第108話 お花見と、ちょっとだけ大胆なエリス
「みんな、グラスは持った? ではリヒト様、お願いします」
春のぽかぽかとした陽気の中、俺たちは領都の外へと出かけていた。小高い丘一面に広がる花畑。白や桃色、薄紫の花々が風に揺れ、甘い香りが漂っている。
「うむ。では——乾杯!」
「「乾杯!!」」
グラスが触れ合い、澄んだ音が青空へ溶けていった。テーブルの上には色とりどりの料理が並んでいる。
「皆さま。お食事もご用意していますよ」
「お飲み物はこちらからお取りください」
アンナとノアくんが手際よくお皿と飲み物をテーブルに並べていく。
「わ~、おいしそう。唐揚げまであるよ」
「ワーオ、やっぱりお花見にはおにぎりデスね」
ユウキくんとマリアさんが目を輝かせる。
「くぅ~、外で飲む酒は格別だな」
「おい、ミナミ。飲みすぎるなよ」
カインくんの注意もどこ吹く風。ミナミさんは空になったグラスへ、なみなみとお酒を注いでいる。
「はわぁ~、レオン様、見てください。キレイなお花がこんなに」
「本当だね。僕もこんなに咲いてるなんて知らなかったよ」
花畑の中ではしゃぐエリスの姿は、まるで花の妖精みたいだ。
「ふむ。これが“花見”というものか」
「う~ん、ちょっと違うんだけどね」
「本来は桜を見るんデスよ」
転移者二人が解説する。
「わははは。酒が飲めればなんでも良いだろ」
「こら、ミナミ! お前もう酔っぱらってるだろ」
「まぁだ酔ってにゃいぞ~! ほらエリスもこっちおいで~」
「あ、はい。今行きます」
エリスが小走りで戻ってくる。
「あ、エリスさん。こっちに卵焼きがあるよ」
「唐揚げも美味しいデス」
気づけばエリスの皿は山盛りだ。
「わぁ、本当にどれも美味しそうです」
「ちょっとみんな。エリスはそんなに食べられないってば」
積みあがったおかずを見ながら俺は苦笑いを浮かべる。
「エリス~。一緒に飲もうぜ~」
「はい。頂きます——はゎ~、甘くて美味しいです」
「お~、良い飲みっぷりだ。よし、もう一杯」
「ちょっ、ミナミさん!? エリスに何飲ませてるんですか!」
俺が目を離した隙に酔っ払いがエリスに絡んでいた。
「エリス、大丈夫?」
「えへへへ、らいじょうぶですよ」
ろれつが回っていない。
「やばい! アンナ、お水を——」
「む! レオンしゃま!」
突然、両手で頬を挟まれ、顔の向きをエリスへと戻される。
「へ? ちょっ、エリス?」
「私をちゃんと見てくだしゃい」
——うん。完全に酔っぱらってるな。
「坊ちゃま。お水をお持ちしました」
「あ、ありがとう。ほらエリス、水飲んで」
水の入ったグラスをエリスに差し出す。
「ほわぁ、レオンしゃまからのプレゼントれす」
「おぉ~、レオン! 私にもくれ~」
今度はミナミさんが肩を組んでくる。
「もう、ミナミさんも飲みすぎだよ!」
「むぅ~、ミナミしゃん。レオンしゃまから離れてくらさい」
エリスがぐいっとミナミさんを引き剥がす。
「えっと、ありがとう、エリス」
「むふふふ、当然です。私はレオンしゃまのお嫁さんなんれすから」
胸を張るエリス。
「そ、そうだね。でもお嫁さんはもうちょっと先かな……」
言った瞬間、エリスの表情が曇る。
「うぅ……レオンしゃまは私のこと、きらいになったんれすか」
エリスの指先が、俺の服をぎゅっと掴む。
「い、いや! そんなことはないよ!」
「じゃあ、好きれすか?」
ぐいっとエリスの顔が近づく。
「そ、それは……みんなの前じゃ恥ずかしいっていうか……」
「どっちなんだ~。はっきりしろ~」
「ちょっ、ミナミさんは黙ってて!」
グラスを取り上げながらミナミさんを黙らせる。
「ふふ、レオンくん。ちゃんと答えてあげなきゃ」
「ハイ。エリスが可哀そうデスよ」
「男ならちゃんと答えろ」
「ぐぬぬぬ。みんな面白がってるでしょ」
するとエリスが涙目で見上げてくる。
「レオンしゃま! どうなんれすか?」
「だぁ~、もう……わかったよ」
俺は覚悟を決めてエリスを見つめる。花びらが一枚、俺たちの間を横切った。
——よし。男を見せろ、レオン!
「エリスのことが……す、好き……です」
「「お~!」」
周囲から歓声が上がる。そんな中エリスは、ぱあっと花が咲いたような笑顔になると、勢いよく俺の首元に抱きついてくる。
「レオンしゃま~!」
「わっ! エ、エリス! みんなが見てるよ」
「うふふふ、私も……すぅ~、すぅ~……」
「ん? 寝ちゃった?」
抱き着いたまま寝息を立てていた。顔がほんのり赤い。
「わははは、花見とは面白いものだな」
リヒト様が満足げに笑う。ユウキくんは苦笑し、マリアさんはエリスの寝顔を見ながらにこにこ笑顔。ミナミさんはいつの間にかカインくんに取り押さえられていた。こうして賑やかなお花見は、春風と共に過ぎていった。
——いや、ただ酔っ払いに絡まれて告白させられただけのような……。




