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吊られた男は(異)世界をかける  作者: 活呑


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3/4

3話

ザラさんの家に帰り着いたのは、翌日の夕方だった。

初めてこの家に来た時と同じように肩に担がれ、藁の寝床に放り投げられる。

「晩御飯、買ってくるねー」


ザラさんとは急激に距離が近くなった。


オーク死すべしなのに、全然そんなふうに思えなくなってしまった。同じように体温があり、血が流れていて、感情もある。種族が違っても愛情を感じる。何とか、人間に害にならないように、オークも元気にできないだろうか……。


藁の寝床に転がって、周りを見る。家の中は何も変わっていない。……変わってない?


何か違和感があった。


ちゃぶ台、3段ボックス、……!!


干してあったパンツがない。

大変だ。下着泥だ。


まだここにいるのか?もう出ていったのか?

オークでも雌オークのパンツに興味あるんだな、と何となく感心する。


ん?いやいや、雄オークは雄にしか興味がないんじゃないのか? 女物パンツに用があるとは思えない。そうすると雌オークか。ストーカーか?


ガサっ


藁が音を立てる。


僕は入り口まで後ずさった。


「だ、誰だ?」

誰何したのはいいものの、何が出てきても何もしようがないことに気付く。


ガサガサっ


藁から肌色が出てきた。


ほっそい手。ちっちゃい頭。紫の髪。薄汚れた貫頭衣。青いスカーフ。


女の子だった。


そしてナンテコトダ。

ザラさんのパンツを履いていた。

腰回りが違いすぎてずり落ちてるから間違いない。


「ちょっと。君、ここで何してるんだ?

 あとそのパンツ返して?」


彼女は髪についた藁を払って、こっちを向いた。ガリガリで、ギリギリで生きてる感じだ。


でもあのパンツはやばい。

彼女を押し倒す。この力関係なら勝てる!

彼女からザラさんのパンツを引っぺがした


「なに、これ?」

瞬間、背中に冷たいものが走る。


ザラさんの声が一段低い。


「カツヤ、説明してくれるかな?」

むきっと、ザラさんの上腕二頭筋が膨れ上がった。


僕はすぐに正座してザラさんに向き直る。

速攻だ。

あれは死ねる。

「この子が藁の中に隠れてて、ザラさんのパンツを履いてたから取り返そうと!」

一息に言い切る。声が一段高くなる。


ザラさんの視線は僕から女の子に向く。


「あ、おまえ、ひとん家で漏らすな!」

横を見ると彼女が失禁してた。

あまりマジマジ見るものじゃない。


しかし、ファインプレイだ!

