第103話 暴走する覚悟と、焦るレオン
「……ん、あれ? 寝てた」
俺は焚火の前で目を覚ました。昨日はダンジョン十三階層へ降りる階段前で野営をしたはずだ。夕飯までは覚えているが、その後の記憶がすっぽり抜けている。
「う~、頭がくらくらする」
重たい身体を起こすと、隣でエリスがすやすやと寝息を立てていた。
「エリス、起きて。朝だよ」
「う~ん。もう少し寝かせて……」
――あらカワイイ!
「もう、しょうがないな。あとちょっとだよ」
「うん、ありがとう。お母さ……」
エリスが言いかけて、ぱちっと目を見開く。
「……! レ、レオン様! 何で」
「おはよ、エリス。お母さんじゃなくてごめんね」
ニヤニヤしながら答えると、エリスが顔を真っ赤にしてうつむいた。
「大丈夫だよエリス。凄く可愛かったよ」
「うぅ! もう、レオン様のバカ~!」
「ぐふっ!」
エリスのビンタが俺の頬にクリーンヒットした。
「何だ、騒々しいな……」
「ふぁ~。朝から元気だね」
リヒト様とユウキくんも起き上がる。
「あ、二人ともおはよ」
「うむ。いつの間にか寝てしまっていたようだ」
「あれ、リヒト様も? 俺も夕飯の後の記憶がないんだよね」
「二人も? 初めてのダンジョン攻略で疲れてたのかな?」
言った後、俺はある違和感に気が付いた。
「あれ? カインくんとミナミさんは?」
「あ、バジルさんもいないようです」
エリスが辺りを見回す。
「三人だけで何処行ったのかな?」
ユウキくんが首を傾ける。すると――。
「……なせ! お前何する気……」
遠くから声が聞こえてきた。
「む、この声はミナミか?」
「あっちから声がするよ」
俺は階段を指さす。
「何かヤバそうな雰囲気だよね」
「はい。急いだほうがいいかもしれません」
「よし。とにかく行ってみるか」
俺たちは急いで十三階層へ降りた。そこで見たのは、見知らぬ男にナイフを首に突きつけられているミナミさん。そして、立ち尽くすカインくんの姿……。
「え? 誰?」
「いや、それよりミナミさんを助けないと」
「おい、カイン。これはどういうことだ?」
リヒト様に声をかけられたカインくんは気まずそうに目をそらす。
「チッ! もう来たか。おい、カイン。そろそろ腹をくくったらどうだ」
知らない男がカインくんを見た。
「それともこいつがどうなってもいいのか?」
ミナミさんの首にナイフが押し付けられる。
「む? 貴様……ルドルフか?」
「え? リヒト様知ってるの?」
「ああ。ヴァルデン公爵家の次男だ」
「それってカインくんのお兄さんってこと?」
ユウキくんがカインくんを見るが何も答えない。
「てかいつの間にお兄さんが?」
俺の言葉にルドルフさんがニヤリと笑い首元からペンダントを取り出す。
「おや、もう忘れてしまったんですか」
ペンダントが輝き、ルドルフさんの姿が揺らぐ。
「バジルさん!?」
昨日出会った薬師の姿がそこにあった。
「ふふふ。思い出しましたか?」
ペンダントが再び輝いたと思ったら、ルドルフさんの姿へと戻っていた。
「貴様。何が目的だ!」
リヒト様がルドルフさんを睨みつける。
「それは……あなたを亡き者にする為ですよ」
ルドルフさんが邪悪な笑顔をこちらに向ける。
「まあ、本当は寝ている間に仕留めるつもりだったんですが……」
ちらりとカインくんを見る。
「貴様がサッサとやらないからだぞ」
それを聞いてユウキくんが声を上げる。
「え? カインくんもグルなの?」
「いや、私は……」
カインくんが口ごもる。
「てか、いつの間にか寝ちゃったのもルドルフさんが何かしたの?」
「はい。スープに薬を入れておきました」
ルドルフさんは何てことないように言う。
「さて、もういいですか。カイン! やれ!」
ルドルフさんの言葉にカインくんは魔力を練っていく。
「リヒト様……すみません」
謝罪と共にカインくんが魔法を発動する。
「≪メテオ・バレット≫」
「ぐあっ!」
石の弾丸が発射され、ナイフを持つルドルフさんの手に直撃する。
「こっちだ! ミナミ」
痛みでナイフを落とした隙に、カインくんがミナミさんの腕を引いた。
「ぬぉ~!」
「おっと危ない。大丈夫? ミナミさん」
「ああ、大丈夫だ。助かったぞ」
投げ飛ばされたミナミさんをユウキくんが受け止める。
「カイン! 貴様何のつもりだ!」
怒声がダンジョンに響き渡る。驚いてそちらを見ると、カインくんがルドルフさんを両腕で後ろからガッチリと拘束していた。
「ふん。誰が貴様に協力すると言った」
カインくんがルドルフさんを睨む。
「大体、帝国とは縁を切れと言っておいたはずだ」
