第9話 抱え込んだ代償
身じろぎする気配で目が覚める。見ると、腕の中でイザベルが小さく唸りながら身をよじっていた。抱き寄せすぎたのかもしれない。その様子が妙に子どもっぽく見えて、張りつめていたものが少しだけ緩んだ。
朝になって簡単に食事を済ませると、僕は戸口の前で振り返った。
「今日は出かけるから、留守を頼むぞ。知らない奴が来ても、勝手に部屋へ上げるな」
イザベルは少しむっとしたように眉を寄せる。
「……子どもではありません。それくらいわかります」
そう言いながらも、素直にうなずくあたりがこの子らしい。僕は軽く手を上げるだけで家を出た。
向かう先は牢だ。捕らえた護衛たちをどうするか、そろそろ決めなければならない。
里の外れへ近づくにつれて、やけに景気のいい声が聞こえてきた。
護衛たちを押し込めているのは、住居の並びから少し離れた場所にある粗末な牢だ。丸太を打ち込んで囲い、土の床に藁を撒き、上には雨よけ程度の板屋根が渡してある。人を閉じ込めておければ十分――そんな場所から聞こえてくる声ではない。
「なるほど、なるほど。それで火の魔法はどう練る? 放つ時に一気に流すのか、それとも先に圧縮して――」
嫌な予感しかしない。
案の定、僕の副官ルドガーが魔導士とプリーストの縄をほどいた上で、すっかり打ち解けた様子で話し込んでいた。捕虜の方も困惑しつつ、半ば押し切られる形で会話に付き合わされている。
「ルドガー、何をしている」
僕の声に、ルドガーはようやくこちらへ気づいたらしい。背筋を伸ばして咳払いを一つする。
「エリックさん。捕虜を尋問しておりました」
「嘘をつくな。話をするのは勝手だが、縄まで解くな。
相変わらず魔法馬鹿だな。そうやって引き入れた奴が、里に火を放ったのを忘れたか」
あの時も、面白がって好きにやらせた結果、余計な手間が増えた。今回も同じで、余計なことをされればこちらの段取りが狂う。できるだけ、最初に決めた流れのまま進めたかった。
「あれは不幸な事故でしたな。しかし、きっちりケジメはつけましたよ」
悪びれた様子はない。
本人の中では、それで話が済んでいるのだろう。だからこそ質が悪い。
「2人ともなかなか見どころがあります。どうです?我が盗賊団に組み込んでは?」
縄を解かれていた二人は、僕とルドガーのやり取りを固い顔で見ていた。
自分たちの値踏みが、まるで荷物でも選ぶような調子で進んでいるのだから無理もない。魔導士は警戒を隠さず、プリーストは怯えを押し殺すように唇を引き結んでいる。
だが、魔法を使える人間は貴重だ。とくに実戦で使える手合いなら、多少の手間をかけてでも手元に置く価値がある。
足元を見られないように、興奮を抑え、僕は二人を見比べた。
「聞いての通りだ。選べる立場でもないが、一応聞いておく。うちに入って、人を襲う側に回るか。それとも奴隷商人に売られるか。魔法が使えるなら、売られてもすぐ潰されることはないだろう」
「俺を盗賊団に入れてくれ」
間髪入れず、魔術師が答えた。
答えが早すぎた。命惜しさに飛びついたのだろうか。
魔法を使える人間なら、食い扶持の探しようはいくらでもある。貴族や商人に抱えられる道もあるし、腕次第では傭兵まがいに稼ぐこともできる。そんな奴が、よりにもよって盗賊団入りを即決するのは妙だった。
追い詰められて判断を誤ったというより、最初からその気だったようにすら見える。
司会者は、プレイヤー同士はいずれ出会うと言っていた。
白い部屋で、魔術師のロールを名乗った者はいなかった。
魔術師が割り当てられたプレイヤーがどこにいるのか、まだ分かっていない以上、目の前のこいつをただの捕虜だと決めつけるのは危うい。
一方で、プリーストは唇を引き結んだまま黙っている。喉まで言葉が上がってきているのに、飲み込んでしまっているような顔だった。
「……盗賊にはなれません。人を殺して生きることは、できません」
その声は小さいが、答えとしてははっきりしていた。できたら2人とも欲しかったが…
「なら、教会に入ればよろしい」
