1:心躍る僕のハジマリ
「ガァアァァアアアァァァァァッッッ」
薄暗い空間を切り裂くような咆哮が響き渡る。
その恐ろしい雄叫びに、僕は身体の芯から震え上がっていた。
恐る恐る見上げると、広い空間の天井に頭がつきそうなほど大きな体躯を持つ存在がいる。
人間との身体つきとは全く違うためか、筋肉が異常に発達していた。
その体表はとおいうと真っ赤に染まっており、あまりの不気味さに見る者全てへ死を連想させる。
それは僕を睨みつけ、目を剥き出しにしながらもう一度雄叫びを上げる。
すると、ただでさえ恐ろしい顔がさらに恐ろしいものになった。
そんな怒りで興奮している存在の額には立派な黒いツノがあった。
もしこいつを倒すことができ、運よくドロップしたらそのツノは嬉しいアイテムへ変わる。
喉から手が出るほど欲しいけど、目の前の魔物を倒すのは駆け出しの僕にはとても難しいだろう。
僕はそう考えながら対峙する巨躯の魔物【オーガ】を見つめた。
ちなみに魔物とは大迷宮に突如現れた人間に敵意を持つ恐ろしい存在のこと。
特に、目の前で対峙しているオーガはとても危険。
どのくらい危険かというと――
「ゴォオォオオォォォオオオォォォォォッッッ」
「ひぇぇぇぇぇッッッ」
咆哮だけで新米冒険者なら生命の危機を感じるぐらい危険だ。
「なんでこんな所に、オーガがいるんだ!」
ここは三階層の入り口付近――駆け出しの冒険者達が大迷宮に慣れるために活動している階層だ。
つまり、出てくる魔物も比較的弱い。
だけど、僕の目の前にいるオーガは十階層より先に出てくる魔物だ。
段違いの強さを持つ魔物が、なんでここに出てきたんだよ!
「オオォオォォオオオォォォォォッッッ」
「うわぁあぁぁあああぁぁぁぁぁっっっ」
オーガは再び咆哮を上げると、僕の身体を同じぐらいの大きさがある漆黒の大剣を振り下ろしてきた。
それを見て、僕は慌てて横へ飛ぶ。
だけど、地面を叩きつけた大剣の威力はすさまじく、僕は吹っ飛ばされてしまった。
「いたたた……」
うぅっ、地面に身体を打ちつけたからかすごく痛い。
くそ、いきなり攻撃なんて卑怯だぞ……
痛む身体に顔を引きつらせながら、僕は視線を上げる。
すると、とんでもない光景が目に入ってきた。
「で、出口が、壊れてる……」
先ほどの一撃でか、ここを出るための出口が塞がれている。
それを見た僕は、あまりの絶望的な状況に顔を強張らせる。
「ありえない。そんな、こんなことありえないっ」
最悪だ。
初めての冒険が、こんなことになるなんて……
いや、絶望に打ちひしがれている場合じゃない。
何か手を打たなきゃ。
じゃないと僕は死ぬ。
「くっそぉー!」
圧倒的な絶望が広がる中、僕は顔を上げる。
目の前には大剣を振り回すオーガがおり、退路は断たれた。
普通ならもう詰んでいて、死を覚悟するだろう。
だけど、こんな状況なのに僕ことカロル・リーファンの胸は躍っていた。
「お前を利用してやる! そのために僕は、ここまで来たんだ!!!」
ああ、これが冒険だ。
僕が夢にまで見た冒険者なんだ。
僕は死ぬかもしれない状況の中で、笑顔を浮かべる。
同時に、ここに至るまでの出来事を僕は思い出していた。
★★★★★★
「大きい……何もかもが! ここが迷宮都市リダムなのか!」
初めての場所に、ごった返す人々。
見たことがない人種がたくさんいて、僕はある種の興奮を覚えていた。
「おお! あれはドワーフか?」
背は低いけど、たくましい身体つきだ。
丸太みたいにすごく太い腕だよ。
あれなら大岩も持ち上げられそう。
「あっ! エルフもいる!」
キレイだ。何もかもキレイだ。
まるで彫刻家が作ったような石像みたいだよ。
すごく整った顔つきだし、切れ長の目がどこかに出てきそうな神様みたいだ。
あ、背中に弓がある。
あれで狙った獲物を狩るのかな?
