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第30話 甘い罠

ルドガーは装備を諦めてはくれないだろう。


明日は二人で市場に行く。せめて何か保険になるものが見つかればいいんだけど。


酒も入っていたせいで、僕はそのまま眠ってしまった。


翌朝。


ソフィアとルドガーを交えて朝食を取る。


「頭痛い……昨日のことも全然覚えてない……」


昨夜はかなりの勢いで酒を空けていた。弱いというより、飲み慣れていないだけだろう。


ルドガーは眠そうに目をしぱしぱさせながら、パンを口に運んでいる。


「今日はルドガーと市場に行く。お前は部屋で大人しくしてろ」


「わかった。できたら帰りに果物のジュース買ってきて」


自分で行け、と言いかけたが飲み込む。この街に商会がある以上、今ソフィアが街中をうろつくのは危険だ。


「ソフィア、何か扱えそうな商品はないのか?」


「商品? なんで?」


「騎士がうろついてる。何か名目を作れたらありがたい」


「うーん。多少お金あるよね? じゃあ、お菓子なら手に入るかな」


「菓子? また高級なものを……」


この世界にも砂糖はあるが、ほとんど流通していない。そんなものを使った菓子なんて、上流階級向けだ。


「伝があるから、多少なら手に入るよ。疑われたら、菓子を扱う商人の護衛だって言えばいいし」


そう言って、ソフィアは鞄をごそごそ漁ると、紙に包まれたクッキーのようなものを取り出した。

どこで手に入れたんだ、こんなもの。


「危なかったら渡してもいいけど、それ一個で銀貨一枚だから。無駄遣いしないでよ」


「高いな…」


思わず声が出た。銀貨一枚あれば、普通ならしばらくは食っていける。目の前の薄い焼き菓子が、それと同じ価値だと言われても、正直ぴんとこない。


視線を感じて横を見ると、ルドガーの目が菓子を捉えていた。


そういえばルドガーも甘いもの好きだったな。食べられないようにしまっておかないと。


「助かる。多少は用意できるのか?」


「前金で銀貨五枚。後払いで銀貨十枚払えるなら、ある程度まとめて出せるよ」


これで何とか誤魔化せるか。騎士に勘づかれる可能性は低いし、保険程度のものに過ぎない。それでも今は、少しでも安心材料が欲しかった。


ソフィアと別れ、二人で市場の中にある武器屋を目指す。


「ふーむ。しかし、シールドが戻ってくると思うと気持ちが弾みますな」


「俺はナイフにそこまでこだわりはないが、わからなくはないな」


ナイフは投擲にも使うし、消耗品だ。業物なんて、そうそうあるものでもない。

市場では、鎧に身を包んだ騎士が時折見回っていた。あからさますぎて、むしろ誰も近づけないんじゃないだろうか。


騎士の姿を横目に見ながら市場を抜ける。

幸い、呼び止められることもなく武器屋までたどり着いた。

武器屋に入った途端、ルドガーの足取りが明らかに軽くなる。


「店主、シールドを頼んでいたルドガーだ。もうできているか?」


いつもより二割増しで声がでかい。


「ああ、あんたか。タワーシールドなんて今どき珍しいな。はいよ、お代は先にもらってる。持っていきな」


奥から、巨体のルドガーがすっぽり隠れるほどの大きな盾が運ばれてきた。


「おお、注文通りだ」


ルドガーが歓喜の声を上げる。


が、まずい。これは目立つ。


少し離れたところで、ルドガーはさっそくタワーシールドを構え、ぶんぶんと振り回して感触を確かめていた。やがて満足したらしく、こちらへ戻ってくる。


「いけますな。今、わしは再び完成しました」


心強い。

心強いが、騎士に囲まれたら終わる。頼みの綱はソフィアにもらった菓子だけだ。


店主に礼を言って店を後にする。

背丈ほどの盾を背負ったルドガーは嫌でも人の視線を集めていた。


ちらちらと騎士がこちらを見ていたが、二人とも堂々としていたせいか、声をかけられることはなかった。そのまま市場の入口近くまで戻ってくる。


気づけば、さっきまで見えていた鎧の姿はない。


「助かったな。食料を買って戻るか」


「二日酔いということは、ペナンのジュースですかな」


ペナンは後味がすっきりしていて飲みやすい果物だ。自分の分も買っておこう。


果物の露店には先客がいた。若い男だ。地元の人間だろうか。

何を買うか迷っていると、その男がこちらに声をかけてきた。


「すごい盾ですね。こんなの初めて見ました」


「ああ、商人の護衛で。最近、物騒だからね」


「へえ。何を取り扱ってるんです?」


「菓子を少しね」


男の目の色がぱっと変わる。


「お菓子! それ、僕でも買えますか?」


「金があればね。けど高いですよ」


「これでも騎士なんで、それなりには持ってますよ」


騎士!?

よりによって騎士か。覆面パトカーかよ。鎧着ろよ。

心の中で毒づいていると、男はさらに続けた。


「騎士団の偉い人が来てるんですが、甘いものに目がない人で困ってたんですよ。こんなところでお菓子を売ってる人がいるなんて、運命だな」


断れ。心の中でそう願いながらも、ここで拒めば余計に怪しまれる。


「試しに一枚どうです? 高いんで、味を知らずに買うのも不安でしょう」


ソフィアにもらった包みから一枚取り出して渡す。男はおもむろに口へ運んだ。


「おいしい! なんだこれ、口の中でほろほろ崩れる。ぜひ買いたいです。どこに滞在されてます?」


「ええと、どこの宿だったかな?」


とぼけたふりで誤魔化そうとしていた、その時だった。


「よし、アリス副団長、喜ぶぞ」


その名前を聞いた瞬間、背筋に冷たいものが走った。アリス。秘書のこの世界での姿。

男は上機嫌でクッキーを頬張っている。

まさか騎士団の関係者に当たるとは思わなかった。


「どこにご滞在で?明日よかったら副団長に紹介させてください」


男が悪気なく聞いてくる。僕は曖昧に笑った。

だが、嫌な予感しかしない。アリスがこの街にいる。


結局秘書は人間サイドか、狼サイドかわからない。しかし、そろそろ直接話さないといけない。

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