ザラさんの気が逸れた気がする。


僕はさっと上着を脱いで、彼女のお漏らしを拭き取った。床板とかなくてそのまま地面だから、臭いは残るかも……? でもそのままよりは断然いい。


「あ、カツヤ、服。ごめんな」

「大丈夫。ちょっと外に出しておくね」


僕は上着を入り口の外へ置く。

家の中の空気は緊迫したままだ。


「で、君はどうして、ここにいるのかな?」

僕は女の子に話しかけた。

ちゃぶ台を挟んで、ザラさんと僕 vs 女の子の構図。

「ここはザラさんの家だし、ちゃんと話してくれないと、どうなるか分からないんだよ」


いや本当。何がどーなるか全然わからない。


「あの……偉いオークの家から逃げてきました」

「親父の家の奴隷か」

ザラさんはため息をついた。なんか今サラッと凄いこと言った。


「親父さん??」


「酋長なんだよ。親父もここ数年元気ねーから、奴隷もそれなりに生活できてたんじゃないの?」

深入りしたくないなぁ……


「わたし、ここで生まれたんです。

 この里で……。最近きた人間が青いスカーフしてたから、そこを頼りなさいって洗濯係のおじさんが……」


青いスカーフ……


僕はザラさんを見た。

「これ、そんなに特別なんですか?」

ザラさんはちょっと顔を赤らめた。


「酋長の所有だから手を出すなって意味しか無いよ。私のは……手だしたら殺すって意味もあるけど。ほら、カツヤのには端っこに赤い色ついてるだろ?」

あ、ほんとだ。


「で、どうするの? 逃げたの捕まったら大体食料だよ?」

ザラさんの冷酷な一言。


「あの、私を助けてください。同じ人間ですよね?」


僕は考える。

正直、助けられる力は僕には無い。できて、この脱走を無かったことにするくらいか?薄情かもしれないが、お互い生きていくことを前提にするなら最大限の協力だ。彼女も、この里から出れば一人で生きていけないのだ。


「僕は、君を助ける事はできない」


彼女の顔がサッと青くなった。

唇を噛み締める。


「ひとりだけ……ひとりだけいい暮らしして、許されると思ってるの!?」


僕は黙る。反論の余地がない。


「私たちなんて、ちゃんと食べることも出来ないんだ。服だっていつも一緒。

いつか、人間がきて解放されたら、あんたはオークに私たちを売り渡した罪人だ。裁かれろ。苦しんでしね!」


激しい罵倒の言葉。実際それもその通りな気がする。オーク側に立つという事は、人間にとっては罪人。もっと種族間、鷹揚でいてほしいけど、食べる、食べられるの関係があったらどうしようもない。