「バカが! 帝国に見放されたら我々が生き残るすべはないのだぞ」
ルドルフさんが拘束を解こうともがく。
「よし、カインくん。俺も手伝う……」
「動かないでくれ!」
ユウキくんが加勢しようと動こうとしたが、カインくんが制止した。
「申し訳ありません、リヒト様……」
カインくんが突然謝罪した。
「五歳の時の晩餐会襲撃は、私たちが帝国のものを手引きしたんです」
「なっ! 何を言って……」
それは、俺も参加していた晩餐会だった。
「ただこの計画は私とルドルフしか知りません」
そう言ってカインくんは腰から筒状の魔道具を取り出した。
「ん? それって光の魔道具?」
「そうだ。そしてこの魔道具にはある秘密がある」
カインくんは魔道具に魔力を流し始める。
「おい、カイン! 貴様まさか!」
ルドルフさんが明らかに動揺している。
「ああ、お前も知っての通り、この魔道具には安全装置がない」
それを聞いて青ざめる。
「いや……それは……」
俺の呟きは、誰の耳にも届かなかった。
「リヒト様。これからこの魔道具を暴走させ爆発させます」
カインくんの瞳には強い決意が宿っている。
「我々二人の命に免じて、ヴァルデン家は許してもらえませんでしょうか」
「いや、落ち着けカイン!」
「そうだよ! 何も死ぬことないじゃないか」
ミナミさんとユウキくんが声を荒げる。
「二人とも、すまないな」
カインくんが二人に視線を向ける。
「お前たちとはもっと話がしたかったんだがな」
すると今度はこちらを見る。
「エリス嬢。レオンは危なっかしい。だからこいつを支えてやってくれ」
「カイン様……」
エリスが涙目で答える。
「そして、レオン!」
俺に呼びかけるカインくん。
「あ、うん。カインくんちょっと落ち着いて僕の話を……」
しかしカインくんに俺の言葉は届かない。
「お前たちとの学園生活……悪くなかったぞ」
(いやぁ~~!)
――そんな恥ずかしいセリフを真顔で言わないで!
「だからね、カインくん。僕の話を……」
「そしてリヒト様」
――ダメだぁ~! 全然聞いてくれない!
「ご迷惑をおかけしてすみません」
「うむ。ヴァルデン家の事は私に任せろ」
リヒト様がそう答えるとカインくんが安心したように微笑む。
「それでは……みな……さらばだ!」
魔力が最大まで高まる。
「ば、馬鹿な……待てカイン! やめろ〜!?」
ルドルフさんの絶叫する声が響く。
「……」
「……」
「……うん?」
何も起こらなかった。当然である。
「だから僕の話を聞いてって言ったのに!」
カインくんが俺を睨む。
「レオン。お前何か知ってるのか!」
「もちろん。だってその魔道具……僕が改造したからね」
俺は胸を張って答える。
「は? 何を……って、あの時か!」
カインくんがハッと顔を上げる。
「そう。交換留学の時に船の上でね」
何日も船に揺られ退屈になった俺は、習いたての魔道具いじりをしていた。その時、カインくんから借りた光の魔道具に安全装置がないことに気づき、制御盤に書き足しておいたのだ。
「貴様! 何でそのことを言わない!」
「うわぁ~ん。ごめんなさい!」
その時、カインくんの拘束が緩みルドルフさんが逃げ出した。
「はっはっは。何だか知らないが助かった」
「あ、待て! ルドルフ!」
「ふん……貴様は昔から詰めが甘いのだ」
走るルドルフさんの足元で魔法陣が光る。
「ぬあ! なんだこれは!」
水のツルが体に絡みつき拘束していく。
「残念。≪アクア・バインド≫だよ」
ルドルフさんが逃げ出したときに備えて、辺りに魔法で罠を設置しておいたのだ。
「うむ、よくやったレオン。だがとりあえずここに正座だな」
「え? 何で? 大活躍だったのに」
「いや、さすがに人のもの勝手に改造しちゃダメでしょ」
抵抗空しく、ユウキくんの正論で論破された俺は、ひざを折り土下座の態勢へ。
「うぐっ! す、すみませんでした~」
「はぁ~、とりあえず無事で良かったぞ、カイン」
「はい、ありがとうございます」
カインくんが気まずそうに目をそらす。
「あれ? もしかして照れてる?」
「結構恥ずかしいセリフ言ってたもんね」
俺とユウキくんがヒソヒソと話してるとカインくんに睨まれる。
「そ、その……カイン様の本音が聞けて嬉しかったです」
「うぐっ! 言わないでくれ、エリス嬢」
顔を真っ赤にしているカインくんとは珍しいものが見れた。
「とにかく一度地上へ戻るぞ。そこで詳しい話を聞かせてくれ」
「ほら、レオンくん。早く立って」
こうして俺たちは、卒業試験を切り上げてダンジョンを脱出することになった。
――あ、待って! 正座してたせいで足が痺れて……って置いてかないで!




