19-移動系スキルを極めた商人は異常です
ミナミの思考停止はマヨが原因だから、マヨに解決して貰うとしよう。
「マヨ。少し歩いて離れて」
「それで解決出来るのか?」
「やってみなくちゃ分からない」
「やってみよう」
マヨが何の疑いもなく、歩いて離れていく。
それを見届けて、僕はミナミに近付いて耳元で囁こうとする。
囁こうと、囁こうと……。
「……。身長が足りない」
何だろう。この尖った、薄暗い感情は。
大きな木槌で頭を叩いてしまいたい衝動も沸き上がってくる。
いやいや、年下にそんな感情を持つなんて、大人とは言えない。
感情を押さえつけて、ちゃんと目的を達成しよう。
ミナミの手を引っ張って、何とか耳打ちできる高さまで頭を下げさせる。
よし、これでミナミの起動パスワードを囁ける。
「マヨが先に言っちゃうよ」
これで失敗したら、蹴り飛ばして進めようと思ったんだけど、効果はしっかりあったようだ。
屈んでいた上半身が跳ね起きてミナミがマヨを探し出した。
そして、彼目掛けて猛進する。
手を離すタイミング間違えてたら、引きずられて体力の半分は削れてたかも知れない。
「すみません! ぼんやりしてました!」
「気にするな」
「はい」
何気ない会話だけど、二人の、特にミナミの周りに花びらが幻視出来るくらい雰囲気が甘い。
特に最後の、はい、は蜂蜜と砂糖とチョコレートを煮詰めたくらいの甘さがある。
あの女らしいとは言えない言動のミナミが今や恋する少女だ。
あんな甘ったるい空気には近寄りたくないけど、我慢するしかないよね。
「はあ、僕も出会いが欲しいよ」
「なら、大学の学園祭に行け」
「遊ばれて、捨てられるのがオチだし、僕は年下の出会いが欲しいんだ」
「贅沢を言うな」
「選り好み出来る奴に言われたくない」
マヨなんて、性別女性なら幾らでもお付き合いが出来る人種じゃないか。
「そりゃ、イケメンで優しくて、将来有望だったら誰でも惚れるだろうけどさ」
神様もそんな超人を作らなくても良いじゃないか。
前を歩くマヨと隣で見詰めるミナミはまさに理不尽の象徴的光景だ。
僻んでいる僕に気付いたのか、マヨがちらりと見て口元に笑みを見せた。
「お前だって将来有望だろう?」
「マヨの個別授業のお陰でね」
その他色々マヨにはお世話になってるが、だからといって黒い感情を押さえ込めるほど人間が出来てるわけではない。
うん。軽い悪戯、例えば、マヨネーズの中身を安物にすり替えるとかなら大丈夫な筈だ。
それか、皆を煽動して町中のマヨネーズ買い占めとか。
「安心して。彼女さんに迷惑がかからない程度に同士を扇動するだけだから」
「お前は嗜虐的思考を持ってるから不安でならない」
「そんな思考持ってないよ。ちょっと偏ってるだけだって」
「その黒い笑みを鏡で見て、追放派にした仕打ちを思い出してから言え」
酷い言いがかりだ。確かに好きな子を少しいじめたいとか思うけど、そんな嗜虐的思考と言われる程じゃない。
「不満げだな」
「勿論」
「そうか。だが、今はそんな議論をしている隙は無いようだ」
マヨが前を向き、僕も視線を前に向けると、遠くに見える長閑な町が人で溢れていた。
まるで、田舎の町で祭が行われているような雑踏だが、多分、そんな朗らかな内容で集まった訳じゃ無い。
睨み合いながら和気あいあいとするのが流行してるのなら話は別だけど。
「あれって皆追放派?」
「擁護派も入っている筈だ」
「ふーん」
僕の人気と言うより、あの人達の不人気でここまで大きくなったんだろうな。
遠くからでも一触即発な雰囲気が分かる。
「不用意な発言は乱闘の元だね」
「ああ、だから不安だ」
「僕はそんな発言はしないよ?」
「向こうがしてくるだろう。乱闘時にウルカを巻き込まずに対象を破壊できるか分からないんだが」
「乱闘時には誰よりも早く逃げるから平気」
レベル十三が乱闘なんて無謀だし、そもそも向こうが売る喧嘩を買う必要も無い。
何が起きようがさっさとミナミを工房に運んでさっさと植林地を買おう。
「ウルカ。どんな悪口にも反応するなよ」
「それは無理だ」
またあの悪口を言われれば蹴り飛ばすと確実に言える。
「無理でもやれ。乱闘の火付け役になったら確実にアカウント停止だ」
「酷いよね。ガソリンやら薪やらをくべて、更に火の付いたマッチを誰かに手渡した上で、その人の手からマッチを叩き落としても、放火犯にならないんだよ?」
「それ所か火をつけても放火犯にならないらしいな。管理者側にそこまで影響を及ぼせる権力者となると……」
マヨは目を細め、徐々に近付く喧騒を眺めながら、口元を手で触った。
「制作、運営会社に融資してる人達の関係者だな」
「うへえ、どろどろ?」
「利権と金に溺れる者が居る世界だ。どろどろに決まってる」
何でそんなどろどろ好きな住人が熱い戦いや、仲間と何かをする達成感を重視するゲームに来たんだろうか?
