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第17話 届かぬ斧

砦の兵に向かって矢を放つ。革鎧に阻まれ致命傷とまではいかないが、手足など剥き出しの部分に刺さり、戦闘力を奪っていく。砦の兵が足を止める中、オルグだけは止まらなかった。


「エリック、クソが……裏切りやがったな!」


地の底から響くような怨嗟の声だった。盾で体を庇い、矢を受け流しながら、それでもじりじりと前へ出てくる。このまま諦めてくれれば楽なんだが、どうもそうはいかないらしい。


「ほかの奴はどうでもいい! オルグを狙え!」


僕の指示で、周囲の兵が一斉にオルグへ狙いを絞る。


「うおおおおおお!」


その瞬間、オルグは雄叫びを上げ、こちらへ向かって走り出した。


まだ十分に距離はある――そう判断したはずだったが、盾を前に突き出して矢を弾き、肩や脚に刺さった矢をものともせず踏み込んでくる。その勢いだけで射手たちの狙いは狂い、矢は致命を外し続けた。


「エリック! お前を殺して、全部取り戻す! 里も村も全部、全部、全部、俺のもんだ!」


あっという間に間合いを詰められる。次の瞬間、オルグは手にした戦斧を大きく振りかぶった。


避けられない。


間合いを見誤った、と気づいた時にはもう遅かった。死ぬ――そう思った、その目の前で。


戦斧が、甲高い音を立てて弾かれた。


横合いから割り込んだアンドンが、ランスの柄で一撃を受け止め、そのまま力を流すように穂先を滑らせて突き返していた。


「戦場で呆けてると死にますよ」


目の前で、オルグとアンドンが向き合う。


「騎士崩れが! 邪魔をするな!」


「今日は護衛なので。すいませんね。ルドガーさんに頼まれちゃって」


ヘラヘラと、いつもの軽薄さを崩さない。だが、その穂先だけはまるで笑っていなかった。オルグが一歩踏み込むたび、アンドンの足が半歩ずつ角度を変え、僕の前から決して退かない。


「俺はお前がエリックの次に嫌いだ。盗賊に落ちた騎士が、一丁前に仕事を選びやがって。

盗賊のくせに盗まない、殺さない。まだ騎士気取りか」


「気が合いますね。僕もあなたが嫌いです。僕は騎士を辞めた覚えもなければ、盗賊になった覚えもありませんよ」


オルグの戦斧が横薙ぎに振り抜かれる。アンドンはまともに受けず、柄を斜めに当てて軌道だけを逸らした。だが、流しきれなかった衝撃が地面を削り、僕の足元に土が跳ねる。


重い。まともに当たれば、それだけで終わる。


続けて振り下ろされた斧を、アンドンは一歩引いてかわす。追うようにオルグが盾を突き出すが、その時にはもう、アンドンの身体は横へ抜けていた。受けているようで、受けていない。槍そのものより、足運びで間合いを支配している。そう気づいた時には、ランスの石突きがオルグの膝裏を打っていた。


「ぐっ……!」


体勢が崩れた一瞬を逃さず、アンドンのランスが脚を貫く。


「そろそろ、遊びは終わりにしましょう」


「くそっ……一発当てりゃ勝ちなんだよ!」


「ええ。だから一発も当てさせないんです」


舞うように間合いを支配するアンドンと、踏みとどまって斧を振り回すオルグ。腕力だけならオルグが上なのだろう。だが、戦場の駆け引きでは、最初から勝負になっていなかった。