ちなみに、オークは人間に食べられたりしてるのだろうか?だったら一方的になじられるのも違う気がする。


「後で洗濯場へ送るよ。君と同じように、僕も限られた自由のなかで生きている。酋長の奴隷なら命は大丈夫ってきいた。その中で、生きていくといい」


夜になり、僕は彼女を洗濯場へ送り、おじさんに引き渡した。

おじさんは複雑そうな表情をしたが、何も言わなかった。僕も、何も言えなかった。


汚れた上着と、ザラさんのパンツを洗濯して帰る。


ザラさんは家で酒を片手に待っていた。

「カツヤは、生きづらいか?」


僕は静かに首を横に振った。

「これから、そういうことがあるかもしれないけど。今は平気だよ」

ザラさんの隣に座る。

手が肩に伸びてきた。二人で寄り添う。

「世の中みんな幸せだといいのにね」

「何が幸せか、みんな違うからな……狩りして、食べて、酒飲んで、えっちして、寝て。それでいいんだけど」


人間は、他の誰かより幸せでいたい、という欲求がある。オークはどうなんだろう。


「オークは単純だよ。羨ましければ奪えばいい。力が足りなければ死ぬだけさ」


「僕も強くならないといけないのかな。ザラさんを取られたくないもの」

ザラさんがにやーっと笑う。目尻が下がりまくり。

「取られたくないの〜? んふふふふ〜」

藁のベッドに押し倒される。

「大丈夫だよ。カツヤは私のモンだからさ」

人とオーク。もやもやした気持ちを残しながらも夜は更けていった。



朝。

夜早く寝るので、朝は早い。

湖の側なのもあって、霧が出ることもある。

その霧の中、誰かが家を覗いてる気配がした。

そういう気配にはザラさんの方が察知能力が高い。

入り口の布が開くより先に、石斧を侵入者の喉元に突きつけていた。


侵入者はオークのようだった。両手をあげている。

「寝込みを襲おうとするとは、見下げた雄だね。もっとも最近は襲おうとするやつすらいないが」


男は背筋を正し、首を横に振る。

「襲うなんてとんでもない。実は……人間の雄と雌に逃げられましてね。探してるんです。まぁ雌なんて用はないんですが、見張りのヘマになっちまうのが可哀想で」


ザラさんはため息をついた。

「ヘマには変わりないだろう。うちにはいないよ」


「すみません、お騒がせしました」

男は立ち去っていった。次の家に向かったのかもしれない。


僕はザラさんと目を合わせた。

きっと、あの子のことだ。戻らず、逃げたのか。

「カツヤ、あんた、まさか?」

僕は首を横に振る。

「ちゃんと洗濯係に引き渡したよ。この件で、ザラさんに何かあったら困るもの」

「んも〜」

巨体が飛んできた。緑の弾丸。

僕は藁の山に埋まった。


雄と雌、と言った……。早まってなければ良いけど。




夜がきた。

「パンツ洗ってきます」

僕は立ち上がる。いろんな意味で服も下着も汚れまくっている。

予備の服が欲しいなぁ。

「私も体洗いにいく~」

ザラさんもタオルをもって参戦。


洗濯場には誰もいなかった。

ザラさんは川にざぶざぶ入っていって、体を洗い始める。


今日は洗濯係さんがいない。

いつも大量の洗濯ものをもっているから、毎日いるものと思っていた。

洗濯場で洗濯を始めようとすると、大きな桶に洗濯ものが山になっていた。

なんだ、いるんじゃん。

でも人の気配はしない。


なんかいやな感じだ。


桶の洗濯ものからは、生乾きな洗濯ものの臭いがした。

もしかして、これ、昨日のか?

え、洗濯係さんはどこへ??


ざぶざぶざぶ。


ザラさんが近づいてくる。

「カツヤも体洗っときなよ~。洗ったげようか?」

首根っこを掴まれて、またざぶざぶざぶ、と洗い場へ。

石鹸で体中ぬるぬるにされて……つるん。


「あ」


僕は川を流れていった。


川は浅めだけど、流れはそれなりに早い。


とりあえず岸の方へ泳ぎながら、いろんなものにぶつかる。


どかっと、川に打ち込まれた木の杭にあたった。当たったにしては衝撃がちょっとおかしい。先客が引っかかっていた。


先客? 人だ。 頭も水に沈んでいて、これはもしかするともしかする。


僕は立ち上がり、先客を引き上げる……洗濯係さんだ。背中の布が血で染まってる。

刺された? 


カシャン、カシャン、カシャン。


頭の中で15パズルがうまく揃った感じがした。


「あの子の仕業……?」


それほど帰りたくなかったのか。

ここを出て、どこへ行けるというのか。僕よりガリガリなのに。

ざぶざぶざぶ


ザラさんが来た。

「その人間は?」

「洗濯係さんです……」


「背中に刺し傷。殺されてるね。……あの雌かな?」

「そう、だと思います」


「親父が洗濯困ってるだろうから、巡回のやつに事情話しとかないと」

「あ、ちょっと待ってください」


歩き出したザラさんをとめる。

「んー?」


「服、着てください」

ザラさんがにたーっと笑った。


「そうするー」


ざぶざぶざぶ、と、服を取りにいくザラさん。

あ、僕も服きなきゃ。


ざぶざぶざぶ。


濡れた服を着て、また洗濯係さんのところへ。


「親父のところへ行ってくる。カツヤはここで待ってて」

ザラさんは川を出て、どこかへ駆けて行った。


死体と二人の時間。

死体から、体温は完全に失われていた。

川の流れに晒されて、冷え冷え。

洗濯の恩人でもあるし、弔ってあげたいけどそうもいかないんだろな。

死体を見ても、動揺しなかった自分に、かなりびっくりだ。

超えてはいけない一線を超えちゃった?


