第四話 歪んだ愛
森の奥、朽ちた礼拝堂の前で風が渦を巻く。
アマルティアの周囲には薄緑色の魔力が集まり続けていた。
彼の胸元には、あの歪な宝玉が。
それは太陽光を反射しているわけでもない不気味な光を、まるで内側から脈打つように放っていた。
「アマルティア」
テルモティアが静かに呼びかける。
「その宝玉を渡せ」
「嫌です」
即答だった。
「なぜだ」
「守らなければならないからです」
「誰を?」
「この子を」
ディエスの表情が曇る。
やはりだ。
完全に影響を受けている。
宝玉を見つめるアマルティアの瞳は優しい。
だがその優しさは明らかに異常だった。
まるで我が子を見る親。
いや、それ以上だ。
「誰も傷つけようとしていない」
ディエスが言う。
「違う!」
アマルティアが叫ぶ。
風が爆発した。
轟音とともに、周囲の木々が大きく揺れる。
「皆そう言うんだ!」
「最初は優しい顔をして近づいてくる!」
「でも最後には奪う!」
「だから守らなきゃいけない!」
テルモティアは眉をひそめた。
これはもう彼自身の考えではない。
元々の責任感、優しさ、保護欲が何倍にも膨れ上がり、歪められている。
「ディエス」
「はい」
「戦闘になる」
ディエスは頷く。
「なるべく傷つけずに」
「もちろんだ」
テルモティアの指先に炎が灯る。
同時に。
アマルティアが動いた。
「風刀!!」
風の刃が放たれる。
高速。
鋭利。
熟練者の一撃。
ディエスは横へ跳ぶ。
ズバァン!!
背後の大木が真っ二つになった。
「本当に強いな・・・」
思わず呟く。
さすがは優秀な役人。
いや、本来なら精鋭魔術士として活躍できる実力者だ。
だが、
「だからこそ止めなきゃいけない」
ディエスは地面を蹴った。
一気に距離を詰める。
アマルティアも迎撃する。
次々と飛ぶ風刃。
しかし、
ディエスは冷静だった。
一つ、二つ、三つと、全てを紙一重で回避する。
そして懐に潜り込む。
「っ!」
アマルティアは驚く。
しかしその瞬間には、背後に巨大な光翼が展開された。
神聖、風属性の防御障壁、始天使の守り……
ドン!!
ディエスの攻撃が弾かれる。
「硬い!」
彼は後退する。
テルモティアが前へ出た。
「なら私だ」
炎が膨れ上がる。
精霊神の魔力。
空気が熱を帯びる。
テルモティアは本気ではない。
本気なら森ごと消し飛ぶ。
だから極限まで出力を抑える。
「炎壁」
轟とともに、巨大な炎の壁が現れる。
アマルティアを包囲する。
逃げ道を封じるための魔術だ。
それに対して、アマルティアは宝玉を抱き締めた。
「大丈夫」
「私が守る」
その瞬間、宝玉が脈動した。
””ドクン””
まるで心臓のように、
””ドクン””
そして異変が起きる。
ディエスが足を止めた。
「⋯⋯え?」
脳裏に何かが浮かぶ。
”守りたい”
”失いたくない”
”大切だ”
”絶対に、誰にも渡したくない”
「ディエス!」
テルモティアの声で我に返る。
「惑わされるな!」
「っ!!」
ディエスは頭を振った。
今のは危険だった。
ほんの一瞬、宝玉を守りたいと思ってしまった。
あれは感情への干渉だ。
テルモティアの顔も険しい。
「感情操作か・・・」
精霊神である自分ですら微かに影響を受けた。
人間ならなおさらだ。
アマルティアがこうなった理由が分かった。
宝玉そのものが異常なのだ。
「アマルティア!」
テルモティアが叫ぶ。
「それはお前を利用している!」
「違う!」
「この子は優しい!」
「この子は寂しいだけなんだ!」
ディエスは息を呑む。
完全に取り込まれている。
そして、
その言葉で確信した。
宝玉はただ感情を歪めるだけではない。
持ち主に愛着を植え付ける。
依存させ、
全ての感情を歪ませる。
愛も、善意も、正義も……
”全て”
「テルモティア様」
ディエスが小声で言う。
「宝玉を直接引き離すしかありません」
テルモティアは頷く。
同じ結論だった。
アマルティアを倒しても意味がない。
元凶は宝玉だ。
その時、アマルティアの周囲で風が爆発した。
「近づくなぁぁぁぁ!!」
風刀が十本。
二十本。
三十本。
無数に生成される。
木々が切断され、地面が裂け、森が悲鳴を上げる。
「⋯⋯まずいな」
テルモティアが呟いた。
宝玉の影響で。
アマルティアの魔力出力まで上昇している。
このままでは彼自身が壊れてしまう。
そして宝玉は再び、
まるで笑うかのように脈打った。
”ドクン”
”ドクン”
”ドクン”
その光は少しずつ強くなっていた。
まるで、次の段階へ進もうとしているかのように……




