第20話 盗賊の頭と足りない帳面
「エリックさん、村の働き手が足りません」
「『崩れ牙』を倒した報酬は、いつもらえるんです?」
「砦の残党に襲われた者が出ました」
「今年は雨が少ないんです。なんとかなりませんか?」
エリックさん、エリックさん。
『崩れ牙』を倒し、村を組み込んだ。そこまではよかった。問題は、その後だった。
もともと里だけでも面倒は多い。食い扶持、揉め事、盗賊どもの不満、怪我人の始末。そこへ村の厄介ごとまで流れ込んできた。
人手も、金も、治安も、果ては天気の愚痴まで。
気づけば、何もかもが僕のところへ持ち込まれる。
名前を呼ばれるたび、頭の奥が鈍く痛んだ。
盗賊団の頭になったつもりが、いつの間にか、貧乏な領主の真似事をさせられている。
自分の家で、里と村をどう回すか考えていると、ノックもなく扉が開いた。
顔を覗かせたのは、ルドガーとアンドンだった。
「お疲れのようですな。こちらも人が押しかけてきて、家に居場所がなくなりましてな」
ルドガーが苦笑する。村へ一時的に人を回しているせいで、里の男手まで足りなくなっている。畑も、見回りも、荷運びも、以前と同じようには回らない。
当然、揉め事も増えていた。
「今はオルグの名前で、無理やり黙らせることもできませんからな」
「灰羽の時は、面倒な話を他の奴に回せた。だが、今は俺とルドガーしかいない」
僕はアンドンへ目を向けた。
「アンドン、読み書きも計算もできるだろ。少しは手伝え」
「里のお悩み相談なんて、やったことないですよ。面倒なんで遠慮しときます」
相変わらずの調子で、アンドンはあっさり断った。
悪びれもしない。むしろ、なぜ自分が巻き込まれるのか、本気で不思議そうな顔をしている。
頼むだけ無駄だった。
そう思いながらも、僕は頭痛をこらえて息を吐いた。
そこへ、水を運んできたイザベルを横目に見て、アンドンが何でもないふうに言った。
「イザベルさんに手伝ってもらえばいいじゃないですか」
確かに一理ある。
イザベルも読み書きも計算もできる貴重な人間だ。今の里で帳面を任せられる者など、片手で数えても余る。
イザベルと目が合うと、彼女は首をこてんと傾げた。
「お手伝いしましょうか?」
とても嬉しそうに見えた。けれどその目は、ただ褒められた子どものものというより、ようやく自分の席を得た者の目に近かった。
「いや、俺の家を守る人間がいなくなるからな……」
イザベルに手伝ってもらえば格段に楽になる。それは分かっているが僕は正直乗り気ではない。
エリックは最低限のコミュニケーションしかとらなかったが、少なくとも今の僕にとって、イザベルはただの使用人ではない。下手に表へ出して、余計な目を向けさせたくなかった。
「今のエリックさんの家に、何か守るものありましたっけ?」
アンドンが悪びれもせず言う。
「お前な……」
「人が足りていないのに、迷う必要ありますか。家を守るより、帳面を守った方がいいでしょう」
言い方は腹立たしいが、正論ではあった。
金の出入りも、人の配置も、もう僕一人の頭の中だけでは追えない。
今のままでは、誰に何を約束したのかも、そのうち曖昧になる。
「そうなんだが、イザベルの銀髪は目立つし、顔立ちも人目を引く。下手に表へ出して、面倒を呼び込むのもな」
「過保護すぎますよ。エリックさんの隣で仕事させればいいでしょう」
イザベルも、こくこくと首を縦に振っている。
イザベルは、誰かの役に立てる話になるとすぐ目を輝かせる。そういうところが、どうにも放っておけなかった。
看護師や、介護士向きの性格だと思う。どちらかと言うと、現世側の後輩に欲しかった…
「……わかった。しばらく帳面を手伝ってくれ。ただし、俺かルドガーの目が届く範囲だけだ」
「はい。頑張ります」
イザベルは嬉しそうに頷いた。
その顔を見て、少しだけ判断を誤った気もしたが、今は綺麗事を言っている余裕はなかった。
その時、また別の男がやってきた。
「教会のシスターとクレリックが揉めとるんです。お祈りできないので、なんとかしてください」
またか……