洗濯の仕方を聞いただけ。

それだけの関係だけど、こんなに簡単に人がいなくなるんだ、というのが、結構ショックだ。

そんな世界だけど、僕は生きている。

いつまでも運任せじゃ、僕もこうなる。


……


川の流れの音。


川岸で、何かがキラリと光った。

月灯りの下。

川面が反射した訳ではなさそうだ。


光ったところに、人影が立ち上がる。


紫の髪。ガリガリの体。貫頭衣の腹のあたりから、黒く何かで染まってる。

手には、刃物。


ざぶざぶざぶ。

川の中に入り、近づいてくる。


「君が、洗濯係さんを?」


彼女はびくっとして、足が止まる。

明らかに慣れてない動きで、ナイフを両手で振り回す。

「く、来るな」


はっきりした。彼女も、超えてはいけない線を超えたのだ。

「わた……わたし、どうすれば……」


僕はどうするのが良いのか? ザラさんの家で悩んだことが、また頭の中をぐるぐるする。


「カツヤー!」

ザラさんの声が響いた。


女の子がびくっとして、こけた。

川を流れていく。

少し川下の杭に引っかかって止まった。


「どうしたの?早かったけど」

ザラさんが側に来た。

「嫌な予感がしてね。あれって、あの雌?」


「うん。そうみたいだ。刃物もってた」


「どうする? ほっといても死にそうだけど」


「ザラさんの親父さんと、話できたりする?」


「え? つがいになる話でもするの?」


「あれ? オークも親父さんに許可いるんだ?」


「普通はいらないけど、私、ほら、一応酋長の娘だし」


「そうなんだ……あ、今回はそういう話じゃなくて、あの子の話で……」


ザラさんの表情が曇った。

「あの雌は、もうどうにもならないよ?」


「うん。

 あの子の命を助ける代わりに、親父さんに、あの力を使うのはどうかな」


「ん-。私に兄弟増えるのもねぇ。兄貴も弟もいっぱいいるんだよね」


「じゃあ、次期酋長候補に使うのは?」


「それはありがたいかも。でも急になんで?

 カツヤはあれ使うの、嫌じゃないの?(私とのときは使ってもらうけどごにょごにょ)」


「あの子に、自分の命と、代わりの重さを背負ってもらおう。

 あと僕の力が分かってもらえば、ザラさんとのことも話がすすむかも(ごにょごにょ)」


「うん。いいアイデア。

 じゃあ、あの雌拾ってくるね」


ざぶざぶざぶ。


ザラさんがあの子の首根っこを捉まえて引きずってくる。

「これ、もっておいて」


ザラさんが取り上げたらしい、刃物を差し出してきた。

金属のナイフだ。珍しい。


「じゃあ、親父のところへいこー」


「ちょっとザラさん、その持ち方じゃその子死んじゃうよ」


「あー? じゃあ、吊るしていく?」

「吊るのもやめてあげて」

いたたた。古傷が。


「じゃあ、僕がおぶっていくよ」

「えー、あたしもおぶってもらいたい~」

「ザラさんをおぶるのは僕がもっと強くなってからで……」

「重いって?」

「重いです」

軽いチョークホールドが決まる。

ストップストーップ。


また川を流され始めた女の子を拾い上げ、

僕が背負う。

ガリガリだからか楽々だ。


「じゃあ、行くよ」

ザラさんが歩く方向についていく。

慣れないオークの里の道。

特に誰の興味も引かない。無関心なのか、いつものことなのか。


ちょっと歩くと、ザラさんの家の10倍以上の規模の天幕があった。

「でっか……」


「カツヤ、こっちだよ」

入り口の布をめくりあげながら、手招きする。


「うん」

ずりおちる女の子を抱え直し、入り口をくぐる。


中は圧巻だった。

でっかい椅子。

世紀末覇王のような、肘置きになんかの頭蓋骨がついている。

それに座る、体躯が他のオークの3倍くらいの巨漢。

誰かと話し込んでる様子だったが、入ってきたのがザラさんだったからか、話を中断した。


「ザラか。どうしたんだい?」

巨漢が声を発する。低音が腹に響く。かっちょええ。


「親父のところの洗濯係、死んでたよ」


巨漢の目が少し大きくなる。

「そうか。そこの雌もうちの奴隷だね? 雄の方は知らない顔だな」


目力が凄い。

でも何というかザラさんので耐性がついたのか。ちょっと余裕があった。


「雄の方は、わ・た・し、の、ものなの」


「ほう? オークの雄が相手にならんから人間にしたのか?

 とてもお前の相手になるとは思えんが」


「そんなんじゃない……けど、そうなのかも?

