第7話 弔いのあとで
気の重いオルグへの報告は済んだ。
見張りから馬を受け取ると、僕はそのまま寝床のある里へ向かった。
片づいたはずなのに、胸のつかえは軽くならない。捕らえた護衛の処分も、死んだ部下の弔いも、考えたくないのに後回しにはできなかった。
馬を進めながら、戻った後の手順を頭の中でなぞる。捕虜に値をつけ、奴隷商と値段を擦り合わせ、遺された連中には損得込みで話をつける。今まで何度もやってきたことだ。
それでも、現代の記憶が戻った今は違う。人を値踏みして売る。もう、その一つだけで喉の奥が詰まりそうだった。
考えたくもないことばかりが、黙っていても浮かんでくる。
人狼ゲームのことも頭から離れなかった。
プレイヤーはホーン王国にいる。だが、国全土から探すには、目と耳が足りない。
司会の女性は、プレイヤー同士はいずれ出会うことになると言っていた。
なら、遠くを探すより先に、近くを疑うべきなのかもしれない。
やがて柵と見張り台が見えたところで、思考はようやく現実へ引き戻された。入口で馬を降り、そのまま手綱を引いて家へ向かう。
戸口の前まで来て、僕は中へ声を投げた。
「イザベル、馬を小屋に入れておいてくれ」
ほどなくして小柄な女の子が姿を見せた。こんな小さな里では、その銀髪は嫌でも目を引く。女の子は俺の顔をひと目見るなり、何かを測るように目を細めた。だが、問いかける事はせず、ただ小さくうなずき、黙って手綱を受け取る。
そのまま馬を引いていく後ろ姿を見送り、僕は家を離れた。
家から出ると、道の脇にいた若い男がこちらに気づき、遠慮がちに声をかけてきた。
「エリックさん。襲撃、うまくいったみたいで……よかったです」
そこで一度、言葉が切れた。
「……でも、四人やられたって聞きました」
「俺がついていながらこのざまだ。すまん。せめて、ちゃんと送ってやらんとな」
若い男は小さく頷いた。
「ええ。今、埋葬の支度をしてます。三人は身寄りもないんですが……ひとりだけ、妻を残すことになった奴がいて」
そこまで言って、男は悲しそうに目を伏せた。
四人のうち、どの人が所帯持ちだったのか、顔と一緒にぼんやりとしか浮かばない。
自分でも嫌になる。こういう時に限って、人に無頓着だったことを突きつけられる。
「……ちょうど、今から教会に行くところだ。奥さんにも顔を合わせてくる」
そう言って、その場を離れた。うまい言葉が浮かんだわけではない。ただ、何か言わずにはいられなかった。
里の小さな教会は、祝いの時も別れの時も使われる。その前の広場には、もう四つの棺が並べられていた。
遠巻きに見守る人の輪。その前で、一人の女が棺にすがるように寄り添っている。
泣き崩れる背中を見た瞬間、あれが誰なのか聞かなくてもわかった。
近づいてみると、思っていたよりずっと若い。まだ、夫に先立たれるような年には見えなかった。
「……すまん」
女性がはっと顔を上げる。目は真っ赤に腫れ、頬は涙で濡れていた。
「俺がついていながら、守れなかった」
女性はすぐには答えなかった。唇を震わせ、何か言おうとして、うまく声にならない。ようやく絞り出すように言った。
「いえ……危ない仕事だってことは、あの人もわかってました。私も、わかっていたつもりです。でも……」
そこで言葉が切れた。次の瞬間、堪えていたものが崩れたように、女性は顔を覆って泣き出した。
このまま広場に立たせておくわけにもいかず、僕はしゃがんで声をかける。
「ここじゃつらいだろう。中に入れるか?」
拒まれなかったのを見て、そっと立たせ、教会の中へ連れていった。
「エリックさんがいるから、大丈夫だって思ってました。どうにかしてくれるって……」