クレリックを教会に配置したのはいいが、馬が合わないのか頻繁に揉め事を起こしている。
「ルドガー、すまんが同席してくれ。アンドンはイザベルと留守を頼む」
「はいはい。家と帳面と銀髪のお嬢さん、まとめて見ておきますよ」
「余計なことはするなよ」
「僕が余計な事したことありますか?」
アンドンはよけいな事どころか、必要なこともしないな…
素早く身支度をしたルドガーが、家を出る俺のすぐ後ろにぴたりと付き添う。
里の中心にある教会へ向かう途中、畑の中にいた、子どもを背負った女から声をかけられた。
「うちの馬鹿亭主、いつ帰ってくるんだい? 里が大変なのはわかるけど、ひとりで畑を耕すのも限界だよ」
「すまん。順番に帰してはいるんだが……。とりあえず、男手がそっちに回るようにする」
「早く戻しとくれよ。子どもの世話もあるんだ」
不満げに畑へ戻る女を見送り、僕は教会の方へ向き直った。
「冬に向けて、里に人を戻す必要がありますな」
ルドガーの言葉に曖昧に頷きながら、頭に浮かんでいたのは、村を統合した結果のことだった。
村に金はない。人も減った。奪ったところで、盗賊団としてはたいして大きくなっていない。
人は死んだ。恨みも残った。だが、状況は片づいたとは言い切れない。
目的を達成したようで、肝心なところがまだ埋まっていない気がした。
「また、新参クレリックがやられておりますな」
横から聞こえたルドガーの声に、僕は現実へ引き戻された。
教会の入口で、クレリックとシスターが向かい合っている。空気は穏やかではなかった。
「だから、うちは金がないんだよ。おわかり?」
シスターが煙草をくわえたまま、皮肉っぽく笑う。
「それは理解しています。ですが、傷ついた人を放っておくわけにはいきません」
「放っておきたくないのは私も同じだよ。けどね、薬も包帯も、祈りだけじゃ湧いてこない」
シスターは煙を吐き、淡々と事実を突きつけた。
「こんな小さい里じゃ、教会の上に掛け合っても後回し。寄進も足りない。人手もない。
理想だけで回るなら、私だってとっくにそうしてるさ」
クレリックは言い返せず、唇を結ぶ。
方向性は同じだ。二人とも怪我人を助けたい。ただ、そのための金も物も足りていないだけだった。
そして今の僕には、その「足りないだけ」を笑える余裕がない。
「揉めてると聞いたが、話は単純そうだな」
「単純だから困っているんです」
渋い顔のクレリックが答える。
「助けたい人はいます。怪我人もいます。けれど、薬も包帯も足りません」
「わかってるなら早い。少し手を貸してくれ」
クレリックが顔を上げる。
「里の近辺には、金になる植物が生えている。薬にもなるし、売れば金にもなる。空いた時間で、魔術師と一緒に探しに行ってくれないか」
「それは構いません。ですが、シスターをひとりにするのは心配です」
クレリックが教会の奥へ視線を向ける。寝台には、まだ怪我人が数人残っていた。
シスターは短く笑い、煙草を灰皿に押しつけた。
「ここはもともと、私の城だよ。怪我人の面倒くらい、ひとりでも見られる」
それから、クレリックへ顎をしゃくる。
「あんたが本気で助けたいって言うなら、祈るだけじゃなく、薬の材料を持ってきな。善意だけじゃ、包帯一枚にもならないんだからね」
クレリックはその言葉に少しだけ傷ついた顔をしたが、目を逸らさなかった。
「……わかりました」
その返事を聞いて、僕はルドガーへ目を向ける。
「あとで詳細を伝えてやってくれ。モンスターもいて危険だから、案内役も用意してくれ」
「承知しました」
ようやくひとつ片づいた。そう思った時だった。
背後から、場違いなほど澄んだ声がかかる。
「ご無沙汰しております。商談に参りました」
振り返る前から、また面倒が増えたのだけはわかった。
里も村も回っていない。金も足りない。人も足りない。怪我人に回す包帯すら足りていない。
それで、次は商談らしい。思わず笑いそうになった。
僕は盗賊のはずだ。
そして現世に戻るために、狼を探している。
なのになぜ、こんな仕事をしているんだろうな…