 でもカツヤは特別!」


ザラさんが僕の腕に、腕をからませた。


「ほうほう。その話は興味深いが……後にしよう。

 人間の雄よ。何か話がありそうだな?」


ちょっと背筋を延ばす。

「取引をお願いにきました」

声を張る。びびっていては、話し相手にしてくれないだろう。


「続けろ」


「僕には、あなたたちオークの雄が、雌に興味を持たない現状を変える力があります」


「……神官が言っていた雄か。で?」


「この力を、あなたの跡継ぎの誰かに使う替わりに、この人間の雌の『安全』を約束して欲しいのです」


「安全か。この里では難しい話だな。ザラの持ち物にするのではいかんのか?」


「絶対いや!」

ザラさんが舌をだす。


「食事を与え、職を与え、身の安全を守るとなると、誰ぞ付き人をつける必要がある。

 お前のもたらす力は、儂の跡継ぎ候補全員でも良いか?」

 

「全員は流石に……」

「儂も跡継ぎ候補には公平でありたいと思っていてな?

 誰か数人にその力を与えるのは不公平であろう。

 お主も欲をかきすぎると、何も得るものはないぞ?」


じっと、睨みあい。


「では……候補者全員に。その代わり、ザラさんとの関係を認めてください」


「お主はまだ分かっておらんようだな」

ため息。

「ザラは儂が何か言ってきくような雌か?

 まぁその条件で良いなら、よかろう」


首がしまる。

ザラさんがにやけた顔でチョークホールドをかけていた。


早速とばかり、跡継ぎ候補に伝令が走る。

しばらく騒がしかった。

紫髪の女の子は、憎しみの目でこちらを見ている。そういえば人間の言葉で説明がまだだっけ。


僕は彼女と目線を合わせる。

「今のオークの雄が抱えている問題を知っているかい?」

彼女は首を横に振った。


「オークの雄は、今、雌に興味を持てない状態なんだ……。

 だからオークには子供が生まれない。

 ……そして、人間の女性も襲われない。

 ここまではわかるね?」

彼女は意外そうな表情をして、ゆっくり頷いた。


「僕は、オークの雄たちが再び雌を襲えるようにする。

 その代わりに、君の『安全』を要求した。この意味は分かるかい?」

彼女は目を見開いて、僕を見た。首を横に振る。


「君の安全を、他の人間の未来で買ったんだ。そうなるかもしれないし、ならないかもしれない。でも、君は安全を得る」


「な、ん、で……そ、そんな、こと。わからない」


「君は、独りじゃ、生きて人間社会に戻ることは出来ない。

 ここでの生き方を考えなくちゃいけない。

 君にはそのための時間が必要だと思う」

彼女は、その場でうなだれ、何も言わなかった。



ぞくぞくと、跡継ぎ候補のオークが天幕に入ってきた。

1,2,…… 12人??

「ザラさんの兄弟ってあんなにいるの?」

「いや、全部が兄弟じゃないよ。若手の叔父さんとかも混じってる」

「オークの跡継ぎっていうのも大変なんですね」

「強いことが大前提だけど、好き嫌いとかあるしね」


あ、神官さんも来てる。


「おお、おお、神の御使い様。ついに御心が定まったのですね」


「あ、いや、そういう訳では……僕も同族が酷い目に会うのは嫌ですよ」

「神に吊るされた時、あなたはオークに遣わされ、オークになったものとばかり」


「え? そんなことあるんですか?」

「神の御心は神のみぞご存知です」


ピロン

メニューが開く。

しょうごう? 「吊られた男」


おー。意味分からん。


「皆、そろったようだな」

親父さんの声が腹の底に響く。


12人はそれぞれ違った服装、体格、姿勢だった。

眠そうな者もいれば、キリっとした者もいる。はっきり言えるのは、僕には見分けが付かないということだ。

もしかすると、ザラさんと他の雌オークとの区別もつかなかったりするのだろうか?

