第105話 託された未来と、生きた証
「おい、リヒト! どういうことだ!」
ミナミさんがリヒト様の胸ぐらを掴む。
「……」
だがリヒト様は目を伏せたまま、何も言わない。
「ちょっ、ミナミさん。落ち着いて」
「リヒト様のせいじゃないデスよ」
ユウキくんとマリアさんが慌てて引き離す。
「離せ! だってこいつは……何とかするって……!」
怒声がカフェテリアに響きわたる。昼時だというのに、周囲の席は静まり返っていた。皆、ただならぬ空気を察して距離を取っている。
「リヒト様。カインくんは本当に……」
「ああ。すまない」
目をそらしたままの謝罪。その声には、いつもの威厳は感じられなかった。
「そ、そんな……」
エリスが口元を押さえる。瞳からぽろりと涙がこぼれ落ちた。
「それで、なにがあったの?」
ユウキくんが静かに尋ねる。その姿は、怒りを飲み込み、状況を正確に把握しようと試みているように見える。
「……やはり国家に反逆した者を簡単には許せなかったようだ」
「でも処刑は重すぎない?」
思わず語気が強くなる。
「ああ。私も減刑を願い出た。父上にも直訴した」
握った拳からは今にも血が滲みそうなほど、力が入っていた。
「だが“ここで甘い処断をすれば、王家は侮られる”と……」
しばらくの沈黙の後、絞り出すように言った。
「……私の力不足だ」
その一言が、胸に刺さる。王族としての責務と、友としての想い。その板挟みが、痛いほど伝わってくる。
「……処刑の前、カインくんは何か言ってた?」
自分でも驚くほどかすれた声だった。
「……笑っていたよ」
「え?」
「“大丈夫ですよ、リヒト様”と。私に向かってな」
リヒト様は苦笑する。その表情は、誇らしさと悔しさが入り混じっていた。
「最後まで、あいつはあいつだった」
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。
「そっか。でも別れの挨拶くらいしたかったよ」
ユウキくんが目を伏せる。拳が膝の上で震えていた。
「それはカインが拒んだのだ」
「え? なんで?」
「みなの悲しむ顔を見たくなかったのだろう」
「くそっ! カインのやつ!」
悔しさをぶつけるように、ミナミさんが机を叩く。
「最後くらい……話をしたかったな」
俺が呟くと、リヒト様が懐から紙の束を取り出した。
「話は出来なかったが、手紙を預かっているぞ」
一人一人に手渡されていく。手にした瞬間、ずしりと重みが伝わる。俺は震える指で封を切る。
* * * * * * *
レオン
この手紙を読んでいるころ、
私はお前たちの前にはいないだろう。
だが悲しむことはない。
お前のお陰で、ルドルフも
最後まで生きることを諦めなかった。
もちろん私もだ。
だからお前も精一杯生きてくれ。
じゃあまたな、レオン。
王国を、リヒト様を頼んだぞ。
カイン・フォン・ヴァルデン
* * * * * * *
読み進めるごとに視界が滲む。あの時の背中、あの時の笑い声、そして訓練場での口論。全部、昨日のことみたいに鮮明だ。
「もう、またなって……カインくんたら……」
文字はいつも通り几帳面で、余計な飾りもない。本当に、最後までカインくんらしい。周囲を見れば、皆それぞれ手紙を読んでいた。
ミナミさんは歯を食いしばりながらも、何度も読み返し、ユウキくんは目を閉じ、何かを噛み締めていた。マリアさんは涙を拭いながら背筋を伸ばす。エリスは手紙を胸に抱いて涙をこらえている。
「最後まで格好つけやがって」
ミナミさんが鼻をすすりながら言う。
「本当デス。ずるいデス」
マリアさんも小さく頷いた。
「……」
リヒト様は黙ったまま、窓の外を見ている。
「リヒト様」
俺は声をかける。
「カインくんは最後にこう書いてました」
俺は手紙を握ったまま言う。
「精一杯生きろって」
するとユウキくんが続ける。
「うん。そしてリヒト様と王国を頼むって」
ユウキくんも手紙を前に突き出す。それを見て全員が手紙を前に出す。
「オー。皆の手紙にも同じこと書いてあるデスね」
手紙を見比べてマリアさんが目を丸くする。それぞれに送られた言葉は違うが、想いは同じだった。
「じゃあさ」
ミナミさんが立ち上がる。
「見せつけてやろうぜ」
「何をだ?」
リヒト様が問う。
「もちろん、私たちが精一杯生きた証だ」
「……そうか」
静まり返る空間で、リヒト様は一度だけ目を閉じ、深く息を吐いた。
「ならば私も王族としてではなく、友として応えねばなるまい」
その顔には、覚悟があった。
「そうだね。僕も強くなるよ」
「私もデス」
ユウキくんとマリアさんが力強く頷く。
「……わたしも……変わります」
エリスも涙を拭いながら言った。
「よ~し、カインくんがうらやむ位、がむしゃらに生きてやるぞ!」
俺も涙を拭い拳を握る。悲しいのに、今なら不思議と前を向ける。
(カインくん、見ててね。俺たちは止まらないよ)
――いや、止まってなんかやらない。託された未来を、俺たちが繋いでいくんだ!




