第107話 久々の故郷と、奇跡の再会
「おじい様、おばあ様。お世話になりました」
王都バルトル邸の玄関ホール。四年間、折に触れて帰ってきていたこの場所で、俺は二人に深く頭を下げた。
「うむ。バルトル領は任せたぞ」
穏やかな声で頷くのはおじい様。その隣で、おばあ様が目を細める。
「アンナちゃんとノアくんも元気でね」
「は、はい、オリヴィア様。お世話になりました」
「ありがとうございました」
アンナとノアくんが並んで頭を下げると、おばあ様はふわりと二人を抱き寄せた。
「まぁまぁ、そんなにかしこまらなくていいのよ」
それから、こちらへ視線を向ける。
「レオンちゃんがいなくなると寂しくなるわ」
そう言って、俺をぎゅっと抱きしめる。
「おばあ様……また直ぐに遊びに来ますね」
「ええ、待っているわ」
するとおじい様が小さく咳払いをする。
「王都に戻る用ができたら、必ず顔を出しなさい。報告もだぞ」
「はい、おじい様」
こうして俺たちは、四年間過ごした王都を後にし、一路バルトル領へと向かった。
* * * * * * *
王都を出発して五日。遠くに見えてきたのは、懐かしきバルトル城。
「な、なんとか生きてます……」
「うぅ……地面が揺れてない……」
アンナとノアくんが、ふらふらと降り立った。二人とも顔色が真っ青だ。
「二人とも、まだ≪スカイホースくん2号≫には慣れないみたいだね」
「なぜ皆さんは平気なんですか……」
ノアくんの呟きに、ユウキくんが肩をすくめる。
「うーん、慣れかな」
と、そのとき、城門が開く。
「帰ったな、レオン」
「みんなもいらっしゃい」
父上と母上が出迎えに来てくれた。
「父上、母上。ただいま戻りました」
「またお世話になります」
ユウキくんが爽やかに頭を下げる。
「お義父様、お義母様、お久しぶりです」
エリスも丁寧に続く。
「うむ、バルトル卿。世話になるぞ」
「これはリヒト様。我が領にお越し下さり、ありがとうございます」
皆が挨拶をしていると、母上の後ろに小さな影が――。
「ほら、リリアーナも挨拶しなさい」
「お~、リリアーナ! 大きくなったね。お兄ちゃんだよ」
膝をついて顔を合わせる。
「イヤ!」
サッと母上の後ろへ隠れるリリアーナ。
「ぐふっ! 拒否られた!」
精神に大ダメージを受け、俺はそのまま崩れ落ちる。
「あら、この子ちょっと人見知りなのよ」
母上がリリアーナの頭を撫でる。
「ふっふっふ。大丈夫です。秘策を用意しているので……」
そう言って俺は荷物を漁る。
「ほ~ら、リリアーナ。お土産だよ」
「あ、クマたん」
俺はクマのぬいぐるみを顔の前に持ってきて裏声でリリアーナに話しかける。
「”こんにちは、リリアーナちゃん。一緒に遊ぼ”」
「はわぁ~。かぁいい」
トテトテとこちらに駆け寄ってくる。
(よし! そのままこっちにおいで)
俺がほくそ笑んでいたのもつかの間。ガバっとクマのぬいぐるみを奪い取ると、そのまま母上の後ろへ走っていく。
「ぐふっ! 天使か!」
再び崩れ落ちる。代わりにエリスが前へ出る。
「こんにちは、リリアーナちゃん」
リリアーナは母上の背から顔だけ出す。
「だぁ~れ?」
「エリスといいます。よろしくね」
「エリスね~ね?」
「はい、そうですよ」
するとリリアーナはエリスに近づくと両手を広げる。
「エリスね~ね、抱っこ」
「え? あ、はい。抱っこですね」
「あら。リリアーナはエリスの事が好きなのね」
「あい。エリスね~ね、スキ」
リリアーナはエリスの首元にギュッと抱き着く。
「まあ。ありがとう、リリアーナちゃん」
そんな微笑ましい姿を見た俺は即座にエリスの横に移動する。
「リリアーナ、僕も抱っこ……」
「イヤッ!」
プイッとそっぽを向くリリアーナ。
「ぐふっ! そんな姿もカワイイ!」
結局崩れ落ちることになった。
「もう、レオン。そんなところで項垂れてないで中にはいったら?」
「あ、母上。そうですね」
「先に行ってお茶の準備をお願いできるかしら」
「はい、わかりました」
返事をして俺は一人食堂へと向かった。
「む、やっと帰ってきたか」
「あ、うん。ただいまぁ〜」
食堂に入ると飲み物を手にした人の姿が……。
「やはり、バルトル領のコーヒーは中々だな」
「でしょ。リアムって子が王都で修行……して……」
時が止まった。俺はその人物を凝視する。
「え? だって、そんな……」
視界が滲み目から涙がこぼれ落ちる。
「どうした、レオン」
「ガ、ガァヴィンぐ~ん!」
処刑されたはずのカインくんが優雅にコーヒーを飲んでいた。
「うわぁぁん!」
嬉しさのあまり、カインくんに駆け寄り抱き着こうと……。
ガシッ!
