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第16話 殺さないための処刑

村で始まった略奪を前に、僕の思考は一瞬止まっていた。

だが、背後から聞こえたアンドンの声で我に返る。

とにかく、今は止めなければならない。


「おい、やめろ! 村を抑えた後は残党を叩く! これ以上続ける奴は厳罰だぞ!」


近くで女の腕を引いていた中年の男が、こちらを振り返る。


「はあ? オルグの旦那は好きにしろって言ってましたよ。危ない橋まで渡ってんだ、取り分がなきゃ割に合わねえよ」


「報酬は後で出す! だから今は手を止めろ!」


怒鳴ると、何人かはしぶしぶ手を止め、こちらへ戻り始めた。

だが、それだけだ。半分以上は聞こえないふりをしたまま、女を引きずり、家を漁り、地に伏せた男を蹴り続けている。


「くそ、埒が明かない」


「そりゃそうです。もう言葉で止まる段階じゃない」


僕が睨むと、アンドンは肩をすくめる。


「やるなら、今ですよ。見せしめが要ります」


数秒だけ迷ってから、僕は口を開く。


「……『崩れ牙』のボスを連れて来い」


村の中央には、見張りと緊急連絡のために組まれた高台がある。僕はそこへ『崩れ牙』のボスを引き立てさせた。

アンドンが、剣を打ち鳴らし、村中の目がこちらへ向いたのを確認して、僕は声を張り上げた。


「『崩れ牙』のボスは捕らえた! 

この村は今から俺の支配下におく! 

村の人間は俺に従え! 里の連中も手を止めろ。逆らう奴は厳罰に処す!」


なおもざわめきが止まらない。


「アンドン」


「はいはい」


次の瞬間、アンドンのランスが銀兜をかぶった、『崩れ牙』のボスの胸を貫いた。


「次は命令を聞かない奴ですよ」


ざわめきが、すっと引いた。

ついさっきまで女を引きずっていた連中まで、さすがに手を止める。


「ここまでのことは不問にする。奪ったものは後で分配だ。里の人間は残党狩りの支度をしろ」


略奪はようやく止まり、散っていた連中も戻り始める。崩れていた隊の形が、少しずつ戻ってきた。


これでよかった。そうしなければ止まらなかった、と頭ではわかっている。


だが、見せしめが必要だったことと、それを平然と飲み込めることは別だった。

提案したのはアンドンだが、やると決めたのは僕だ。


甘かったのは最初からだ。村を抑えた後、里の連中を言葉だけで抑えられると思っていた。

ルドガーがいれば違ったかもしれない。だが、そう考えたところで、自分の見通しの甘さは消えない。


勝てるだろうと高をくくっていた。そのツケを、今まとめて払わされている。


「アンドン、助かった」


「いえ、お気になさらずに。あの状況を黙って見ているのも、気分悪いですからね」


アンドンはいつも通りの軽い声で返したが、口元には笑みすらなかった。

さっき人を見せしめに殺した直後だというのに、息一つ乱れていない。


「それよりエリックさん、顔色悪いですよ」


「……処刑なんて、久しぶりでな」


アンドンは一度だけ目を細めた。


「甘さを見せると、後ろから刺されますよ。敵からも、味方からもね」


脅しなのか、忠告なのか、その声音からは判別がつかない。

ただ、アンドンが本気でそう思っていることだけはわかった。


反論はできなかった。その言葉を腹に落とし切れないまま、戻ってきた連中が少しずつ前へ出てくる。

僕はそいつらを怒鳴りつけながら並ばせた。


「まだ外に敵が残っている。村の残党も、オルグ達もだ。村中に俺たちの旗を掲げろ。戻ってきた敵は縛り上げろ」


僕の号令に、それぞれが動き出す。


「抵抗しないなら殺さん! 広場に集まれ!」


村の人間は、従う者から順に広場へ追い立てられていく。逆らう者だけを殴って黙らせ、ひとまず一か所へまとめる。


やがて『オルグ盗賊団』の旗が村中に翻り、この村がすでに落ちたことをあちこちで知らしめていた。


村人の見張りは、里の中でも、まだ話の通じる二人に任せる。

僕は村の入り口へ陣取り、戻ってくる敵を待った。


やがて見張りの声が上から落ちて来る。


「5、6人こちらに逃げてきます。『崩れ牙』の残党だと思われます」


「よし号令をかけたら、矢をお見舞いしてやれ。」


やがて遠めに人影が見え始めるが、すでに村が落ちていることを確認したのか、遠巻きにするだけで近づいてこない。

どれぐらい時間がたっただろうか。

剣に服を巻き付けて白旗を作り1名が近付いてくる。


「警戒は解くな、俺の合図があるまで撃つなよ」


「村の奴なんか、全員殺しましょう」


「駄目だ。無駄に殺すな」


表立って逆らう者はいない。だが、すぐ近くで「腰抜け」「殺らせろ」と押し殺した声が漏れる。


甘さを見せると、後ろから刺されますよ。

さっきのアンドンの言葉が、頭の奥で嫌に残った。


わかっている。それでも、ここで降る相手まで殺すことはできない。 まだ僕は、そこまで割り切れていない。


白旗の男は、さらに距離を詰めると大声で呼びかけてきた。


「おい、降参だ。『オルグ盗賊団』だろ?命は保証してくれ」


その言葉に心底安堵している自分がいる。最悪のケースは考えていたが、戦わないに越したことはない。

降参してくれれば僕はもうこれ以上、殺せと命じる必要がない。人の命を背負わなくていいんだ。


「命と待遇は保証する。お前らの戦闘はどうなったんだ?」


「お互い何人か死んで、怪我した奴もいる。途中まではよかったんだが、お前のとこのボスに、うちの戦頭が殺されて、崩れちまった」


「オルグは、後ろから追いかけてきてるのか?」


男は肩をすくめた。


「たぶんな。もうお前らの勝ちだよ」


「わかった。残りの奴も武器は捨てさせてから連れて来い」


降伏した連中を縛り上げ、広場に連れていく。

先ほどの男は村の入り口に残し、僕はそいつに声をかけた。


「これ以上、無駄に殺す気はない。仲間が逃げてきたら、投降するようお前から言ってくれ」


男は一度だけ僕を見てから、肩をすくめた。


「他の奴の命も保証してくれるなら……まあ、やってみるさ」


その後、散り散りに逃げ込んできた『崩れ牙』の残党も、男の呼びかけに応じて次々と武器を捨てた。大きな抵抗もなく、拘束は進んだ。


順調に進んでいると思っていたところへ、見張りの鋭い声が飛ぶ。


「ボス、いやオルグたちが向かってきます。数は八から十ほどです!」


砦へ引き返す手もあったはずだが、勝てると踏んでこっちへ来たらしい。それなりに数が減っているのは助かる。


結局、ここでは腹を括るしかない。

ここで甘さを見せれば、こちらが崩れる。そうなれば、今度はもっと多くの血が流れる。


「おい、全員。弓を構えろ。今度は説得不要だ。全員殺せ」


自分でも驚くほど、声は低く冷えていた。

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