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第15話 勝った後の地獄

後方を振り返ると、三人の歩兵がこちらを追ってきていた。

数だけならこちらが五倍以上いる。だが、ここで足を止めれば丘へ向かう流れが途切れる。背を見せる形にはなるが、今は振り切るしかなかった。


「全力で逃げるぞ!」


怒鳴ると、僕はさらに速度を上げた。里の連中も、こういう時の逃げ足だけは速い。

食らいつかれる前に丘へ届けば、それでいい。


丘に近づいた瞬間、一本の矢が僕の頬先を掠めた。思わず舌打ちを飲み込む。

だが、ここまで来れば十分だ。


続けざまに丘から矢が放たれる。しかし、その矢の狙いは僕たちじゃない。

背後から追ってきた歩兵たちが悲鳴を上げ、足を止めた。


「反転して潰せ!できるだけ殺すなよ」


僕の命令で、部下たちが反転する。

追っ手の一人はロングソードを抜き、吠えながら斬り込んできた。正面の一人が受け、横から二人が腕にしがみつく。振り払おうとしたところへ、さらに後ろから棍棒が膝裏を打った。男はたたらを踏み、そのまま地面へ引きずり倒される。


もう一人はなおも剣を振り回していたが、多勢に囲まれてはどうにもならない。刃が一人の肩を浅く裂いた次の瞬間、槍の柄で顎を跳ね上げられ、もんどりうって倒れた。そこへ里の連中が群がり、腕と脚を押さえつける。


ただ、一人だけは運が悪かった。最初に腿を射抜かれた男が、起き上がろうとしたところを混戦の足に踏まれた。倒れ込んだ先に短槍が転がっていたのだろう。喉元に穂先をまともに受け、短い息を漏らしたきり動かなくなる。


「そいつはもういい。武器防具は剥げ。生きてる奴は縛って丘の上に転がしておけ」


動かなくなった男を一瞥して、ふと考える。

これでも、“殺して奪った”ことになるのだろうか。

僕が直接手を下したわけでもないし、殺せと命じたわけでもない。


こんな場面でもゲーム事が頭から離れない。喉の奥に小さな棘が残った。


「エリックさん、お待ちしておりました」


丘の上から矢を射かけていた男が、こちらへ歩み寄って頭を下げた。


「ご苦労。『崩れ牙』のやつ、思った以上に戦力を揃えているな」


「ということは、村は手薄ということですね」


そう言う男は、わずかに目を細めた。

声にもさっきまでより張りがある。戦の流れがこちらに傾いたと見て、気が立っているのだろう。


僕は何も答えなかった。だが、その通りのはずだ。

昨日からこの丘に伏せていた手勢は、もともと村を制圧するための駒だ。戦場を離れ、村を直接狙う。

背後を詰められた時は肝を冷やしたが、今のところ算段は崩れていない。


この状況が、気味が悪かった。

人を動かし、敵を誘い、別の敵へぶつける。頭の中で引いた線の上を、人がそのまま走っている。


丘の下では、すでにオルグと『崩れ牙』がぶつかっていた。


ひときわ目立つのはオルグだ。大斧を振るうたびに前へ出た敵が弾かれ、誰もまともに間合いへ踏み込めない。

数では劣り、兵の腰も引けている。だが、あいつ一人がどうにか戦線を支えていた。


「不安な点もありますし、さっさと行きません?」


横からアンドンに声をかけられ、僕は戦場から視線を切った。


「ああ。あれだけ派手にぶつかれば、オルグが逃げ出してもおかしくない」


アンドンは薄く笑ったまま、続ける。


「それもありますけど……『崩れ牙』、ボスが見当たりませんでしたよ」


胸の奥がわずかに冷える。 『崩れ牙』のボスは、派手な銀兜をかぶっていたはずだ。

だが、あの戦場にそんな姿があったか。


もしここにいないのなら、どこへ行った?


