第110話 別れと、未来への一歩
「なるほど。では自分の事は覚えていないと……」
「うん。あ、でも前世の知識はあるよ」
「あの……何故私まで正座させられているんでしょうか?」
「うるさい。黙ってた罰だ」
カインくんの疑問に、ミナミさんがビシッと指をさして答える。俺とカインくんは食堂の床で並んで正座していた。
目の前には腕を組んだミナミさんを筆頭に、その後ろにはユウキくん、マリアさん、エリス、そしてなぜかリヒト様まで並んでいる。どうやら“転生者黙秘罪”の取り調べらしい。
「オー、前世の知識があるってことは、さっきの海賊のマンガも知ってるデスか?」
「もちろん! “辺境伯に俺はなる!”」
「いや、“海賊王”だよね。本当に知ってるんだ」
ユウキくんが感心したようにうなずく。その横で、エリスが控えめに小さく手を上げた。
「あの、レオン様も神様に会ったんですか?」
「いや、僕は気づいたら赤ちゃんだったよ」
「恐らく、レオンの転生は予想外だったのだろう」
リヒト様が腕を組んで思案する。
「それでレオンはこれからどうするんだ?」
ミナミさんにそう聞かれ、俺は首をかしげる。
「へ? どうするって言われても……」
少し考えてから、思ったことをそのまま口にする。
「エリスと幸せになる、とか?」
「はひっ!?」
エリスが肩をびくっと震わせた。
「わ、私も……その……」
頬に手を当て、顔を真っ赤にしながら俯く。
「レオン様と……幸せになりたい……です」
食堂が一瞬しんと静まり返る。
「……」
「……」
「うん。エリスは可愛いな……って違うぞレオン、バカ!」
「え、何で僕が怒られるの!?」
ミナミさんが額を押さえる。
「私が言いたいのは“転生者としてどうするか”だ」
「そう言われても……カインくんはどうするの?」
「ん? 私はどうもしないぞ」
カインくんはあっさり答えた。
「頼まれたことも解決したしな」
「あ~、転生に巻き込まれたのがレオンくんだったもんね」
「レオンは困ってないって言ったデス」
ユウキくんとマリアさんがこちらを見る。
「そういうことだ。後は私の好きにするさ」
「そっか。じゃあ僕もそれで」
「いや、軽いな。それでいいのか転生者」
ミナミさんが呆れた顔を向ける。
「はっはっはっは。まあ二人らしいではないか」
リヒト様が楽しそうに笑った。
「うん。じゃあ、そろそろ正座はおしまいで……」
俺が立ち上がろうとすると、ミナミさんの手が俺の肩をがっしり掴んだ。
「ダメに決まってるだろ。罰なんだから」
「えぇ~、そんなぁ~」
「ふふふ。頑張って、レオンくん」
「あ、カインもまだダメデスよ」
「ちっ。なぜ私まで……」
その後、俺とカインくんは、昼食の時間まで正座して反省することになった。
……さすがに食事の時だけは許してもらえたけど。
* * * * * * *
数日後——。
「世話になったな、レオン」
「うん。みんなまた遊びに来てね」
楽しかった休暇も、あっという間に終わりを迎えた。屋敷の玄関ホールには、帰り支度を終えたみんなが集まっていた。賑やかだった数日間が終わると思うと、少しだけ寂しい。
「ハイ、夏休みにまたユウキと来ます」
「それまでに俺ももっと強くなっておくよ」
ユウキくんとマリアさんが笑顔で手を振る。
「レオン。くれぐれも問題を起こすなよ」
「ちょっ、カインくん。それじゃまるで僕がトラブルメーカーみたいじゃん」
「みたいではなく、その通りだろうに」
「うぐっ……反論しづらい……」
すると、そのやり取りを見ていたリヒト様が愉快そうに笑う。
「はっはっはっは。自覚はあるようだな」
「もう、リヒト様までヒドイよ」
「む、これでも心配してやっているのだぞ」
「そうなの? それならいいけど……」
「うむ。困ったことがあれば連絡してくれ」
「うん。ありがとう、リヒト様」
こうして皆は、バルトル領での休暇を終え、王都へと帰っていった。馬車が見えなくなるまで見送ると、屋敷の前は急に静かになる。
「なんだか、急に寂しくなりましたね、レオン様」
「うん。騒がしかったもんね」
「ふん、贅沢な奴め。美少女二人が残ってやったんだ、感謝しろよ」
ミナミさんが胸を張る。
「はいはい、感謝してるよ」
「おい、何だその適当な答えは! もっと敬え!」
屋敷に再び賑やかな声が響く。
「それにしても、いつの間にリヒト様専用の浮かぶ馬車を作ったの?」
「ん? ああ、ここに来る前に頼まれてな」
「魔力は大丈夫なの?」
「燃費は良くなってるんだがな……」
ミナミさんは苦い顔をする。
「さすがにレオンみたいに一人では無理だな」
「そうなんだ。じゃあどうするの?」
「なんでも、宿場町ごとに魔力の高い奴を配置してるらしいぞ」
「なにそれ。さすが王族」
「まぁそのうち誰でも使えるようにしてやるさ」
「わ~、さすがミナミさん。頼もしいね」
こうして王都での学園生活は幕を閉じた。振り返ってみれば、事件も騒ぎもやたら多かった気がする。それでも、楽しい日々だった。
そして俺のスローライフはきっと、ここから本格的に始まる。
——これからは平穏な日々になるはずだ! たぶん……。




