第24話 黒槍傭兵団
ソフィアがゆっくり口を開く。
「もともとエーヴェル商会は、私の両親のものだった。父が商機を読むのが上手くて、魔鉱石やサハラの油の取引で大きな利益をあげた」
そこまでは聞いたことがある。国をまたぐ取引で、必要なものを運ぶ商人。優秀な男だったらしい。
「だけど、両親は事故で死んだ。モンスターに襲われたらしいのだけど、その傷は切り傷が多くて、私には本当にモンスターにやられたとは思えなかった」
「誰かに殺されたんじゃないかと噂にはなっていましたね。死体もモンスターに食われている部分が多くて、全容は分からなかったらしいですけど」
ミレーヌが淡々と補足する。
「そう。騎士もきちんと調べてくれなくて、結局うやむやになった。近くに親族がいなかったのもあって、私が商会を継いだんだけど、その頃にはもう番頭のヘルマンが力をつけてた」
「俺が身代金を脅し取ろうとしたやつだな。しかし、ソフィアが商会の後継者なら、番頭を追い出せばいいだろう」
正統性がある以上、ソフィアの地位は本来揺るがない。ただし、実際に商会を回せるかどうかは別の話だ。
「商品も取引先も、もう全部向こうに握られてた。主導権を取り戻そうとしたら、このざまだよ」
現代でもありそうな話だが、この世界だと、もっと露骨にやれる手口なのかもしれない。
「こうなると、両親の死も本当に事故だったのか怪しいな」
「私は事故だと思ってないよ。証拠なんて何もないけどね。嫌な予感はしてたんだよ……わざわざ、残虐だって噂される『オルグ盗賊団』のいる街道を通って小麦を運べって言うんだから」
あれは僕のせいじゃない。
オルグの阿呆が張り切った結果、旅人四人が肉塊に変わったのは不幸な事故だった。
だから砦の奴らは嫌いだったんだよ。
「もし捕まったら、言いくるめて協力してもらおうと思ってたんだけど、エリックさんみたいな理性的な人で助かったよ」
ところどころ本音が漏れているが、そこは聞かなかったことにする。
「話は大体わかった。お前は俺に何を望む? 平穏な生活か。それとも、新しい生活の場か」
「雇いたいんだよね。『オルグ盗賊団』を。あいつから私の商会を取り戻してほしい。だから、オルグさんにつないでくれない?」
思っていたより、話がでかい。
オホン、と咳払いをして、ルドガーが答える。
「オルグは死んで、今はエリックさんが頭だ。」
ミレーヌが目を細め、ソフィアは目を輝かせた。
「頭のエリックさんの全面協力を取り付けた。つまり、『オルグ盗賊団』が全力で協力してくれるんだよね?」
俺が思っていたより一段、話がでかくなっている。まだ頭がついてこない。どうなれば勝ちで、どうなれば負けになる?
「協力するのは構わんが、今の話を聞いたところで、どう進めるかが全然わからん」
「ありがと。いくつか案はあるから、後で話そう。だけど、とりあえずこの牢屋から出して欲しいな」
「ルドガー」
合図を送ると、ルドガーは牢の鍵を取り出し、外し始める。
「いや、協力してもらえるみたいでよかったよ。最近、商会にも物騒な輩が出入りしてるからさ」
「ええと、エーヴェル商会は……確か、傭兵団を雇ったという情報がありますね。どこの傭兵団だったか」
びっしりとメモの書かれた羊皮紙をめくりながら、ミレーヌが答える。
「商会に用心棒なんぞ珍しくもないからな。ソフィアの護衛も同じ傭兵団か?」
「あの人たちはギルドにお願いした。頼み込んでかなり強い人を回してもらったのに、負けちゃうからびっくりしたよ。
張り込んで、魔術師にクレリックまでつけてもらったのに。
そういえば、あの人たち殺したの?」
最後の言葉には、隠しきれない非難の色が混じっていた。
死んではいない。
死んではいないが、ミレーヌに売ったとは言えず、視線をさまよわせていると、ルドガーが前に出た。
「安心しろ。四人とも生きておる。中でも魔術師は、ぜひ仲間に入れてくれと頼んできたのでな。精鋭中の精鋭、ルドガー魔術師部隊に組み込んだぞ」
ルドガー魔術師部隊って何だよ……ルドガーは魔法使えないだろ。
「盗賊団に魔術師部隊なんて、すごい……」
目を丸くするソフィア。対照的に、ミレーヌの目が僕に向ける視線は痛々しいものだった。
なぜその魔術師を私に流さない、とでも言いたげな目だ。
「まあ、盗賊団は数多くとも、魔術師部隊を用意できるのは、我が盗賊団くらいだろうな」
でかい盗賊団でも魔術師を用意できないことが多いのは事実だ。
魔法を使えるというだけで、エリートだし、よほどの事情がない限り、ひっぱりだこだから。
だが、張子の虎で威張られるのは少し恥ずかしい。
俺がルドガーを黙らせようと口を開いた、その次の瞬間。
ミレーヌの指が、羊皮紙の端で止まった。
「……待ってください」
さっきまでの呆れた目が消える。
代わりに、もっと冷たい目になった。
「ソフィアさん。エーヴェル商会に出入りしている傭兵団の名前、聞いていますか?」
「名前? たしか……黒槍、だったかな」
ルドガーの手が、牢の鍵を掴んだまま止まった。
「黒槍だと?」
「知ってるのか?」
「知っているも何も、正面からやり合う相手ではありません。あれは傭兵団ではなく、戦場帰りの殺し屋です」
ミレーヌが、羊皮紙をこちらへ向けた。
そこには小さな字で、こう書かれていた。
——黒槍傭兵団、エーヴェル商会に三十名常駐。
三十。
商会を取り戻す話が、ただの店の喧嘩で済まないことだけは分かった。




