5:嵐の予兆
「はい、これで冒険者登録は完了だよっ」
僕はエレナさんの言葉に歓喜を覚えた。
ログとの一悶着を終え、ようやく冒険者になれたからだ。
ああ、やっと夢にまで見た冒険者になった。
これからたくさんクエストこなして、大迷宮に潜って、あと未開拓地調査もしてっ、たくさんお金を稼ぐぞぉー!
目指せお金持ち!
そのためにも貧乏脱出っ!
そんな風に心の中で意気込んでいると、エレナさんが一つのカードを渡してきた。
なんだろう、と感じながら受け取るとそこには、僕の名前と星が一つ記されていた。
このカードは何なのかわからず、エレナさんに訊ねるように目を向ける。
すると、エレナさんは僕が疑問を口にする前に答えてくれた。
「それは冒険者ライセンス――そうだね、簡単に言えば冒険者の証となるカードだよ。
それがあればギルド認定の宿屋は格安で使えちゃうの」
「へぇー、便利ですね。ところで、この星はなんですか?」
「それは冒険者ランクだね。最大で十個。
数が最大値に近いほど優秀な冒険者の証になるんだ」
なるほど。星の数が多くなればなるほど、すごい冒険者ってことなんだな。
「あ、ランクアップすればいろんな特典があるよ。
例えば、武器屋だったら特定のランク以上になったら販売される剣とかね」
「そんなのがあるんですか!?」
「うん。ただ、どんな剣なのかは私もわからないかな」
そんなことを言われたらワクワクしちゃうじゃないか。
よし、ならランクアップのためにもさっそくクエストを受けて大迷宮に行こう。
そう決意していると、エレナさんが「あ、そうだそうだ」と言って手を引いた。
どうしたんだろう?
僕が不思議に思っていると、エレナさんは軽く咳ばらいをし、一つのアドバイスをした。
「気が逸るのはわかるけど、その前にやることがあるよ」
「やること? なんですか?」
「アイテムをそろえることだよ」
アイテム、と言われ、僕は反射的に「あー」と声を漏らした。
お金が少ないから、このまま大迷宮に突入しよう、と僕は考えていた。
だけどその無謀は、エレナさんに見透かされていたようだ。
「人の命は一つしかない。だから万が一にそなえておかなきゃね」
「そうなんですけど、でも……」
「命を落としたらお金なんて言ってられないよ。
ほら、あっちに売店があるからそこで回復ポーションを買った買った」
うっ、エレナさんの目が怖い。
逃げようとしたけど、手を離そうとしてくれない。
ううっ、これはもう買うしかないか。
「わかりましたよ!
買いますから、そんなに強く握らないでください!」
くぅー、痛い出費だ。
まあ、これもたくさん稼ぐため。
必要経費と思うしかない。
こうして僕は、エレナさんに押し切られてポーションを三つ購入した。
ちなみにポーションは一つ10ゴールド。三つなので30ゴールドになる。
僕の所持金は100ゴールドなので、残り70ゴールドだ。
「お金が……」
ああ、こんなに簡単にお金が飛ぶなんて。
装備一式を買った時もとんでもない金額だったけど、それとは違って心の痛さもある。
とほほ、と心の中で涙を流していると、エレナさんに肩を叩かれた。
振り返ると、エレナさんは素敵な笑顔を浮かべてこんなことを言い放った。
「経験値稼ぎは余裕がなきゃね。無理して死んだら何もかも終わりだよ」
「…………」
命は変えられない、か。
そのたびにお金が飛ぶのは心が痛むんですが……
僕は悲しみを口にすることなく、声を絞りだして「はい……」と返事した。
「よし、何はともあれ準備は整った!」
冒険者になれたし、アイテムをそろえたし、後はクエストを受注して大迷宮へ突撃だ。
そんな意気込みを抱きつつ、僕はクエストボードの前に立った。
そこには目移りしてしまうほどたくさん紙が貼り出されている。
だけど、まだ一つ星ランクの僕では受けられるクエストは限られている――と隣に立つエレナさんが教えてくれた。
「冒険者が受けられるクエストは、自分と同じランク、もしくは一つ下のランクのクエストになるよ」
「そうなんですか。じゃあ、自分より高いランクのクエストは受けられないんですね」
「そうだね。ただ、特例もあるんだ」
「特例ですか?」
エレナさんは「うん」と頷いた。
そして、その特例の内容を教えてくれた。
「ギルドクエストといって、冒険者がランクアップできる力があるか確認するために、ギルドがクエストを依頼することがあるんだ。
内容は基本的に一つ上のランクになるかな」
なるほど、ギルドクエストだといつもより難しいから特例になるってことなんだ。
「あ、ランクアップしたらもちろん、報酬金額が増えるよ。その分、やりがいと責任も増えるけどね」
「おお、そうなんですか!」
よし、それならまずランクアップを目指そう!
お金を稼ぎたいし、スチールアーマーを買いたいしね。
さて、そのためにもどんなクエストを受けようか。
僕はクエストボードを見渡し、あるクエストを手に取る。
そこには【ポーション製作に使うアオキノコの採取】と書かれていた。
「えっと、なになに?」
クエストの詳細を見ると、アオキノコの群生地は大迷宮ハンバルドの五階層にあると書かれていた。
特段難しいクエストって感じではない。
でも、このクエストより魔物の討伐がしたいなぁー。
そっちのほうがお金を稼げそうだし。
僕がそんなことを思いながら手にしたクエストを確認していると、エレナさんが声をかけてきた。
「採取クエストだね。新米冒険者なら持ってこいだよ」
「そうなんですか? できれば魔物の討伐にしたいんですけど」
「カロル君なら大丈夫かもしれないけど、それはもうちょっと慣れてから受けたほうがいいよ。
クエストは何が起きるかわからないし」
うーん、でも採取より討伐がしたいなぁー。
そう思っていると、唐突に後ろから大声が放たれた。
「だ、誰か! 治療師を呼んでくれ!」
振り返るとギルドの出入り口付近で、血相をかいて叫ぶ青年の姿があった。
その後ろを見ると、青白い顔で苦しんでいるドワーフがいた。
全身に力が入らないのだろうか、両肩を担がれている。
小刻みに足が震え、ひどい咳き込みもしていた。
そんなパーティーに一人の受付嬢が声をかけた。
「どうしたんですか?」
「ポイズントードの毒の息を喰らって。早く解毒しないと!」
「わかりました。すぐに呼びますのでひとまず奥へ」
受付嬢の言葉を受け、パーティーはギルドの奥へ駈け込んでいく。
その光景にギルド内は騒然とした。
エレナさんはそんなパーティーを見て、心配そうな顔をしていた。
「冒険者は常に危険がつきまとうからね。ちゃんと対策してないと、あーなっちゃうんだ」
「…………」
「しっかし、ポイズントードの毒の息か。大丈夫かな?」
パーティーを組んで死ぬ可能性がある。
それなのに、僕は一人で討伐クエストを受けようとしていた。
それって、ものすごく危ないんじゃないか?
そう感じた僕は、エレナさんに頭を下げた。
「アオキノコの採取クエストにします」
そんな反応を見たエレナさんは、クスクスと笑いつつも僕に優しい声をかけてくれた。
「うん、わかった。クエスト受注を確認したから、気をつけて行ってきてね!」
こうして僕は、エレナさんのアドバイス通りにアオキノコ採取のクエストを受けることにした。
しかし、パーティーか。
僕と組んでくれる人を見つけなきゃな。
そんなことを考えながら、僕はクエストを受けたのだった。




