第111話 隠し子疑惑と、孵化した謎の卵
学園を卒業してから約か月の月日が流れた。俺は領地へ戻った後、領主修行のためバルトル領にあるルミス村で代官として働いている。最初は右も左も分からなかったけど、今では村のこともだいぶ分かるようになり、忙しい毎日を送っていた。
「はぁ~、さてどうしたものか……」
そして俺は今、目の前の大問題を前にして、深いため息をついていた。
「とりあえず名前を教えてもらえるかな?」
「……」
「えっと……言葉はわかる?」
コクリ。
目の前の少年は、小さく頷いた。金髪に赤い瞳。年の頃は五歳くらい。
「う~ん……まずは着るものが必要――」
「坊ちゃま……じゃなかった。レオン様。お昼の支度が――」
俺が考え込んでいると、扉を開けてメイドのアンナが入ってきた。
「あ、いいところに。ちょっと子供用の服を――」
少年の姿を見たアンナは、硬直する。そして――。
「……レ、レレレ、レオン様に隠し子が~~!!」
「え?」
アンナは絶叫しながら部屋を飛び出していった。
「ちょっ、アンナ!? 待って!?」
呼び止める間もなく、廊下にドタドタと足音が遠ざかっていく。
――はぁ~、どうしてこうなった?
* * * * * * *
数分前――。
「ふぅ~、終わった……もうすぐお昼だよね」
午前の公務を終えた俺は、自室でひと休みしていた。そして軽く背伸びをした、その時――。
『パキッ』
小さく、何かが割れるような音がして振り返る。
「ん? あ! 卵にヒビが入ってる!」
それは、数年前にバルトル領の祠で見つけた“謎の卵”。触れると魔力を吸われ、そのたびに大きくなっていった。もしかしてドラゴンの卵かもと期待した俺は、毎日触れては魔力を与え、密かに育てていたのだ。そのかいあって、見つけた時は手のひらサイズだったのに、今では一メートル位まで育っていた。
「お~。もしかして孵化する?」
期待を込めて見つめていると、ヒビは一気に全体へと広がり、ピカッと輝いた。
「うわっ、眩しっ!?」
強い光に思わず目を閉じる。やがて光が収まり、恐る恐る目を開けると、そこには一人の子供が立っていた。
「……え?」
金髪、赤い瞳の裸の少年。
「……ドラゴンじゃないの?」
* * * * * * *
「へくちっ」
小さなくしゃみが聞こえた。
「あ、ごめん! 寒いよね」
俺は慌ててジャケットを脱ぎ、少年に着せる。
「とりあえず服だな……」
そう思った瞬間、騒がしい足音が近づいてきた。
ドタドタドタドタッ!!
「レオン様! 隠し子ってどういうことですか!?」
先頭で飛び込んできたのはエリス。
「レオン、お前やるな~」
後ろからミナミさんがニヤニヤしながら入ってくる。
「ミナミ様!? 何で嬉しそうなんですか!?」
「いや、アンナよ。貴族なら隠し子の一人や二人いないと」
「はあ。そう言うものでしょうか?」
「ミナミさん! アンナに適当なこと吹き込まないで」
「いや、本当の事だろ。マンガやアニメでは定番だぞ」
ミナミさんはプイッと顔をそむけた。直後、部屋の扉がノックされた。
「あれ、もう皆さん来ていたんですね」
そう言って部屋に入ってきたのは従者のノアくん。
「騒ぎを聞いたので、レオン様が昔着ていた服をいくつか持ってきました」
「さすがノアくん!」
「当然です。そこのダメイドとは違いますので」
「むっ!? 誰のことですか!?」
「おや、自覚が無いんですか? 先輩」
アンナとノアくんが火花を散らす。
「はいはい。ケンカはそのくらいにしてね」
俺は服を受け取り、少年に向き直る。
「よし。これがいいかな。アンナ、お願い」
「かしこまりました。若様、失礼します」
そう言ってアンナは少年に服を着せていく。
「ほ~、この子がレオンの隠し子か」
ミナミさんが興味津々と言った目で少年を見る。
「わ、私は、たとえレオン様に隠し子がいても大丈夫です」
「エリス、落ち着いて。この子はそういうんじゃなくて――」
俺は皆に事情を説明した。
「卵から……生まれた……?」
エリスはぽかんと口を開けている。
「そうなんだよね。卵がピカッと光ってさ」
そうしてエリスと話していると、手際よく着替えが進み、少年はすっかり“貴族の子供”らしい姿になっていた。
「お、中々似合ってるじゃないか」
「はい、とても素敵です。……そう言えばお名前は?」
エリスが俺を見る。
「それが分からないみたいなんだよね」
俺は膝をつき少年と目線を合わせる。
「何か覚えてることはあるかな?」
すると少年は小さく首を振った。
「なにも……覚えて無い……です」
「そっか。じゃあまずは自己紹介だね。僕はレオン」
俺は軽く笑って言う。
「エリスです」
「ミナミだ」
「メイドのアンナです」
「従者のノアと言います」
少年は一人一人の顔を見て、ゆっくりと名前をなぞる。
「レオン……エリス……ミナミ……アンナ……ノア……」
そして、ぽつりと呟いた。
「僕の……名前……」
その声は少しだけ寂しそうだった。
「えっと、せっかくですし、レオン様がつけてあげてはどうですか?」
少年の寂しげな顔を見たエリスが提案する。
「へ? 僕が? いいのかな?」
「うん! レオン……名前つけて!」
少年の目がぱっと輝いた。
「じゃあ――ノクスってどうかな」
「ノクス……!」
ぱあっと笑顔が広がる。
「僕の名前……ノクス!!」
「気に入ってくれたみたいですね」
「うん、よかった」
ホッと胸をなでおろしたその時――。
『ぐぅ~』
妙な音が鳴った。
「もうアンナ先輩。はしたないですよ」
「ちょっと、ノアくん! 私じゃないですよ」
『ぐぅ~~』
「僕のお腹から……変な音がする……」
音の主はノクスだった。
「ああ、お腹すいてるんだね」
「お腹……すく?」
ノクスは首をかしげる。
「えっと、とりあえず食堂でお昼を食べようか」
こうしてルミス村に新しい仲間が加わった。しかし、この時の俺は、まだ知らなかった。この小さな少年が、この先とんでもない騒動を呼び込むことを……。
――って事態にならないといいんだけど……。




