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第22話 空白の王都

ミレーヌが持ち込んだ盗賊狩りの情報は、こちらの想定よりずっと悪かった。


「盗賊かどうか、どうやって調べるのだ?」


ルドガーが、珍しく神妙な顔で尋ねる。


「さあ、そこまではわからないです。しかし、ウェンべでは大規模に裏組織の捜索が行われたようですがね」


その一言だけで、胃の奥が重くなる。


そこまで動くとなれば、ただの巡回や見せしめでは済まない。騎士団が本腰を入れている。少なくとも、現場の騎士が思いつきで動かせる規模ではない。


だとすれば、あの秘書の正体も、ただの文官ではない。


王都騎士団の中枢に近い人間か。あるいは、その命令系統に手を届かせられる立場の人間。どちらにせよ、こちらが想定していたよりずっと厄介だ。


下手をすれば、騎士団そのものが敵に回る。


ナイトの立場としては、悪徳騎士ドノバンとは手を組めても、ローグとは組めない。そういう線引きも十分あり得る。


理屈はわかる。だが、勘弁してほしい。


俺は、秘書を信じて情報を開示したことを、激しく後悔していた。


「しばらく、盗賊行為を自重するよう通達してくれ」


「それはいいですが、金は大丈夫ですか?」


「目下のところはな。ミレーヌから受け取った金で、しばらくは凌げるだろ」


ソフィアも、いずれ何らかの形で金に換えられる。これで当面はなんとかなるはずだ。


金欠より、ウェンべの騎士団の方が万倍怖い。騎士団が本気を出せば、この規模の里など一瞬で平らげられる。


ミレーヌは満足そうにうなずくと、ちらりとこちらを見た。


「この情報はおまけしておきます。先の盗賊摘発で、ウェンべを根城とする盗賊団『紅狼』が壊滅状態になったようです。」


「『紅狼』ね。ルドガー知っているか?」


「最近の情報はさっぱりですな。大した噂も聞かないし小物でしょう」


「あらら。『紅狼』は、しばらく前のウェンベでは一大勢力だったんですけどね」


ミレーヌは、わざとらしく肩をすくめた。


「紅狼が潰れたことで、連中が握っていた縄張りや密輸ルートが空きました。今は、その取り合いが始まっているそうです。騎士を恐れて逃げる者もいれば、逆に好機と見て入り込む者もいるとか」


そこでミレーヌは、楽しそうに目を細めた。


「どうです、エリックさんも興味ありませんか?」


まるで隣町の市でも勧めるような口調だった。


ウェンベに手を出す。


騎士団が盗賊を狩り、紅狼が壊滅した。そこに縄張りと金の空きが生まれた。言葉だけなら、たしかに好機だ。


だが、その空きを作ったのは騎士団である。


紅狼ほどの勢力を潰した以上、監視が強化されるのは間違いない。今のウェンベは、獲物を狙う盗賊と、それを狩る騎士がうろつく危険地帯だ。


これは、罠の中に落ちている金貨を拾いに行くようなものだ。欲に目がくらめば、首を落とされる。


「面白い話ではあるな」


俺がそう言うと、ミレーヌは薄く笑った。


「でしょう? エリックさんなら、そう言うと思っていました」


「買い被るな。俺は命知らずじゃない」


「ですが、臆病者でもない」


その言葉に、ルドガーがわずかに眉を動かした。


「王都ウェンベ。数多の猛者が夢破れて消えていきましたからね。双龍の翼、黒影の爪、紫煙、灰羽、白鬼の槌、幻夢の刃、そして紅狼。……名前だけなら、いくらでも残っております。全ての組織が壊滅しておりますが」


「中には、飽きて辞めた者もおるからの。死んだと決めつけるのは早い」


灰羽の名に、ルドガーがぴくりと反応した。堪えきれなかったのだろう。渋面のまま、口を挟む。


「それは……面白い情報ですね。よければ買い取りましょうか?」


ミレーヌが楽しげに言うと、ルドガーは言葉を飲み込んだ。


僕は答えず、卓の上に指を置いた。


危険はある。だが、危険のある場所には必ず金が動く。


騎士団に潰された盗賊団の跡地には、人も、物も、情報も残っているはずだ。逃げ出した連中、行き場を失った下働き、隠された蓄え。そして、それを狙う別の獣ども。


放っておけば、誰かが手を出す。

なら、こちらが先に牙を立てる手もある。


「弱小盗賊団に、そんな危ないことを勧めるなよ」


「何、野心がない小物には勧めませんよ」


こちらの胸の内を見透かしたように、ミレーヌが薄く笑う。


「「ウェンベに入るなら、案内役を用意できますよ。もちろん、相応のお代はいただきますが」


「必要になれば声をかける」


「ええ。準備しておきます。エリックさんは、必ずウェンベに来るでしょうから」


ミレーヌが席を立とうとした、その時だった。

戸口の外から、短く声がかかる。


「エリックさん。ご報告が」


外に出していた部下の一人だ。声に、妙な硬さがあった。


「入れ」


扉が開き、男が一礼して入ってくる。ミレーヌは帰る足を止め、面白そうにこちらを見た。


「ソフィアの件か?」


僕が尋ねると、男はわずかに目を伏せた。


「はい。身代金の件です。少し厄介なことになっていまして」


その言い方だけで、良い報せではないとわかった。


「商会とは接触できたのか。どうなった? 満額支払われるのか?」


「……いえ。身代金は、支払えないそうです」


部屋の空気が、すっと冷えた。

ルドガーが低く唸る。ミレーヌだけが、口元に笑みを残していた。


僕はゆっくりと椅子の背にもたれた。身代金は払われない。


ソフィアに、それだけの価値がないのか。あるいは、払えない事情があるのか。

それとも――最初から払う気がないのか。


どれにせよ、身代金を受け取って終わり、という話ではなくなった。


「詳しく話せ」


僕が言うと、部下はもう一度頭を下げた。


その不安そうな表情は、身代金の話だけでは終わらないことを物語っていた。

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