カインくんに頭をつかまれ止められる。
「えい。引っ付くな! 鼻水を拭け! 汚いだろ」
「ちょっ、カインくん! ひどくない」
すると俺の声を聞きつけてユウキくんとマリアさんが食堂へ入ってきた。
「へ? カインくん。なんで?」
「おばけデスか?」
ミナミさんが一瞬固まったかと思ったらリヒト様の胸ぐらを掴む。
「おい、リヒト! どういうことだ!」
「……」
「わあ、ミナミさん落ち着いて」
ユウキくんとマリアさんが慌てて引き離す。
「はぁ~、相変わらず騒々しい奴らだ」
カインくんが大きなため息をつく。
「いや、だって……処刑されたって……」
「落ち着けレオン。ちゃんと説明してやる」
リヒト様が咳ばらいをしてから話始めた。
「実はな……カインには死んでもらったんだ」
「いや、生きてるじゃん!」
思わずツッコミを入れてしまった。
「話は最後まで聞け! “世間的には”と言う事だ」
「でも何でそんなことしたの?」
ユウキくんの疑問にカインくんが答えた。
「それは諜報活動をしやすくするためだな」
「諜報活動デスか?」
マリアさんが首を傾ける。
「ああ。私はリヒト様専属の諜報部隊に所属することになったんだ」
「なるほど、それで死んだことにしたんだ」
ユウキくんが納得したとばかりに頷く。
「でも、カイン様は王国では有名人ですよね」
エリスが疑問を口にする。
「そうだな。だから普段はこれを使う」
そう言ってカインくんは首元からペンダントを取り出し魔力を込める。
「あ、それってルドルフさんが持ってた」
ペンダントが輝き、カインくんの姿が揺らぎ姿が別人へと変わった。その姿を見て、俺はふとあることを思い出す。
「あれ? そのペンダントがあれば帝国で女装することなかったんじゃ……」
「いや、あの時は持って行ってなかったからな」
「そうだぞ。それにこれは貴重なものだ」
リヒト様とカインくんが必死に言い訳している。
「本当に? 信じていいんだよね」
「当たり前だ。とにかく、これなら私だと解らないだろ」
カインくんは元の姿に戻りながら言った。
「もちろんルドルフも生きているぞ」
「え? 本当に!」
「ああ。奴も私と一緒に諜報部に所属することになっている」
「というか私の専属は今のところ二人だけだな」
リヒト様が付け加える。
「……生きてるんだよね?」
「当たり前だ」
ぽん、とカインくんに軽く肩を叩かれる。その瞬間、胸の奥に溜まっていたものが、すっと軽くなった。目を逸らせば現実になっていたかもしれない“最悪の未来”。それは、もうここにはない。
「……よかった」
小さく呟くとカインくんは、ほんの少しだけ優しく笑った。
「勝手に殺すな」
「いや、処刑って聞いたら普通そう思うでしょ!」
皆が笑う。騒がしくて、温かい。
こうして死んだはずの友と共に、バルトル領での思い出作りが始まったのだった。




