第二話 聞き込み
翌朝。
空は雲一つない快晴だった。
ディエスとテルモティアはアウレリア中央役所へ向かっていた。
役所は都市の中心部に位置する大きな建物で、白い石造りの壁が朝日に照らされて輝いている。
住民の相談窓口、税務管理、農地管理、商業管理。
この都市の行政のほぼ全てを担う重要な施設だ。
そして、アマルティア=アガピトスの職場でもある。
役所へ入ると、受付の女性が慌てて立ち上がった。
「テ、テルモティア様!?」
「楽にしてくれ」
テルモティアは苦笑する。
精霊神が突然やって来れば驚くのも無理はない。
「少し話を聞きたい」
「は、はい!」
ほどなくして会議室が用意された。
数人の職員たちが集められる。
皆、どこか困ったような顔をしていた。
やはり異変は隠しきれていないらしい。
ディエスが最初に口を開く。
「率直に聞きます」
「最近のアマルティア殿について教えてください」
職員たちは顔を見合わせた。
最初に口を開いたのは年配の男性だった。
「別人みたいなんです」
「別人?」
「ええ」
男は頷く。
「仕事熱心なのは昔からでした」
「でも最近は極端なんです」
別の女性職員も続ける。
「以前なら住民の意見を聞いていました」
「でも今は違います」
「どう違う?」
ディエスが尋ねる。
「全てを自分で決めようとするんです」
部屋が静かになる。
女性は言葉を続けた。
「危険だから駄目だ」
「失敗するから駄目だ」
「私に任せろ」
「そういうことばかり言うようになりました」
テルモティアが腕を組む。
確かに違和感がある。
責任感が強いのは昔からだ。
だが他人を信用しない人間ではなかった。
「怒ることは?」
職員たちは少し考えた。
すると若い職員が手を挙げた。
「怒るというより⋯⋯」
「なんだ?」
「執着している感じです」
ディエスが目を細めた。
「執着?」
「はい」
若い職員は少し声を潜める。
「住民を守ることにです」
「守る?」
「何が何でも」
空気が重くなる。
「先日もありました」
「商人の馬車が街へ入ろうとしたんです」
「普通なら検査して終わりです」
「でもアマルティア様は半日も拘束しました」
「危険物があるかもしれない」
「犯罪者かもしれない」
「事故を起こすかもしれない」
「そう言って」
テルモティアが小さく息を吐く。
明らかに異常だった。
「結局何もなかったんです?」
「ええ」
「ですが本人は納得していませんでした」
「住民を守るためには必要だった、と」
ディエスは静かにメモを取る。
”守る”
話の中心には常にその言葉があった。
だがそれはどこか歪んでいる。
優しさが過剰になったような。
善意が暴走したような。
そんな印象だった。
「他に変わったことは?」
すると一人の女性職員が手を挙げた。
「最近⋯⋯」
「変なものを持っています」
ディエスのペンが止まる。
「変なもの?」
「はい」
「小さなガラス玉みたいなものです」
テルモティアが顔を上げる。
「宝石か?」
「わかりません」
女性は首を振った。
「でも綺麗ではありませんでした」
「歪なんです」
「見ていると落ち着かないような⋯⋯」
「そんな感じでした」
ディエスとテルモティアが目を合わせる。
初めて具体的な情報が出た。
「いつ頃からだ?」
「三か月くらい前からです」
三か月……
異変が始まった時期と一致する。
「どこで手に入れたか聞いたか?」
女性は頷く。
「一度だけ」
「なんと?」
「知人から譲り受けた、と」
「知人?」
「商人だそうです」
テルモティアの目が鋭くなる。
”商人”
ようやく新しい手掛かりが現れた。
「名前は」
女性は少し考えた。
「確か⋯⋯」
「アパ⋯⋯」
「アパティ⋯⋯」
「アパティス?」
ディエスが言う。
「あ、それです」
「アパティス=エンプロス」
部屋の空気が変わる。
ディエスは初めてその名を聞いた。
しかしテルモティアの表情が僅かに険しくなる。
「知っているのですか?」
ディエスが尋ねる。
テルモティアはゆっくり首を振った。
「知らん」
「だが」
炎の精霊神の勘が告げていた。
嫌な名前だ。
理由は分からない。
だが胸の奥が妙にざわつく。
「その商人についても調べる必要がありそうだな」
ディエスは頷いた。
その時だった。
一人の職員が思い出したように言う。
「あ」
「そういえば今日もいません」
「誰が?」
「アマルティア様です」
ディエスが顔を上げる。
「出勤していないのか?」
「いえ」
「朝は来ました」
「でも昼前になると毎日どこかへ行くんです」
テルモティアが尋ねる。
「どこへ?」
職員たちは顔を見合わせた。
そして全員が首を横に振る。
「分かりません」
「ただ⋯⋯」
年配の職員が言う。
「いつも北へ向かっています」
”北”
ディエスは窓の外を見た。
都市の北側には森が広がっている。
人の少ない区域。
そして古い遺跡や廃墟も点在している場所だ。
テルモティアが立ち上がる。
「なるほど」
ディエスも席を立つ。
「追いますか」
炎の精霊神は小さく笑った。
「もちろんだ」
「ようやく尻尾が見えてきた」
二人は会議室を後にする。
その頃、街のどこか、
黒い外套を纏った一人の商人が、人混みの中から役所を見上げていた。
「ほう⋯⋯」
男は小さく笑う。
その瞳には奇妙な光が宿っていた。
「もう気付かれたか」
謎の人物は静かに立ち去った。
まるで最初から全てを知っているかのように。