ルドガーが横から口を挟む。
「今あそこの教会は若いシスターが一人いるだけです。男手があった方が何かと安心でしょう。どうせあなたは人を殺す方には向かん」
「ルドガー、勝手に決めるな」
「勝手ではありません。里に置くなら、あそこがいちばん収まりがいいと言っているのです」
プリーストは驚いたようにルドガーを見たあと、僕の方へ視線を移した。
迷いと戸惑いが顔に出ている。だが、奴隷商人に売られるよりはましだと、頭ではわかっているのだろう。しばらくして、意を決したように口を開く。
「……もし許されるなら、教会の仕事をさせてください」
ルドガーがこちらを伺いながらにやりと笑う。
「では決定ということで。ぜんは急げですな。シスターを呼んできます」
そう言うと、ルドガーは本当にすぐ戻ってきた。
連れてきたのは、煙草を吸いながら現れた小柄なシスターだった。
「あんたら、また馬車襲ったのか。そのうちまとめて神罰が落ちるよ」
開口一番、それだった。 この里でやっていけるだけあって気は強いが、なぜ僕まで一緒くたに睨まれているのかは納得がいかない。
「で、そっちが教会に入るって人?」
シスターに見られ、プリーストは一瞬ためらってから、小さく頭を下げた。
「神父ではありませんが……しばらく、こちらで世話になろうと思っています。よろしくお願いします」
シスターは値踏みするように相手を見たあと、ふと眉をひそめた。胸元で組まれた指先の形でも見たのか、首をかしげる。
「あんた、祈りの型が違うね。どこの教会?」
「……水の教会です」
その瞬間、シスターは露骨に顔をしかめた。
「あー、なるほど。私は火の教会。相性は悪そうだ」
プリーストの目つきもわずかに変わる。
「それは、こちらの台詞です。火の教会は何かと荒っぽいと聞いています」
「聞いてる、じゃなくて事実だろ。水の連中みたいに、祈ってるだけでどうにかなると思ってる連中とは違うんだよ」
空気がぴんと張る。
さっきまで青ざめて縮こまっていた男が、ようやく棘を見せた。それだけで、少しは使いものになりそうに見えた。
「はっは、うまくやれそうで何よりですな」
ルドガーだけが、場の空気をまるで気にせず笑った。
プリーストの引き取り先は決まったが、魔術師の方は黙ったままだった。
さっきの即答を思い出し、僕はあらためてそいつを見る。
「ずいぶん迷いがなかったな。盗賊なんぞより、他に拾ってくれる口はいくらでもあっただろう」
魔術師は肩をすくめた。
「そうでもない。少し研究で揉めてな」
「研究?」
「結果が派手すぎたんだよ。工房ひとつ潰して、あと二人ほど大怪我をした。死んでないだけ運がよかったって話だ」
鍋でも焦がしたみたいな口ぶりだった。僕は思わず目を細める。
なるほど。腕はある。だが、まともな場所では抱えきれない手合いだ。
信用はできない。前にも魔導士には痛い目を見せられている。それでも、手放す気にはなれなかった。
プレイヤーの可能性も含め、しばらくは監視をつけて様子を見る。
しかし、予定していた金が入らなくなったのは痛いな。
魔術師とプリーストを売れば、それなりの金になる予定だった。どこかで、帳尻を合わせなければならない。
「残りの護衛は合わせて金貨15枚で売れ。交渉はまかせる。魔導士とプリーストの世話もお前が見るんだぞ」
ルドガーがわずかに目を丸くする。
「珍しいですね。いつもはエリックさんが自分で交渉するのに」
「捕虜二人分の稼ぎが飛んだんだ。その埋め合わせくらいしろ」
「はっは、御意御意」
軽く笑って引き受けるルドガーを見ながら、胸の奥が鈍く重くなる。
自分で決めきれなかった。
売ると言い切るのも、残すと腹を括るのも嫌で、面倒な部分だけをルドガーに押しつけてしまった。
結局僕は、人をどう扱うかという責任から目を逸らしただけだった。
それでも、全体の結果だけを見れば盗賊団は少し大きくなっている。
羊皮紙の二つ目の文字が、頭の奥で青白く光った。
盗賊団を大きくしろ。
こんな形でも、進んだことになるのだろうか。




