第109話 転移者と、転生者
「うぅ~、頭が割れそうです……昨日の私は何を……」
お花見の翌日、食堂には春の暖かい光が窓から差し込んでいた。そんな穏やかな空気とは裏腹に、エリスが頭を押さえながら、ふらふらと現れた。
「エリス、大丈夫? ほら、お水飲んで」
俺は水の入ったグラスを差し出す。
「ありがとうございます、レオン様。ところで……」
エリスはグラスを受け取ると、少し目を泳がせながら口を開いた。
「昨日、途中から記憶がないんですが……」
その言葉を聞き、俺は昨日のお花見での出来事を思い出す。
「ああ、お酒を飲んでたからね」
「え? いつの間に……」
困惑するエリス。すると食堂の扉が開きミナミさんが現れた。
「お、エリス、おはよ。いや~昨日は良い飲みっぷりだったぞ」
「……! もしかしてミナミさんが私にお酒を?」
「ん? そうだぞ。もしかして初めてだったか?」
「当たり前じゃないですか! 私まだ成人してない……うぅ、頭が……」
エリスの形相に驚きながらも、ミナミさんが得意げに答える。
「いや、学園を卒業してるんだからエリスはもう大人だぞ」
「はっ! そうでした。でも……こんないきなり……」
「はっはっは。これでエリスも大人の仲間入りだな」
「はぁ~、大人になるのがこんなに苦しいものだったなんて」
「しっかりして、エリス。それは、ただの二日酔いだよ」
俺はエリスの肩に手を置き諭す。
「甘いなレオン。二日酔いは大人への登竜門だ」
ミナミさんが胸を張って言い放つ。
「いや、聞いたことないけど」
「そりゃそうだ。私が今考えたことだからな」
あんまりな言葉に、俺は思わずエリスの肩に置いた手を揺さぶってしまった。
「なにそれ。そんなの知ってるわけないじゃん」
「うっ! レオン様、揺らさないで……あ、頭が……」
「あっ、ごめん、エリス」
すぐに手を放すが、エリスの具合は悪化してしまう。
「まったく、レオンはしょうがないな」
「もとはと言えばミナミさんが悪いんじゃん」
「うぐっ。し、仕方ない。私が直してやろう」
ミナミさんはそう言うと、エリスの手を取り、親指と人差し指の付け根あたりを押し始めた。
「あたたたたっ、あたっ! お前はもう治っている!」
エリスはぽかんとした表情でミナミさんを見る。
「へ? いえ、まだ頭は痛いままですが……」
言葉を遮って、ミナミさんが真剣な顔でエリスに告げる。
「エリス。そこは『ひでぶっ!』って言わなきゃ」
「ひ、ひでぶっ! ですか……」
「そうだ。よし、もう一度……」
ミナミさんがエリスの手を再び取ろうとしたその時——。
「すぱーん!」
ミナミさんの頭が勢いよく叩かれた。
「痛った! カイン! 何するんだ」
「秘孔など突いて、エリス嬢を殺す気か」
「ふふふ、懐かしいね、『お前はもう死んでいる』だっけ」
「オー、世紀末のアニメ。私も見たことあるデス」
カインくん、ユウキくん、マリアさんが食堂に揃う。
「そんなことするか! 頭痛に効くツボを押してただけだ」
頭を押さえ抗議するミナミさん。
「ふん、紛らわしいセリフを言うからだ」
カインくんがそっぽを向き腕を組む。
「そこは気分を出すために……ん? ちょっと待て」
言いかけて、ミナミさんが何かに気づく。
「お前、何であのアニメのセリフだって分かったんだ?」
ユウキくんとマリアさんがハッとする。
「確かにそうデス」
「そう言えば前にもあったよね」
「ああ、『諦めたらそこで試合終了ですよ』ってやつだな」
「そうそう、それ。カインくん、どういうこと?」
するとカインくんは、いつもの涼しい顔のまま言った。
「それは、私が“転生者”だからだな」
「……」
「……え~~!」
「“転生者”ってあの? 転移者じゃなくて?」
「ああ、別の世界で死んで、この世界で生まれ変わった者だ」
「おい、何でそんな大事なこと言わなかったんだ」
ミナミさんがカインくんに詰め寄る。
「そう言われても、……聞かれなかったからな」
「知らなかったら聞けるわけないだろ」
「そうだよ、俺たちには教えてくれてもよかったのに」
「カイン。私たちは仲間デスよ。そうデス、皆で左腕にバツ印書きましょう」
「どこの海賊だ! 伝説の秘宝でも探すつもりか!」
「へ~、そのマンガも知ってるんだ」
カインくんは少し肩をすくめた。
「まあな。前世でそれなりに有名だったからな」
「それなりどころじゃないデスよ。伝説級デス!」
マリアさんが目を輝かせたその時、食堂の扉が開く。
「何だ、朝から騒がしいな」
「あ、リヒト様、おはよ。よく寝れた?」
「うむ。快適だったぞ」
「そっか。それは良かったよ」
俺は胸をなでおろす。
「そんなことより聞いてよリヒト様!」
ユウキくんが俺とリヒト様の間に割って入る。
「カインくんって転生者だったんだよ」
「む、何だ、その事か」
「何だってもしかして知ってたのか?」
リヒト様の答えに、ミナミさんが聞き返す。
「ああ、諜報部に誘ったときにな」
「何で黙ってたんだ!」
「いや、……聞かれなかったからな」
「くそっ! お前もか!」
ミナミさんがバンッとテーブルを叩く。
「というかカインくんの前世って……」
「ああ。お前たちと同じ世界だ」
「うわぁ、本当に転生者なんだね」
「転生ってどんな感じなんデスか?」
「ん? ああ、死んだあと知らない空間にいてな……」
カインくんが昔を思い出すように目線を上にやる。
「そこで神だと名乗る方に会ったんだ」
「え? 神様に会ったの?」
俺は思わず声を上げる。
「ああ。それでこの世界に転生できることを聞いたんだ」
「俺たち転移者とは違うんだね。神様から何か使命とか与えらえたの?」
「使命というか、お願いと言うか……」
カインくんが口ごもる。
「ん? 何だ? 歯切れが悪いな」
ミナミさんが怪訝な顔を向ける。
「その……何でも私の転生に巻き込まれた者がいるらしくてな」
「え? 巻き込まれた?」
俺は絶句する。
「そうだ。それで、もしその者が困ってたら助けてやって欲しいと言われたな」
カインくんの言葉に俺は思わず答えた。
「そうなんだ。……大丈夫、僕は困ってないよ」
「ん? 何でレオンが答えるんだ?」
リヒト様が首を傾げる。
「え? だって僕がその巻き込まれた転生者だと思うから」
「……」
「……はぁぁぁぁ!」
「お前、何で黙ってたんだ!」
カインくんが俺の肩をつかむ。
「えっと、……聞かれなかったから?」
「お前もかぁ~!」
ミナミさんのツッコミが、朝の食堂に響き渡るのを聞きながら俺はしみじみと思った。
——いや〜、平和って素晴らしい。