「いい。とてもいい!」
僕が暮らしていた村と違って刺激的だ。
何もかもが違って、見たこともないものも見れてよかった。
おっと、観光しにきた訳じゃないや。
僕は、今日からここを拠点にするためにやってきたんだよ。
ここは迷宮都市リダム――別名【冒険者が集う都市】だ。
あらゆる者は冒険者となり、それぞれの夢を追いかける。
ある者は天に届くほどの富を求め。
ある者は地の果てまで駆ける名声を求め。
各地に存在する迷宮に潜る。
人々はそんな者達のことを【冒険者】と呼んでいた。
誰も成し遂げていない大迷宮の踏破を目指し、冒険者達は日々活動している。
その一員に僕はこれからなるんだ。
ああ、これで貧乏とオサラバできる!
稼いだらまず、実家に仕送りをするだろ。
それで、残ったお金で美味しいご飯を食べて、あとは欲しいものを買うんだ。
ああ、考えただけで胸が高まってくるよ。
よし、こんな所で立ち止まってる場合じゃない。
早くギルドへ行こう!
「目指すはお金持ちぃー!」
興奮が収まらないまま僕は大通りを歩いていく。
たくさん並んでいるレンガ造りの建物に、カラフルな屋根。
石畳で舗装された道路は歩きやすいし、まさに都会って感じがするよ。
ルンルンとしながら僕は進んでいく。
ふと、一つの防具屋が目に入ってきた。
それはオシャレな店構えをしていて、様々なアーマーがショーウィンドウに並べられていた。
僕は仕切りとなっているガラス窓に近づき、目に留まったスチールアーマーを見た。
なんだこれ?
すごくカッコいいぞ。
なんかマントみたいなものがついているし、無骨なフォルムに心がそそられる。
でもとても重そうに見える。
僕に装備できるかなぁー?
僕はチラリと値札を見てみる。
そこには3500ゴールドと表記されていた。
「うわっ、高っ!」
さすがに今の手持ちじゃ買えないや。
というか、3500って。
確か、人が一人で暮らすのに一日30ゴールドって聞いたな。
えっと、つまり一ヶ月にすると900ゴールドだから……3500ゴールドってことは、約四ヶ月分の生活費!?
「高級品じゃないか」
くぅー、くそ。手が出せない。
仕方ない、今回は諦めよう。
でも、絶対に手に入れてやる。
なぜなら僕は、これから冒険者になるんだからな!
そんな決意をしていると、ショーウィンドウのガラスに映った自分の姿が目に入ってきた。
灰がかった銀髪に、青い瞳。
ちょっと幼さが残る顔。
線が細い身体つきだけど、筋肉がついていない訳じゃない。
うん、いつもの僕だ。
もうちょっとガッシリとした体型になりたいけど、いくら鍛えてもこれ以上筋肉がつかなかったんだよなぁー。
そんな僕の服装はというと――
白いシャツと紺のズボン。
装備はレザープレートとショートソードってところだ。
うん、駆け出しにしてはいい装備だ。
ここまで集めるのに苦労したからねぇ。
まあ、その苦労を思い出すのは後回し。
ひとまず、ここに来た目的を達成しなきゃ!
僕はスチールアーマーから視線を外し、冒険者ギルドを目指して歩き出した。
この迷宮都市の中心に大きな赤い塔がある。
そこが僕の目指す冒険者が集う施設――通称【冒険者ギルド】があるんだ。
そこに行って、僕は冒険者になる。
いつかこの都市の中心地に一戸建てを構えるほどの大金持ちになるために。
たくさん稼いで家族を呼んで、一緒に暮らすために。
好きなものを買って、美味しいご飯を毎日食べるために。
僕は一流の冒険者になる。
そのためにも、まずはあのスチールアーマーを手に入れなきゃね。
装備したらカッコいいぞぉー、へへへっ。
僕は大きな夢を胸に抱き、大通りを駆け出していく。
「なるぞ、冒険者!」
だけど僕はまだ知らない。
これからの出会いと、待ち受ける試練のことを――