見下すだけなら現実世界でやり放題だろうし、あの言動から察するに何不自由なく生活していた事も推測出来る。
「権力者とか金持ちの考えは小市民な僕には分からないよ」
「豪華な生活は欲を抑える薬にならない。そして、薬を知らなければ欲に際限が無い」
「小難しい話をされても凡才な僕には分からないよ」
「理解する努力をしろ」
これから疲れる出来事が起こりそうなのに、精神力を使う様な真似はしたくない。
しかもこんな話をしている内に僕達は、喧騒が渦巻く素朴な町に付いてしまったのだから尚更何も考えたくない。
そんな風に思わせる、全ての物音に負の感情が潜むような町中はさしずめ、バレンタインデーの学校と言った所だ。
でも、男子達が自作カレーを配るカレーテロやら、女子達がチョコをマヨに食べさせるチョコテロが無い分こちらの方が大人しい。
だけど擦れ違う人々が飛ばし合う鋭い眼差しは、心臓に良いものじゃない。
「早めに用事を済ませようか」
「そうだな」
僕とマヨが頷き合うが、既に僕は主犯格に見つかっていたようだ。
人混みが二つに割れ、とある一団がやってきて、その事にやっと気付いた。
例の人達に加えて、もう二人程新しい人が入っているようだ。
皆笑みを浮かべているけど笑い方からして悪役の様な雰囲気が漂っている。
表情で損してる気がするんだけど笑い方変えないのかな。
「ウルカ、お前人気者だな」
「この程度、マヨの足元に及ばないよ」
「謙遜するな。この一団を含めて目測で五十人、お前に熱い視線を向けてる」
「マヨは町内の全女性がファンじゃないか」
そんな言い合いをしていたら、目の前の一団から怒声が響き渡った。
「てめえら無視とは良い度胸じゃねえか!」
「不正した野郎に正義の鉄槌を下しに来たのに余裕だなあ!」
その物言いも少し変えればもっと人生が楽しいと思うんだけど、本人は気にならないのかな。
その後も散々吠えているけれど、その度に反対派や追放派の賛否両論が返されて主格の台詞が聞こえない。
「活気があるねえ」
「そうだな。知り合いの商売人に連絡しておこう」
「商売になるの?」
「ああ。商売人の逞しさは凄い。水の中で酸素ボンベを売り、火山の中でアイスを売り、幽霊船の中で仮装衣装を売るほどだ」
「逞しすぎるよ。その商人」
需要に合わせて供給するのが普通なのに需要が有るところに供給しに行くなんて、想像出来ない。
今に需要を作って供給をするなんて離れ技をやるんじゃないだろうか。
マヨが何かアイテムを使って、話していると、不意に大きな声が聞こえた。
「扇動、主張、意見の言い合い! そんなお供に拡声器! 拡声器は要りませんかあ!」
「商人が来るの早すぎないかな」
「あれは、商売人の中でも一番早く需要を聞きつける人だ。当然だろう」
それが当然とまかり通るこのゲームが凄いよ。
そんな事を考えている内に商売人が次から次へと入り込んで物を売り始めた。
「メガホンは要らんかね!」
「旗、有りますよ!」
「横断幕~。え~横断幕~」
「プラカード、叩き売りじゃあ!」
阿鼻叫喚。阿鼻叫喚と言う言葉しか当てはまらない光景だ。
しかも既に売れたのか、拡声器越しの声が聞こえ、プラカードや旗がちらほらと見える。
遂には駄菓子屋や射的などの屋台まで出て来て、町中は阿鼻叫喚から混沌へと進化を遂げた。
こうなればもう追放、反対所の話ではない。
メガホンや拡声器の声は互いに打ち消しあって用を成さないし、旗、プラカードに主張を書いても誰も見向きをしない。
更に娯楽性のある屋台が出て来たせいで全く関係無い人が流入して、楽しく町中を闊歩し始める。
「三十秒で祭りを作っちゃったよ。商人すげー」
「そうだな。これで俺達に注意が行かなくなった。早く工房へ行こう」
この状況にもマヨの反応は薄く、僕とミナミの手を掴んで押し合う人混みを掻き分け始めた。
まるで予定調和を見てるみたい……まさか。
「この祭りってマヨが仕組んだの?」
「いや。あらゆる方面の商売人にこの町に人が集まっている事を連絡して、レギオンの仲間や、その同盟を組んでいる者に、ここに商売人がいっぱい来ている事を教えただけだが」
「立派に仕組んでるじゃないか」
飄々と顔に何も表さずに仕組み、尚且つ成功した喜びも表情に見せないなんて。
いつもの事ながら、格好いいじゃないか。
「これでモテモテじゃなかったら僕も素直に尊敬するのに」
「ひねくれた尊敬で充分だ。嗜虐的に尊敬を表現されたくない」
「そこまでしないよ!」
そんな会話も険悪な雰囲気では無くなった喧騒に溶け、ミナミの工房へ行く姿は誰にも見咎められる事はなかった。




