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第26話 金を生む女

行先はミッシェに決まった。


ソフィアの商会がどうなっているのか。

そして、ウェンベの騎士たちがどこまで動いているのか。


確かめなければならないことは多い。だが、ここで足踏みしていても、状況がよくなることはない。


「ルドガー明日の朝発つ。しばらく帰れんかもしれんから家族に伝えるようにな」


「御意に」


ルドガーの返事には、一切の迷いがなかった。


灰羽を再結成する。

その言葉を聞いた時点で、この男の腹はもう決まっていたのだろう。


それに比べて、僕はまだどこかで足元を見ている。

進むと決めたはずなのに、失うものばかりを数えている。


だからこそ、揺るがないルドガーの背中が、ひどくまぶしく見えた。


「ソフィア。今夜一泊するなら、俺の家か、牢屋。どちらがいい?」


「えー、宿とかないの?」


「あるにはある。だが、この里はあまり治安はよくない。客に怪我をさせるわけにもいかんだろ」


ソフィアは、じっとりとした目でこちらを睨んだ。


「私、自分を安売りするつもりないよ」


意味が、半拍遅れて入ってくる。


――ああ、そういうことか。


どうやらソフィアは、僕が手を出す心配をしているらしい。


「それが心配なら牢で寝ろ。三十日近くいたんだ。一日伸びたところで変わらん」


「……ひど」


「安全を気にしてるのはこっちだ。信用しろとは言わんが、少なくとも明日までは殺さんし、手も出さん」


ソフィアはしばらく黙り込み、天井を見上げた。

指先で何かを数えるように動かし、小さく息を吐く。


「……まあ、どう転んでも、やりようはあるか」


その呟きには、妙な確信があった。

この女は、牢に入れておいても、家に置いても、何かを企むだろう。


「じゃあ、エリックさんのところに泊めて。頭領の家なんだから、それなりに豪華なんだよね?」


「期待に添えず悪いが、他と大して変わらん。客間はあるから、そこを自由に使ってくれ」


「ふーん。頭領なのに?」


「貧乏盗賊団の頭領に、何を期待しているんだ」


ルドガーと3人、牢から家路へ向かう。


「では、わしはこれで失礼します。旅の準備は手配しておきます」


ルドガーと別れたあと、頭の中で手順を組み立てる。


アンドンとイザベルに里と村の運営を任せる。長く里を空けるわけにはいかないが、数日程度なら、どうにか持たせられるはずだった。


ここで足を止めれば、ミッシェの状況も、騎士の動きも、ソフィアの商会がまだ使えるのかどうかも、すべて分からないままになる。


旅支度は、イザベルに任せるとしても、最低限、自分で見ておくべきものはある。

ふと思い当たり、家へ向かっていた足を止めた。


「え、家の場所間違えたの?」


「いや、先に道具屋へ寄る。使えるものがあるかもしれん」


「私も興味ある。見たい!」


里の道具屋は、半分は盗品市のようなものだ。誰がどこから奪ってきたのか分からない品が、値札も由来も曖昧なまま棚に突っ込まれている。だからこそ、価値の分かる人間にとっては掘り出し物もある。

