな」
大きな手で、ぽん、と頭を撫でる父上。
「はい! ありがとうございます」
頭を撫でられたノクスの顔がぱっと明るくなる。
「ちょっとあなた、ズルいですわ!」
それを見た母上が父上に詰め寄る。
「いや、そう言われてもだな……」
――父上が困ってるなんて珍しいな。
そんな父上を気にすることなく、母上はノクスと目線を合わせると、優しく声をかける。
「ノクスちゃん。私はレオンの母のエレナですわ」
「……ノクス……です」
視線をそらしながらも、なんとか名乗るノクス。
「まあ。偉いですわね」
母上が手を伸ばしたその瞬間――。
――すっ。
見事に回避された。
「うぅ~、ノクスちゃん。よけないで~」
母上の嘆きが屋敷に響いた。と、その時、部屋の扉が開く。
「お母さま……?」
目をこすりながら入ってきたのは使用人に手を引かれたリリアーナだった。
「あら、リリアーナ。起きたのね」
「はい……あ、お兄様!」
ぱっと表情を明るくして駆け寄ってくる。
「久しぶりだね」
「はい!」
返事をするリリアーナの視線が、俺の背中へと向く。
「ん? 誰?」
「……ノクス……と言います」
ノクスは俺の後ろから出て来て、ぺこりと頭を下げる。
「こんにちはノクスくん。私はリリアーナよ」
「リリアーナ……ちゃん」
「うん。仲良くしてね」
「はい。よろしくお願いします」
リリアーナはにっこり笑った。
「じゃあ、一緒に遊びましょ」
「え? あっ――」
ノクスの手を掴み、そのまま部屋を飛び出していった。
「早速仲良くなったみたいですね、レオン様」
エリスがくすりと笑う。
「うん。心配なかったね」
俺もエリスに微笑み返す。
「ではレオン。ノクスのことを詳しく聞かせてもらおうか」
父上の声に、俺は姿勢を正した。
「はい。実は――」
俺は父上と母上に今までの経緯をすべて説明した。
「なるほど……」
「まあ、あの卵から……」
父上と母上は、揃って言葉を失う。
「それで、どうしたらいいでしょうか?」
そう尋ねると、父上は少し考える。
「うむ……親せきの子ということにしておくか」
「いっそレオンとエリスの子ということでもいいのではなくて?」
「……っ!?」
母上の爆弾発言に、エリスの顔が一瞬で真っ赤になる。
「お、お義母様、それは……その……!」
「さすがに無理がありますよ、母上」
「あら、誤魔化そうと思えばいくらでも出来ますわよ」
「いや、エリスが困ると思いますよ」
そう言ってエリスを見ると、頬に手を当てて、くねくねしていた。
「レオン様との子ども……いえ、そんな……でも……うふふ」
エリスは、しばらく妄想から戻ってこなかった。
「……お~い、エリス。帰っておいで~」
「……はっ! も、申し訳ありません、私は何を……」
「こほん。では、ノクスは親せきの子ということで決まりだな」
父上が咳払いして話を戻す。
「はい。そのように皆には説明します」
「しかし……何者なのだろうな」
父上が腕を組む。
「卵から生まれるなんて、普通ではありませんわね」
母上も真剣な表情になる。
「そう言えば、祠の調査はどうなりましたか?」
「ああ。調べさせたんだが、詳しいことは分からなくてな……」
俺の問いに、父上は小さく首を振った。
「何かを祀っていた形跡はあったが、あまりにも古くてな」
「もしかして、ノクスちゃんは神様だったのかしら?」
「……」
母上の言葉を誰も否定できなかった。そして父上は腕を組んだまま、しばらく黙り込んでいた。その視線は、ノクスが出ていった扉の方へと向けられている。まるで“何か”を見極めようとしているかのように……。
「とにかく、レオン。何かあればすぐ報告するように」
「はい、父上」
と、その時――。
『ドッカ~ン!!』
「な、何だ!」
「訓練場の方からみたいです」
突然の爆発音に俺たちは訓練場へと急いだ。
――いったい何が起きてるんだ。嫌な予感がするんだけど……。