その考えは恐怖でしかない。


「皆、覇気がないな。それも仕方ないが……

 集まってもらったのは他でもない。その覇気を取り戻すためだ」


親父さんの視線が僕に向かう。

12人の視線が一斉に僕に集まる。


「では、お願いしようか」


「約束の件、お願いしますね」

12人に向けて、『精力絶倫』を使用する。


オークたちは上を向いた。

体が震え出す。

上を向いたまま、吐き始めた。口の中から黒い煙が上がってくる。続いて、サソリのようなものが飛び出してきた。


「また、サソリだ」

僕の呟きに、神官さんが頷いた。


ゴ……ゴ……ゴ……


地鳴りがしたような気がした。

対象にした12人は、ひとまわり体が大きくなった感じがする。


「神の御名において、黒きものを捕らえよ!」


神官さんが声を上げる。

彼の突き出した手から緑色の光が飛び、サソリに命中するのが見えた。


サソリのいくつかは霧散し、いくつかは緑の光で拘束されていた。

おお、改めてファンタジーだ。

拘束されたサソリはその場でバタバタし、じわじわと神官さんに引き摺られていく。


「親父殿!!これは、いったい?」

オークの巨漢が声を張る。

「体が疼く。無くしていたものを取り戻したようだ!」


歓声。


「神官殿の言によれば、神の救いの手だそうだ。おそらくそうなのであろう。

神官殿。そのサソリが、我々からサガを奪っておったものなのか?」


「はい、恐らくは。御使いのお力により本分を取り戻したオークは、このサソリの力を払いのけたのだと」


「ふむ。ではいまだ苦しんでおる者は、サソリと戦っておる者たちか。幾分、オークの本分が弱いと見えるな。後継候補としては失格か。仕方あるまい」


見れば、3人、吐き出そうとして吐けてないオークが苦しんでいる。


オークでも、性欲弱いのいるんだね。さらには、それでも後継候補にはなれる、と。


「ザラの雄よ、手を出してはならんぞ。

 お前は全員に同じだけの救いを与えた筈だ。

 苦難に乗り越えられない弱者は、後継ではあり得ない。それだけのことだ」


1人、症状が治ったようだ。吐くことができず、絶倫って感じでもない。


親父さんが左手を軽くあげた。

槍を持ったオークが進み出て、症状が治ったオークを槍で突き刺す。

血飛沫。

絶叫。


ドシン

巨体が床に崩れ落ちる。

血だまりが広がっていく。

血の臭いに慣れてしまったのか、

麻痺してしまったのか。血は怖くない。

でも、オークの文化は怖い。


ザラさんは平気そうな目で見てた。

僕の目線に気付いて、優しい笑顔を返してくれる。


また1人、槍に刺されて倒れる。

容赦ない。


意外に、僕の心は動かなかった。

知り合いじゃないから? 人間じゃないから? わからない。

でも人間を辞めてないことは祈りたい気分だ。


「サソリのせいかもしれないのに、殺されちゃうのか……」

つい、つぶやいてしまう。感情じゃない。事実確認な感じだ。


「我が後継であるために、この者たちは強くあるべきなのだ。

 弱くてもよい者は、この場にはおらん。サソリのせいだとすれば、

 取り付かれた時点で死んでおるべきなのだよ」

親父さんは静かに言った。


後継候補というのは重責のようだ。会社の部長のように何もしなくてもその地位を維持できるものではないらしい。

でも賭けるのが命っていうのがね……後継ってそんなにいい生活できてるのだろうか。



最後の1人。


「ん?」


急に苦しむのをやめた。そんな感じだった。

サソリも出てこない。というより、最初からこのオークにサソリはいなかったのか。


「チョット、予定ト違ウモノガ混ザリ込ンダヨウダネ」

オークの低い声とは違う、高めの声。

そのオークはどこからか杖を取り出し、地面をドン、と突く。

姿が滲んで、変わった。

人間のようだが、耳はオークのように尖っている。肌は浅黒く、髪は白銀だ。

これはもしや、ダークエルフというやつか。


色々展開が早くて置いていかれそう。




「異分子ニハ早メニゴ退場ネガオウ」

杖頭に炎が灯る。


炎の数が1,2,3と増えていく。


男がこちらを向くと、炎が3つ、僕に向けて飛んできた。


早い。早すぎる。正体明かしたんならもう少し喋って心の準備させろ!


