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第21話 人を売る盗賊、人を狩る騎士

教会の前で待っていた女が、静かに頭を下げた。

外見は二十代の後半に見えるが、目だけは歴戦の猛者を思わせる。


黒髪をきっちり結い、灰色の外套に身を包んでいる。旅商人にしては清潔すぎる女だった。

細い銀縁の片眼鏡の奥で、彼女は薄く笑う。


「……ミレーヌか」


「覚えていただけていて、何よりです」


ルドガーが、わずかに顔をしかめた。


「また、面倒な者が来ましたな」


「お元気そうで安心しました、ルドガー様。まだ十分に働けそうですね」


冗談のような声だった。

だが、値踏みする目は笑っていない。


「ここでは具合が悪い。牢の方で話そう」


ミレーヌは、人を扱う商人だ。

下働き、債務奴隷、戦働き。呼び方はいくつかあるが、やっていることは同じだった。

値段がついた時点で、人は人ではなくなる。そしてこの女は、その境目を一切迷わない。


クレリックは訝しげな顔をしていたが、説明はしなかった。

今からする話は、綺麗な言葉で包んでも意味がない。


「最近は物騒で、商売あがったりですよ。買い手も売り手もいるというのに」


「取締りが厳しいのか?こちらも困るな」


「ええ。ですが、お客様がいる限り、できるだけのことはいたします」


軽口を叩いているうちに、牢の前へ着いた。

牢の向こうから、捕らえた二人がこちらを見る。

クレリックと同じ、エーヴェル商会護衛の剣士と槍使い。どちらも疲れ切った顔をしていた。


ルドガーが、ずいと前に出る。


「剣士と槍使いがいる。二人でいくらになる?」


ミレーヌは片眼鏡に軽く触れ、牢の中を一瞥した。


「ルドガー様。それだけでは値をつけられません。二人とも少し調べさせていただきますよ」


牢を開けてやると、彼女は帳簿を片手に、捕虜の様子を調べ始める。


「年齢、怪我の有無、逃亡癖、従順さ、読み書きの可否。あとは、どの程度まで戦えるか。最近は取締りも厳しいですから、並の実力なら――」


そこでこちらをちらりと見た。


「二人で金貨十枚と大銀貨五枚。まずは、そのあたりでしょうか」


牢から出てくるミレーヌを見ながら、冷や汗が背中を伝う。

もともとこの2人を手放して、金貨十五枚で予定していた。

この金がないと、村を手に入れた際の褒賞も、人手の穴埋めの予定も全部崩れる。


「もう少しなんとかならんか」


「なんとも難しいですね。どれくらい戦えるんですか?強さがわからない状況ではいかんともしがたいですね。」


紡ぐ言葉がなくなり、ルドガーが唸る。


「この額で嫌なら、別の商人をあたっていただければ」


自分が人を売りたくないせいで、ルドガーに苦手な交渉を押しつけたのは失敗だった。


「二人ともエーヴェル商会の護衛だ。なかなか凄腕で、こちらも損害が出ている」


「なるほど。商会の護衛ですか。それならば、金貨十二枚ではいかがですか?」


ミレーヌの目の光が変わったのを、僕は見逃さなかった。


「長い付き合いだし、あまりだらだらと交渉したくない。金貨十六枚でどうだ?」


金貨十六枚。

その数字を口にした瞬間、牢の向こうで剣士の顔が歪んだ。


その表情を見て、僕は思わず目を背けてしまった。僕は自分の意思でこれから人を売る。


「少し高いですが……いいでしょう。それで行きましょう。

エーヴェル商会の護衛なら、名前だけで欲しがる買い手がいます。恨みを買う危険もありますが……まあ、そこはこちらの仕事です」


結局、僕が人に値段をつけることになった。

これが必要なことだとわかっていても、慣れる気はしない。

今後は、こういう場から逃げられないのかもしれない。


牢を守っていた手下に、護衛2人をミレーヌの馬車に運ぶように指示を出す。


「そういえば、最近村を手に入れられたと聞いております。女子供の口減らしが必要であれば引き取りますよ」


どうやら村を落とした話を聞きつけて来たらしい。奴隷商の情報網がどうなっているのか、さっぱりわからない。


「相変わらず話が早いな。今は人手が足りてなくてな、売りに出していい人間がいない」


「それは残念。できれば女性が1人、2人欲しかったんですが、今回はあきらめます」


事務的にそう言う姿は、あまり残念そうには見えない。恐らく護衛2人で十分儲けが出るのだろう。


「この後は、こちらにはしばらく来れないと思います。他にも売っていただけるものがあれば、本日まとめてお売りいただきますよう、お願いします」


「珍しいな。断ってもやって来るのに、何かあるのか?」


ルドガーの問いに、ミレーヌはひどく苦い顔をした。


「知りませんか?ウェンベの騎士が盗賊狩りをしてるんですよ。捕まったら漏れなく皆殺し、という噂です」


「ほう、今時盗賊狩り?隣国の王でも来るのか?」


「さぁ? いきなり始まったらしいですから。何が目的やら」


ウェンベの騎士。


その言葉を聞いた瞬間、白い部屋で見た秘書の顔が脳裏に浮かんだ。


あの人は、人間陣営のはずだ。少なくとも、僕はそう信じて情報を渡した。なのに今、ウェンベの騎士が盗賊を狩っている。


偶然なのか。それとも、僕が開示した情報が、どこかで刃に変わったのか。


もしや秘書は僕の事を狼だと疑っている?


胸の奥がざわついた。


けれど、ミレーヌの前で動揺を見せるわけにはいかない。


僕は息をひとつ飲み込み、そのざわめきを腹の底へ押し込めた。

だがその時にはもう、ウェンベの騎士という名前が、頭から離れなくなっていた。

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