第五話 歪んだ結晶
”ドクン”
”ドクン”
”ドクン”
歪な宝玉は脈打ち続ける。
まるで生きているかのように。
いや、
むしろそれは持ち主の感情を餌に成長しているように見えた。
森の木々が揺れ、風が唸る。
アマルティアの魔力は明らかに限界を超えていた。
「近づくな!!」
無数の風刀が放たれる。
空気そのものが刃となり、周囲を切り裂く。
ディエスは木陰へ飛び込む。
直後、背後の巨木が轟音と共に崩れ落ちた。
「本当に洒落にならないな・・・!」
額に汗が流れる。
この実力なら騎士団長クラスとも十分戦える。
いや、今のアマルティアはそれ以上かもしれない。
本来なら、冷静に制御される魔力が暴走している。
だからこそ危険だった。
テルモティアも状況を見ていた。
炎の精霊神として、
そして何百年も生きてきた者として、この宝玉がどれほど危険か理解していた。
「感情を増幅する魔道具は存在する」
炎が揺れる。
「だがこれは違う」
「感情を歪めている」
ディエスも頷く。
アマルティアは善人だ。
それは間違いない。
だからこそ危険だった。
悪人ならば悪意が増幅される。
だが善人ならば。
善意そのものが暴走する。
守りたい
助けたい
支えたい
その感情が極限まで膨れ上がった結果、今のアマルティアになっている。
「誰にも渡さない⋯⋯」
彼は宝玉を抱き締める。
「この子は一人なんだ⋯⋯」
「ずっと寂しかったんだ⋯⋯」
「だから僕が守る……」
その言葉を聞いた瞬間。
テルモティアの目が鋭くなった。
「聞こえているのか?」
アマルティアが顔を上げる。
「何がです?」
「その宝玉の声だ」
一瞬、アマルティアの表情が揺れた。
「……」
沈黙の次の瞬間。
「聞こえて当然です!」
叫んだ。
「この子は生きているんです!」
「誰も理解してくれないだけだ!」
ディエスは確信した。
宝玉は話しかけている。
直接甘い言葉、優しい言葉を、持ち主の心へ
そして依存を、
「テルモティア様」
「分かっている」
精霊神が前へ出る。
その瞬間、森の空気が変わった。
熱
圧力
存在感
炎の精霊神。テルモティア=マギア。
この時代における炎属性最高位の存在。
彼が本気の一歩手前まで力を引き上げた。
ゴォォォ……
空気が震える。
アマルティアですら思わず後退する。
「アマルティア」
テルモティアの声は静かだった。
「最後に聞く」
「それを渡せ」
「嫌です」
即答。
テルモティアは目を閉じる。
「そうか」
次の瞬間、炎が消えた。
アマルティアは一瞬戸惑う。
なぜ力を解いたのか。
しかし、それは罠だった。
「今だ」
「はい!」
ディエスが動く。
全力疾走。
一直線。
アマルティアが反応する。
「風刀!」
放たれる。
ディエスは避けない。
代わりに。
テルモティアが指を鳴らすと、炎の壁が出現し、風刀を焼き尽くす。
その一瞬、ほんの一瞬だけ、アマルティアの視界が塞がれた。
そして、ディエスが懐へ飛び込む。
「っ!?」
アマルティアは驚く。
だが遅い。
ディエスの手が宝玉へ伸びる。
「やめろ!!」
アマルティアが叫ぶ。
その声には悲鳴にも似た感情が混じっていた。
でも……
掴んだ。
歪んだ宝玉を。
その瞬間だった。
”ドクン”
世界が止まったように感じた。
ディエスの脳裏へ。
感情が流れ込む。
”孤独”
”寂しさ”
”渇望”
”愛されたい”
”認められたい”
”一人は嫌だ”
”捨てないで”
”置いていかないで”
「っ・・・!」
膝が震える。
想像以上だった。
これは呪いだ。
感情の塊。
誰かの歪んだ想い。
その時、テルモティアの声が響いた。
「飲まれるな!」
ハッとする。
ディエスは歯を食いしばった。
そして、力いっぱい宝玉を引き剥がす。
パキッと小さな音。
アマルティアの手から宝玉が離れた。
その瞬間、
森を覆っていた風が止んだ。
静寂、
アマルティアが立ち尽くす。
「⋯⋯あれ?」
彼の目から光が戻る。
まるで長い夢から覚めたように。
「私は⋯⋯」
自分の周囲を見る。
切り裂かれた森。
壊れた木々。
荒れ果てた地面。
自分がやったのだと理解する。
「⋯⋯そんな⋯⋯」
顔が青ざめ、膝をつく。
一方、ディエスの手の中では、歪んだ宝玉がまだ脈打っていた。
”ドクン”
”ドクン”
”ドクン”
まるで、次の持ち主を探しているかのように。
テルモティアはそれを見つめる。
その瞳に宿るのは警戒心。
そして確信だった。
「これはただの宝玉ではない」
ディエスも頷く。
「ええ」
「何かが封じられている」
歪んだ感情、あるいは、もっと別の何か。
森の奥で風が吹いた。
そして誰も気づかない場所で。
また、外套の人物が静かに笑っていた。
「なるほど」
彼は帽子を深く被る。
「やはり面白い」
そのまま森の闇へ姿を消した。
まるで最初から全てを観察していたかのように……




