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第29話 市場に潜む氷刃

通りから出てきた血濡れの騎士たちを見ていると、どうやらどこかへ集まっていくようだった。

そのうちの何人かは人を担いでいるが、担がれている方はぴくりとも動かない。


「ルドガー、ソフィアを頼めるか」

「いいですが、無理されないように」

「俺がそんなへまするか」

「エリックさんは案外抜けてますからのう」


ソフィアをルドガーに任せ、僕は騎士たちの後をこっそり追った。


しばらく尾行していると、別の通りから現れた騎士たちが次々と合流してきた。

一人や二人ではない。まるで街中の騎士が同じ場所へ集められているかのようだ。


何人いるんだ?

恐らく盗賊狩りの騎士なのだろうが、数が多い。騎士ってのは働き者ばかりだな。ちくしょう。


尾行を続けると、広場のような開けた場所に出た。

その中央には、一人の女騎士が立っている。

銀色のショートカットに切れ長の瞳。整った顔立ちをしているが、表情には温度がない。まるで氷を人の形に削り出したような女だった。


騎士たちが集まりきるのを待っていたのだろう。

やがて全員が揃うと、女騎士は静かに口を開いた。


「ご苦労様。どう? ミッシェの悪党どもの様子は?」


大声ではないのに、不思議なほどよく響いた。


「ミスティ第一部隊長、ミッシェ地区の掃討を完了しました」


報告を聞いた瞬間、女騎士の眉がわずかに動く。


「違うよ」


穏やかな声だった。だからこそ背筋が冷える。


「アリス様の命令通り、生け捕りにするの」


「しっ、失礼しました!」


騎士は目に見えて萎縮していた。


「そう、生け捕り。だけど、悪党が抵抗したら仕方ない」


その言い方が妙に引っかかった。

ごくりと、自分の唾を飲み込む音がやけに大きく響く。


「抵抗するなら全員殺すしかない。悪党の命より、私の騎士の方が大事だから」


「ミスティ様、しかし相手は投降を――」


「投降?武器を持った悪党が、私の騎士の前で息をしているだけで抵抗だよ」


騎士たちが揃って頷く。

冗談を言っている顔ではなかった。いや、こいつは本気だ。生け捕りなんて最初から建前でしかない。


「明日以降は、市場を中心に見回りをする。

悪党の考えることなんて単純だから。必ず、金か武器か食べ物に寄ってくる」


ミスティはそう言って、騎士たちをゆっくり見回した。


市場か。明日はあそこには近づかない方がいい。


「ミスティ隊、今日は解散する。時間はある、ゆっくり楽しめばいい」


部隊長クラスが命令を無視して盗賊を狩っていたのか?

少なくとも今の話を聞く限り、あいつらは命令を都合よく解釈している。そう考える方が自然だった。


秘書は生け捕りを命じている。だが現場では、その言葉がいくらでも捻じ曲げられる。そう信じたかった。


撤収しようとした、その時だった。

足元の砂利が、思ったより大きな音を立てる。


「誰だ?」


気づかれた。背筋に冷たいものが走り、反射的に身を翻す。


まずい。


広場には何十人もの騎士がいる。あのまま見つかれば、言い訳を考える時間すら与えられないだろう。

僕は全力で駆け出した。


「いたぞ!」


後ろから怒号が飛び、鎧の軋む音が追いかけてくる。だが、あの重装備では僕には追いつけない。

路地をいくつも曲がり、人混みで溢れる繁華街へ飛び込むと、買い物客や酔っ払いの間を縫うように走り抜けた。


もし捕まればどうなる。確実に盗賊として処刑されるだろう。


肺が焼けるように熱い。それでも足を止めずに走り続け、しばらくしてからようやく後ろを振り返る。

追手の姿は見えない。念のためさらに路地を二つほど抜けてから歩調を緩め、大きく息を吐いた。


どうやら巻けたらしい。


さっさと秘書と接触して、盗賊狩りを終わらせないとまずい。

この調子じゃ、いつ捕まるかわかったもんじゃない。


その後、念のためわざわざ遠回りをして宿に戻った。部屋に入ると、ルドガーが寝支度をしていた。


「ソフィアへ部屋に放り込んでおきました。

どうでした?何か収穫がありましたかな?」


「ああ。騎士どもは市場で張るつもりらしい。しばらくあそこには近づかない」


「なるほど。それは少し困ったことになりましたね」


ルドガーの言葉に、ひどく嫌な予感がした。

市場に何か用事があったか?


「明日は、こちらへ来る前に注文していた防具を引き取りに行くことになっておりまして……」


申し訳なさそうにルドガーが言う。

だが、それは到底飲めない。


「却下だ却下。騎士の張っている場所にわざわざ飛び込んでいくわけにはいかない」


「エリックさんの言うことはわかるんですが、わしの防具は特注ですからのう。取りに行かないと、どうなることやら……」


ルドガーの防具。あの馬鹿みたいな盾か。

確かに放置するのはまずい。特注品ともなれば店にも迷惑がかかるだろうし、下手をすれば手付金まで無駄になる。


何より、あれが戻ればルドガーの戦力は大きく上がる。

百人力とは言わないまでも、頼もしさが段違いになるのは間違いなかった


だが、騎士とかち合うのは避けたい。


「ワシは一人でも取りに行きます」


ルドガーの決意は固かった。これでは止めようがない。


「わかった。俺も行く」


こうなった以上、覚悟を決めるしかない。

明日の市場にはたぶん、あのミスティもいるだろう。それでも、行くしかなかった。

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