オルグが怒りに任せて踏み込む。盾を前に突き出し、戦斧を肩に担ぐように引き上げた。まともに受ければ、盾ごと潰される一撃だった。


だが、アンドンは受けなかった。


半身になって盾の外へ抜け、振り下ろされる斧の内側へ潜り込む。オルグの目が見開かれた時には、もう遅い。


「では、さようなら」


次の瞬間、アンドンのランスが盾の隙間を縫い、オルグの胴を深く貫いていた。オルグの口から鮮血が溢れ、巨体がぐらりと揺れた。


「リーチの短い、馬鹿みたいな斧で一騎討ちなんて、笑っちゃいますよ。だから盗賊って嫌いです」


「……呪われろ、騎士崩れ」


オルグの口から、血と一緒に呪詛が漏れる。


「エリック……お前もだ。砦も、里も、村も……お前の敵になる。裏切りに怯えて……生きろ……」


アンドンがランスを引き抜くと、オルグはその場に崩れ落ちた。


僕はすぐには口を開けなかった。殺し、奪い、生き残る。盗賊である以上、その業からは逃れられない。この戦いを始めたのは僕だ。なら、最後まで見届けて幕を引くしかない。


「『オルグ盗賊団』の頭、オルグは騎士アンドンが討ち取った! 俺たちの勝利だ!」


周囲の手下たちから歓声が上がり、残っていた砦の兵は一斉に逃げ出した。


「オルグまで倒してくれて助かった」


「僕は里の用心棒だって言ったでしょう。

オルグさんもだいぶ削られたいたので、楽させてもらいました。無傷のあれと正面からやるのは、僕でも嫌です」


「それでもだ」


「そうですか。なら、たっぷり給金をいただければ、十分ですよ」


もう口調は、いつもの軽さに戻っている。普通の騎士より、明らかに強い。……こいつは、いったい何者なんだ。


「とりあえず村を片づけて、里に戻りましょうか。村をどう治めるのか、お手並み拝見です。オルグさんみたいに、僕のランスを使わせないでくださいね」


アンドンのあり方は、まだ騎士のままだ。言っていることは、オルグの二の舞になるなという牽制でもある。元よりそのつもりはない。それでも、厄介な見張り役がそばについたものだ。


オルグや砦の連中に群がり、死体から金目のものを剥ぎ取る者が現れる。血の匂いの中でも、里の連中は相変わらず逞しかった。僕はそれを一瞥だけして、村へ戻る。


広場には、怯えた顔の村人たちが集められていた。泣き出す子供を抱き寄せる女、こちらを睨みつけてくる男。空気は張り詰めている。


一歩前に出て、口を開いた。


「『崩れ牙』と『オルグ盗賊団』は俺が潰した。今日からここは『灰羽』の支配下に置く」


ざわめきが広がる。安堵、不満、そのどちらともつかない色が入り混じっていた。


「当面、ここの暮らしは変えん。何人か里の者を置くが、余計な真似はさせない」


村人たちは黙ったまま、こちらを見ている。怯えている者もいれば、値踏みするような目を向けてくる者もいた。


やがて、片耳の欠けた中年の男が前に進み出て、口を開いた。


「……それで、俺たちは何をすればいい」


僕は男を見返した。怯えているだけの目ではない。

今までよりましな生活がおくれるか、今この場で値踏みしている目だった。


「前と同じように村を回せ。里から何人か置くが、呼べば動いてもらうこともある」


「働いた分の、分け前は出るのか」


「もちろん働きに応じた報酬は渡す。だが、裏切るなら潰す」


それだけ告げると、広場はまた静まり返った。従うと決めたわけではない。ただ、ひとまず飲み込んだだけだ。

今ここで逆らっても、死体が増えるだけだとわかっているから。


僕は説明を切り上げ、里の者に埋葬の手伝いを命じる。


里も、村も、いずれ敵になる。オルグの最後の言葉が、また頭をよぎった。


「エリックさん、流石の御手際ですね」


演説を終えると、間を置かずアンドンが横に並んだ。いつもの薄ら笑いは消えている。


「お前に褒められるのは気持ち悪い。どうした?」


「ひとつ、聞きたいことがありまして」


アンドンは僕を見たまま言った。


「――『灰羽』とはなんですか?」


その声は、酷く冷えており、さっきまでの軽さがなかった。

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