特に魔法絡みの品は、ただの石や草にしか見えず、捨て値で転がっていることがあった。


里の中でもひときわ派手な建物の前で足を止める。

看板だけは立派だが、中に入れば相変わらず客の気配はない。


「じいさん、邪魔するぞ」


扉を開けると、埃っぽい空気と、古びた革の匂いが鼻についた。

棚には煙玉、欠けた短剣、用途の分からない瓶、色の悪い薬草、どこかの貴族から剥ぎ取ったらしい飾り物まで、脈絡なく並んでいる。


「エリックか。最近いろいろ仕入れたんだ。好きなだけ買って行ってくれ」


店主は白髪の爺さんで、盗品でも呪いの品でも、金になりそうなら何でも買い取ると噂されている。


「へー、いろいろあるね。これは?」


ソフィアが棚の隅から、紫色の草をつまみ上げた。


「お嬢さん、お目が高いね。それは薬草だ。擦り傷ぐらいなら一日で治るぞ」


それは、近くの山でもたまに見かける草だった。珍しいものではない。少なくとも、僕にはそう見える。


「これいくら?」


「小銀貨三枚でどうだ?」


狭い里で、よそ者はすぐ分かる。

爺さんが、知らない娘だと思ってふっかけているのは明らかだった。


「うーん、小銀貨二枚なら買う」


「よし、売った。正直、全然売れなくて困ってたんだ」


間髪入れず商談が成立する。

ぼったくるつもりだったのか、ただ処分したかっただけなのか、判断に困る速さだ。


ソフィアがなぜそんなものを欲しがるのかは分からない。だが、いちいち構っている暇はなかった。


逃走用の煙玉。ナイフの予備。携帯食料。

騎士が動きを強めている今、偵察とはいえ気は抜けない。必要な品を棚から拾い、まとめて店主の前に置く。


「爺さん、これをくれ」


「ほいほい。大銀貨三枚と、小銀貨五枚じゃ」


「おい、高すぎるだろ。俺相手にぼったくる気か?」


俺が選んだ品だけなら、せいぜい大銀貨一枚がいいところだ。

三倍以上。完全になめられている。


店主の爺さんは悪びれもせず、ひょいと顎をしゃくった。


「そっちの嬢ちゃんの分も合わせてじゃ。これでも値引いとるぞ」


横を見ると、ソフィアが選んだ雑多な品が小さな山になっていた。

視線に気づいたのか、舌を出して軽く謝る。


「お金ないの忘れてたよ。後で返すから、立て替えて頂戴」


何に使うのかは分からない。だが、無駄に買い込むような女にも見えない。

ため息をつきながら、黙って金を払った。


店を出てしばらく、ソフィアは何も言わなかった。

やけに静かだと思い、こちらから声をかける。


「いろいろ買ったが、何に使うんだ?」


振り返った顔に、にやりとした笑みが浮かぶ。


「あの店、すごいよ。値付けがめちゃくちゃなんだ」


「はぁ?」


「ほら、これ」


ソフィアは、さっきの紫色の薬草を指先でつまみ上げる。


「これ、魔法薬の材料になるやつ。他で売れば大銀貨十枚は固い。それが小銀貨二枚だよ? 二枚」


牢屋に捕まっていた時のおとなしさが嘘のように、一気にまくし立てる。


「魔法系の材料って、価値分からない人から見たらただの草だからね。転売するだけでどれくらい抜けると思う?」


そのまま、うっとりとした顔で利益を計算し始めた。

なるほど、そういうことか。

あの爺さんは、拾ってきたものをそのまま並べているだけだ。価値なんて考えていない。

だから、分かる人間が見れば、いくらでも差額で儲けることができる。せどりの要領だな。


少し、ソフィアの言葉に引っかかるものはあったが、何がおかしいのか僕にはわからなかった。


「たまたま奪った荷の中に混じってたんだろうな。価値も分からず並べてるなら、戦利品を拾っても丸損か」


ぼったくられたのは、ソフィアではなく向こうだったらしい。


頭の中で、近くの山の地形を思い浮かべる。

あの薬草は、確かに自生していたはずだ。


ある程度集めて、目を付けられないように流す――やりようはいくらでもある。


問題は。こいつに、ソフィアからどうやって隠すかだ。


「ちなみに、今エリックさんが考えてること、たぶん無理だよ」


足が止まった。


「……何の話だ」


「あの薬草を集めて、私に内緒で売ろうとしてるでしょ」


ソフィアはにっこり笑って、買ったばかりの薬草を指先でくるくる回した。


「鑑定、保存方法、相場。全部知らないと足元見られるよ?

買ってくれるところに心当たりもないよね?」


くそ。

こいつを牢に入れていた間に、僕らは金貨何枚分を無駄にしていたんだろう。

ミッシェへ向かう前に、僕はようやく気づいた。


ソフィアは荷物ではない。金を生むガチョウだ。

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