途切れ途切れにこぼれる言葉を黙って聞く。
慰めにもならない言葉を挟む気にはなれなかったし、実際その資格もない。話が進むうちに責めるような響きも混じり始めたが、何ひとつ言い返せなかった。
ひとしきり泣いたあと、女は目元を押さえたまま、小さく息を吐いた。
それから、ひどく言い出しにくそうに口を開く。
「……もともと、攫われてきた身なんです。私、この先……どうなるんでしょうか」
この世界では、セーフティネットなんていない。縁者もない女性は、一人で食べてはいけない。
口にはしなかったが、言いたいことは十分伝わった。
「すぐには決まらん。だが、放り出したりはせん。俺もできるだけ手は貸す」
職業柄こういう人は放っておけない。自分が主導したことが原因だから余計に。
女性は少しだけ顔を上げた。安心した顔ではない。ただ、ひとまず身を置く場所を得て、かろうじて息を継いだように見えた。
僕は教会を出た。すると、少し離れたところで様子を見ていた男が、小声で寄ってきた。
「エリックさん。あの女、引き取るんですか」
「まだ、そこまでは決めていない」
男はそれを聞いて、少しだけ口元を緩めた。
「さっき二人で話してたんで、てっきりそういう話かと」
家にはまだ余裕があった。使用人が一人いるが、もう一人増えたところで、寝床にも食い扶持にもすぐ困るわけじゃないな――そう考えかけたところで、男が続けた。
「違うなら、俺のところでも構いませんよ」
「……どういう意味だ?」
「一人じゃ生きていけないでしょ。誰かが面倒を見るしかない。まだ若いし、子もいない。だったら、俺でも別におかしくないはずです」
そこで、頭のどこかで辛うじて張っていたものが切れた。
「……今、それを言うのか」
自分でも驚くほど低い声が出た。男は一瞬だけたじろいだが、すぐに唇を歪める。
「おかしいこと言ってますか?身寄りがない女一人で生きていけるわけないでしょう」
「人が死んだその日に、そんな話をするな!」
声を荒げたつもりはなかった。だが、言葉の端に抑えきれない怒気が滲んだ。
それでも男は鼻で笑うように言った。
「じゃあ何です。放っておくんですか。違うでしょう」
そこで終わればまだよかった。だが、男はさらに口の端を歪めた。
「それとも、やっぱりあの女が気になるんですか?さっきからずいぶんご執心じゃないですか。普段は死んだ連中の家族なんて、見向きもしないくせに」
その言葉が、今度は別の意味で胸に刺さった。
指がわずかに開いて、また閉じる。殴れば早い。だが、それをやった瞬間に、こいつの言い分を認めることになる気がした。喉の奥に残った怒りをそのまま飲み込み、僕は男に背を向けた。これ以上ここにいても、ろくなことにならない。
家へ向かう道すがらも、さっきの言葉は頭の奥に引っかかったままだった。振り払ったつもりでも、歩くたびにじわじわと形を変えて浮かび上がってくる。
家に戻ると、机の上にはすでに一人分の食事が並べられていた。ぼそぼそしたパンに、塩気の強いスープ。ゆで卵が一つ。妙にきちんと整っているのが、かえって家の静けさを際立たせていた。
僕は食卓を見下ろしたまま、奥へ声をかける。
「イザベル」
少し間を置いて、女の子が顔を出した。銀髪が薄暗い部屋の中でやけに目立つ。こちらの顔色をうかがうように視線を上げ、すぐに止まった。
そういえば、エリックが自分から声をかけるのはいつぶりだろうか?用がある時に短く命じるくらいで、まともに言葉を交わした記憶がほとんどない。
「どうされました?」
警戒したような、戸惑ったような声だった。
「お前の分も持ってこい。一緒に食う」
イザベルは意図を測りかねるようにこちらを見ていたが、やがて小さくうなずいて引っ込んだ。




