語尾を江戸っぽくしてみる(江戸っぽいとは)
物語の雰囲気は語尾で決まる。
というのは私が勝手に思ってることですが、それほど的はずれでもなくない? とも思います。
時代小説に限らないテーマなので、だからこそ『時代小説らしい語尾』ってなんだろう、と。
もっと言えば、語尾をそれっぽくするだけで時代小説になるよ! という身もフタもない話です。
なんちゃって時代劇だからいいんだよそれで。
文章、小説でよく言われるのが、語尾の『た、る』は交互に、というやつ。【〜した、〜だった、〜見た、〜する、〜できる】などなど。
でも実際書いてると、た、るだけで済むわけないんですよ。【〜だ、〜ゆく、〜だが、〜ねば】などなど選択肢はいくらでもあります。あと体言止め(そこに道、見るは山、とか名詞で止める系)もありますね。
よく『ですます調』とこれらを混ぜるなというのを聞きますが、混ぜて何が悪いんだと私は思っております。
もちろん文脈にはよるけど、そこに乗る感情がOK出したら気の赴くままに書けばよいのでは、と。エッセイなんか特に。
↑ここまででも、様々な語尾を使いました。私的には問題ないと思っております。
時代小説には古い言葉使わなきゃ、みたいなイメージを持たれるかもですが、そんなことはありません。語尾だけ古く、というか、古そうに見せることはできます。
落語や講談の語尾をマネることです。
「熊さんよ、どこ行くんでい?」
「ちょいと蕎麦屋までよ」
「いいねえ、一緒に行こうじゃねえか」
こんなノリでも、語尾以外は割と普通です。
でも、あまりコテコテにしても地の文と落差ができてしまうので、ほどほどにします。ていうか、こんなコテコテ会話うちの子にさせたくない(笑)。
拙作で使用したのは、弥九郎や佐治さん、鉄山、流水亭の隠居、助六とかですね。
「そりゃ言えてらァ」
「我慢しておくれだよ」
「各々に持ってってやんな」
「怪我人らァは、どうしてる」
「江戸いちの侠客の名、知らねえってのかい?」
しょっちゅうは使わないけど、たまにこれらが顔を出します。
雰囲気づくりというか……水屋箪笥をテレビ台にするとか、着物の帯をテーブルクロスにする的に、和を挟み込みます。
それで和風に見てもらえてるのが『三養堂』です(笑)。
あと、語尾にする単語にも古っぽさがあるとなお良しですね。
時代小説は、使う言葉に特徴があります。
江戸が舞台となると、必然的に使われることになる『江戸弁、及びサムライ言葉』です。
江戸弁、いわゆる『べらんめぇ口調』は、元々は深川など下町の言葉だったそうです。漁師ことばなのかなと私は解釈してます。
汚くて乱暴なんですよ、漁師ことばって(笑)。なんせ地元の漁師ことばがめちゃキツイ&早口ですから。男社会、上下関係、要領とスピードが求められる仕事、などの要因があると思われます。
『江戸っ子』のイメージである、ちゃきちゃきという気質は、この漁師とか船大工の多い深川の気質のことなのだそうです。元々江戸に住んでた人たちですね。(深川は江戸より古い地名です)
なんせ日本各地から武士が流れ込み、それ目当ての仕事があるぞってんで商売人も集まってできたのが江戸ですから。
なので、武士のサムライ言葉は共通語の役目も持ちます。【それがし、そなた、〜でござる、けしからん、かたじけない】などですね。これで訛りによる誤解問題を防げます。
対して江戸弁は……正直、よくわかりません。
先に紹介したキャラの台詞も、落語で聞く話し言葉ってだけです、
時代小説でよくある「〜さね」とか、イントネーションが分からないんですよ。橋と箸みたいな。テレビの時代劇でも両方聴くし。年寄り言葉っぽいし。若者が使ったら違和感ある(個人的に)。
となると、時代小説の大御所さんたちのを参考にするしかない。
一番近いのは池波正太郎さんでしょうか。浅草近辺で生まれ育った人ですし。なかなかヤンチャな少年期を語っておられますし(笑)。リアリティはあるんだけど……それマネすると、地の文から会話が浮くよね……
となると、手段はひとつ。
江戸弁は使わない! これにつきます。
『三養堂』メインキャラには生粋の江戸弁の人はいません。助六くらいだけど出番少ないし、若者言葉の勢いで何とかしてます。
『三養堂』が時代劇の割に読みやすいと仰っていただけるのは、これらのせいかなと思ってます。
現代言葉に寄せつつ、武士言葉も混ぜる。あとは語尾で時代を醸し出す。
私が『なんちゃって時代劇』と何度も保険をかけるのは、時代小説だと胸張って言えるほどコテコテしてないからです……。薄味が好き(^^;)。




