第106話 未来を選ぶ力と、卒業の日
卒業まで、あと数日。春の光が差し込む王都学園の廊下を俺はひとり歩いていた。向かう先はアレクシス先生の研究室。扉をノックすると、すぐに落ち着いた声が返ってくる。
「どうぞ」
中へ入ると、紙束と書物の山。その中央で先生は羽根ペンを走らせていた。
「失礼します」
「おや、レオンくん。どうしましたか?」
「実は相談したいことが……」
俺は椅子に腰かけ、深呼吸をひとつ。
「……白昼夢ですか?」
先生がわずかに眉を上げる。
「はい、偶然にしてはリアリティのある夢だったんです」
アウレリオくんとカインくんの未来の出来事を見たような、不思議な感覚を先生に説明する。
「なるほど。それは興味深いですね」
アレクシス先生は俺の話を聞きながら淡々とメモを取り続ける。
「やっぱり≪千客万来≫の能力でしょうか?」
「そうですね。その推測は正しいでしょう」
顎に手を当て、先生は思案する。
「それにしても、また随分と壮大なスキルへと成長しましたね」
「へ? それってどういうことですか?」
先生はメモをこちらに向けた。
「レオンくんが見た白昼夢は、恐らく未来の出来事だったのでしょう」
「やっぱり。でも実際には起こってないですよね」
「はい、正確には“起こりうる未来”ですね」
俺は首を傾げる。
「レオンくんの選択によっては、夢で見た最悪の出来事が起こっていた可能性がある、ということです」
「僕の選択で未来が変わったってことですか」
「そういうことですね」
頷きながら先生はメモに丸印を付ける。
「しかも発動のタイミングが面白い」
「タイミング?」
「白昼夢の回数は少ないですが共通点があります」
先生は視線を上げた。
「国家、あるいは世界の行く末に関わる選択の直前に発動しているんじゃないかと思いますよ」
背筋が、ぞくりとした。一度目は、アウレリオくんが、リヒト様へ刃を向ける未来。そして、二度目は、ルドルフさんが帝国軍を率い、王国へ侵攻する未来。
「なるほど……確かに壮大な能力ですね」
するとアレクシス先生は表情を険しくする。
「しかし、これは中々酷な能力ですね」
「酷?」
「はい。もし白昼夢を見てしまえば、レオンくんは“知ってしまう”」
「えっと、何をですか?」
「あなたの選択ひとつで、世界が滅ぶ可能性があることを……」
——世界が滅ぶ!?
言葉が、出ない。
「そして、もし運命から目を逸らせば……」
先生が俺の目を見る。
「最悪の未来が現実になるのでしょう」
——何その恐ろしいスキル!
「とは言え、そこまで頻繁に発動する能力でもないはずです」
「と、言うと?」
「世界の命運を左右する選択など、早々あることでもありませんよ」
「……それもそうですね」
ほんの少し、肩の力が抜ける。
「やはり面白い。そうですね、今回の能力は……」
先生は、どこか楽しそうに微笑んだ。
「“運命集束型”とでも呼びましょうか」
その目は、完全に研究者のそれだった。俺は苦笑する。
「先生は楽しそうですね」
「それはもちろん。希少スキルの進化など、滅多に観測できませんから」
「観測対象が僕じゃなければ良かったんですけど」
「おや、私はレオンくんで良かったと思いますよ」
しばしの沈黙の後、俺たちは互いに顔を見合わせて笑いあった。窓の外では、卒業準備に追われる生徒たちの声が聞こえる。
「……ありがとうございました、アレクシス先生」
「私も良い研究になりましたよ」
先生はペンを置き、穏やかに言った。
「それより、レオンくん。卒業おめでとうございます」
「ありがとうございます。先生にはお世話になりっぱなしでした」
「卒業後はバルトル領へ戻るのですよね」
「はい。父を補佐する予定です」
「そうですか。寂しくなりますね」
先生のその一言に、胸が少しだけ締めつけられた。学園生活は慌ただしく、騒がしく、そして何より濃密だった。
「そうだ。実は先生にお願いがありまして……」
俺は姿勢を正し、ある計画を伝える。
「……ほう、それは面白そうですね」
「すぐには無理かもしれません。でも、必ず実現させてみせます」
「解りました。ではその時は協力いたしましょう」
「本当ですか! ありがとうございます、先生」
「いえいえ。私も楽しみが増えました」
こうして俺は、アレクシス先生の研究室を後にした。
* * * * * * *
数日後——。
「はぁ~、ついに卒業だね」
「うむ、あっという間の四年間だったな」
俺の呟きに、リヒト様が同意する。卒業式も終わり、学園のホールでは立食形式のパーティーが開かれていた。ふと、周りを見回す。そこにいるはずだった、もう一人の姿を思い出して……。
「みんなともお別れだね」
「うん。ユウキくんはこれからどうするの?」
「俺は、王都で冒険者活動だね」
料理を取りながら尋ねると、ユウキくんはいつもの爽やかな笑顔を浮かべた。
「そんで、マリアさんが卒業したら、パーティーを組んで世界を回るかな」
「さすが勇者様。ユウキくんたちならすぐ金級冒険者になりそうだよね」
「うん。がんばるよ」
力強い頷きが返ってくる。
「レオンくんはバルトル領に戻るんだよね」
「うん領主見習い。バルトル領にも遊びに来てね」
「もちろん。あそこは強い魔物が多いからね」
すると横から、楽しげな声が割って入る。
「その前に、レオンとエリス嬢の結婚式だろ?」
「ぶっ!?」
思わず飲み物を吹きそうになる。エリスは顔を真っ赤にして俯いた。
「むき~! 私はまだ結婚は許してないからな!」
「ミナミさんもいい加減諦めなよ」
ミナミさんが腕を組んで仁王立ちする横で、ユウキくんが呆れ顔だ。
「卒業したら、頻繁には会えなくなりますね」
エリスが寂しそうに言った。その言葉を聞いたリヒト様がニヤリと笑う。
「そうだな。そこでだ……」
一息置いてから、皆を見回す。その目は、どこか少年のように輝いていた。
「最後にバルトル領へ遊びに行くぞ!」
「はえ?」
思わず変な声が出てしまった。
「聞いてないんだけど?」
「良いではないか。そもそも私は行ったことがない。不公平ではないか」
「いや、不公平って何!?」
「ははは、良いんじゃない? マリアさんも誘わないとね」
「私もお義父様とお義母様にご挨拶したいです」
「私はバルトル領で世話になるつもりだったしな」
いつの間にか、バルトル領へ遊びに行くことが決定していた。俺以外、全員が乗り気である。
「しょうがないな。じゃあ、みんなで帰ろうか」
その瞬間、ぱっと空気が明るくなった。
「決まりだね!」
「うむ。楽しみだ!」
こうして俺たちは、最後の思い出作りとして皆で、バルトル領へ向かうことになった。