僕は炎を睨みつけた。

というか、咄嗟に体が動かないだけ。奴の眼鏡のガラスに反射した炎の光が、トラックのライトに見えた。

あ、これ、ダメな奴だ。


膝がカクンと落ちる。誰かに膝カックンされた感じ。

緑の物体が後方から飛び出してきた。


ザラさん?


認識した瞬間、彼女の石斧が炎を弾き、跳ね返し、真っ二つに切り裂いた。炎はそれぞれが別方向へ飛んでいく。


眼鏡男の表情が歪んで見えた。


天幕が一瞬暗くなる。


ズドン!


巨体が、眼鏡男の頭上から降ってきた。

巨大な棍棒が眼鏡男を頭から叩き潰す。


親父さんだった。

速い。怖い。何したらあんなスピードで上から落ちて来れる訳?


「ふん、変なやつが混ざっておったな」


振り返り、棍棒を肩に乗せて自分の椅子に戻っていく。


「あの、ありがとうございます。ザラさんも、ありがとう」

僕は親父さんとザラさんに頭を下げた。

まだ心臓バクバクしてる。


ザラさんは僕に抱きついてきて、頭をなでなでする。


「神官殿。そのサソリ、調べあげてくれ」

親父さんが指示を出す。

神官さんはサソリを捉えている緑の光(?)を手に握り、恭しく頭を下げた。


「あのダークエルフの件は……サソリ絡みで何かわかるであろう。本物のダコタが現れたら、拘束しておけ」


「残ったのは 9人か。皆、どうだ?」


「力が滾っております」

「今まで眠っていたような気分ですわ」

「相手してくれる雌が欲しいですな」

ガハハと笑い声があがる。


「よし、では呼び出した用は済んだ。みな戻るがいい。

 ザラの雄よ、お主の願いも叶えよう。もともと儂の奴隷でもある」


僕は後ろを見た。

紫の髪で、ガリガリで、なんとか生きる事を許された少女。

「ちゃんと食べて、寝て、何か仕事をするようになれば、色々見えてくることがあるよ」


衣食足りて礼節を知る、だっけ。あ、僕、衣が足りてないや。

そして無職だ。

良く考えたらヒモ男?


なんかカッコ良くお説教してる立場じゃないじゃんね。


ちょっとシュンとしてしまった。

「あ、親父! 人間ものの服とかもらって行って良い?

 カツヤ、着替えがなくてさ」


「オークのものじゃダメなのかね?」


「サイズが合わないし、多分、似合わない」


「ふむ、まぁそうだろうな」

ククっと親父さんが笑う。

「適当にもっていくがいい。儂らは使わぬしな」


「ありがとうございます」

再度お礼。


「じゃあ、カツヤ、こっちこっち」

ザラさんに手を引かれて天幕の外へ。

倉庫っぽいところへ連れていかれる。


「ここの整理は親父の奴隷がしてるんだよ。

 わたしら、こういうの苦手だからね。

 選ぶ時は便利だよね」


服は簡単な作りのものが多かったが、特に気にせずサイズの合うものを選ぶ。

女性ものの服もあったが、ザラさんにはサイズが合わなさそう。残念。


いくつか予備を頂いて、ザラさんの家へ帰ることにする。

毎日が激動の日々だ。

帰り道、ザラさんと繋いだ手。親指がさわさわしてくる。

ザラさんを見た。

ニヤリとされた。

「むふふー」


その夜も、ザラさんは情熱的だった。



============

次回

「見張のオークさん、大丈夫かな?」

「干物かなぁ……」


伝説の鬼姫 乞うご期待


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