「急ぐぞ、村にも戦力が残っている。向かってくる奴は無力化しろ。村を占領したら、残った奴を迎え撃つ」


軽微な負傷者はいるが、手当をする時間はない。隊列を揃えると、村へ延びる荒れ道を走った。


やがて見えてきたのは、畑と柵に囲まれた、ごくありふれた小村だった。

見た目だけなら、僕たちの里と大差ない。畑を耕し、盗みで足りない分を埋める――そんな連中の住処だ。


その静けさを、今から僕が壊す。

僕が元の世界へ帰るために。

せめて、無駄な血だけは流さずに済ませたい。


もう一度自分に言い聞かせ、僕は部下たちに声をかけた。


「できるだけ殺すなよ。行くぞ!」


村の外れには、残った盗賊たちが見張りに立っていた。見張りの数は多くない。

村に残った戦力も全部で十人もいないはずだ。

なら、ためらう理由はない。僕は数に任せて一気に突っ込むことを選んだ。


「敵襲! 敵襲!」


見張りの一人が声を張り上げる。

村に響く前に黙らせようと駆け寄ったが、一歩間に合わない。僕は舌打ちし、そのまま剣の腹で男の側頭部を殴りつけた。


「ここからは集まってくる奴を潰せ! 三人一組で動け!」


部下たちが散開し、三人一組で村の盗賊たちと相対する。

いくら腕が立つ人間でも、三方から迫る相手を一気に相手取るのは難しい。


剣を振り上げた男の腕に、棍棒が横から入った。 痛みに動きが止まった瞬間、別の一人が足を払う。

剣の腕では劣っていても、数でまさっていればどうとでもなる。村の盗賊たちは次々と地面に押し伏せられていった。


倒れた見張りを縛っていると、男が血の混じった唾を吐きながら呟いた。


「調子に乗るな……ボスが来れば、お前らなんかまとめて潰される……」


アンドンが村の奥へ目を細めた。


「……エリックさん、あそこだけ変じゃないですか?」


顎で示した先には、村外れの石倉があった。

村のあちこちでは男たちが散り散りに抵抗しているのに、あの周りだけは妙に人が集まっている。戸口には荷車まで寄せられていた。


「逃げ場でも守ってるつもりか?」


「さあ。でも、あそこに近づく連中だけ必死ですね」


僕は足元の見張りの髪を掴み、無理やり石倉の方へ顔を向けさせた。


「あそこに何がある?」


男は答えない。だが、わずかに肩が跳ねた。それで十分だった。


「行くぞ。あそこだ」


アンドンとともに石倉へ踏み込む。

中には、派手な銀兜をかぶった年寄りがいた。奥には袋詰めの荷と武具が積まれ、戸口のそばには怯えた女たちが数人、ひとまとめに押し込まれている。


ここで騒がれれば面倒になる。

『崩れ牙』のボスを押さえれば全て上手くいくだろう。今はそのことだけを考えるようにした。


「ちっ、オルグ盗賊団か。まさか村まで踏み込んでくるとはな」


銀兜は舌打ちしながら腰の剣に手をかけた。

荷と女を守るように前へ出て剣を構える。その姿に隙は少ない。荒くれを束ねるだけの腕はあるらしい。


僕が踏み込もうとした、その瞬間だった。銀兜はその年齢を感じさせない速さで剣をふるう。

刃が、ぼくの喉元へ跳ね上がった。だがそれが届くより早く、横合いから突き出されたランスが老賊の腕を貫いていた。


「僕の出番、ちゃんとありましたね。老人を押さえて一番手柄だけもらうみたいで、すいません」


普段と変わらない調子で、アンドンが笑う。

僕は、すぐには返せなかった。喉元に残った冷たい感覚だけが、妙にはっきりしていた。


「助かった。そいつと、逆らう奴だけ縛れ。女には手を出すな」


僕は腕を押さえてうずくまる銀兜を踏みつけ、そのまま拘束させる。


「これで外の連中も止まるだろう」


アンドンにこの場を任せ、僕はそのまま外へ出た。

次の瞬間、目に飛び込んできた光景に足が止まる。


そこには、まだ血の乾ききっていない死体がいくつも転がっていた。

半裸にされた女が泣きながら腕を引かれ、無抵抗の男が地面に這いつくばったまま何人にも囲まれて殴られている。

その脇では、里の若い連中が袋や食器や装身具を抱え込み、我先にと奪い合っていた。


……なんだ、これは?


「あーあ、始まっちