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歪んだ宝玉  作者: 氷零熱泉
歪んだ愛
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第七話 歪んだ愛の結晶

ドクン。

ドクン。

ドクン。

布に包まれた宝玉はなおも脈打っていた。

まるで心臓のように。

まるで生き物のように。

森を出たディエスたちは、そのまま近くの神殿へ向かっていた。

アマルティアは別室で保護されている。

しばらく安静が必要だろう。

神殿の一室。

机の上には布に包まれた宝玉がある。

その周囲には何重もの封印術式。

それでも。

ドクン。

脈動は止まらない。

「気味が悪いな……」

ディエスが呟いた。

テルモティアも腕を組む。

「封印に反応しているわけではない。」

「存在そのものが脈打っている。」

精霊神ですら見たことがない代物だった。

しばらく沈黙が流れる。

すると神殿の司書が古い資料を抱えて入ってきた。

「お待たせしました。」

「感情に関する禁書類です。」

机の上に積まれる。

古びた本。

羊皮紙。

失われた王朝の記録。

ディエスはその山を見て思わず顔を引きつらせた。

「全部読むんですか?」

「当然だ。」

テルモティアが即答する。

「うわぁ……」

数時間後。

夜。

ようやく一冊の文献が二人の目に留まった。

タイトルは無い。

表紙もない。

ただ古代文字でこう書かれていた。

『感情結晶論』

「これだ。」

テルモティアがページを開く。

そこには驚くべき内容が記されていた。

『感情は魔力と結びつく』

『極限まで濃縮された感情は結晶化する』

『怒り』

『幸福』

『愛情』

『絶望』

『執着』

『嫉妬』

『信仰』

『あらゆる感情は形を得る可能性を持つ』

ディエスが目を見開いた。

「感情が結晶になる……?」

テルモティアは静かに続きを読む。

『しかし自然発生することは稀である』

『多くは消滅する』

『ごく稀にのみ残留する』

ページをめくる。

そして、

二人の視線が止まる。

そこには。

『愛情の結晶』

という項目があった。

ディエスが身を乗り出す。

テルモティアも黙って読む。

『愛は最も強く』

『最も美しい感情である』

『故に結晶化しやすい』

ここまでは普通だった。

だが次の一文。

二人の表情が変わる。

『ただし愛が歪んだ場合』

『結晶もまた歪む』

沈黙。

そしてさらに続く。

『歪んだ愛は対象への執着を生む』

『持ち主の感情を増幅する』

『愛は依存へ』

『慈愛は独占へ』

『優しさは束縛へ』

ディエスは思わず本を閉じかけた。

完全に一致している。

アマルティアの症状そのものだ。

テルモティアが低く呟く。

「なるほどな。」

「愛そのものが呪いになったわけか。」

しかし、

まだ疑問が残る。

「誰の愛なんでしょう。」

ディエスが言う。

「これほどの結晶になるほどの感情です。」

「普通じゃありません。」

テルモティアも頷く。

その通りだ。

愛情は誰にでもある。

でも、

結晶になるほどの感情など異常だ。

まして人を狂わせるほどとなれば。

その時だった。

パラリ。

本の最後のページが勝手にめくれた。

風はない。

誰も触れていない。

なのに。

最後のページだけが開く。

そこにはたった一文。

『結晶は感情の残骸にあらず』

『感情そのものなり』

部屋が静まり返る。

ディエスの背筋に寒気が走る。

感情そのもの。

つまり、

この宝玉の中に、

誰かの愛が

今も生きている。

その時。

ドクン。

宝玉がより強く脈打った。

封印術式が揺らぐ。

「まずい!」

テルモティアが立ち上がる。

炎の魔力が広がる。

でも、宝玉は破壊されなかった。

代わりに。

小さな声が聞こえた。

本当に小さな声。

まるで子供の囁き。

『さみしい……』

ディエスが凍り付く。

テルモティアも目を見開いた。

今のは幻聴ではない。

確かに聞こえた。

『ひとりは……いや……』

ドクン。

宝玉が脈打つ。

『すてないで……』

沈黙。

誰も動けない。

そして、

テルモティアは初めて険しい顔をした。

「これは予想以上だ。」

ディエスも同意した。

この宝玉は単なる呪物ではない。

もっと危険だ。

もっと根深い。

もっと古い。

そして、

神殿の外。

夜の闇の中。

一人の男が神殿を見上げていた。

アパティス=エンプロス。

帽子の下で静かに笑う。

「聞こえましたか。」

「よかった。」

「まだ生きているようですね。」

誰に向けた言葉なのか。

彼自身にも分からない。

ただ。

その瞳の奥には。

ほんの僅かな哀しみが宿っていた。

そして彼は夜の闇へ消える。

残されたのは。

脈打つ宝玉。

そして、

まだ誰も知らない。


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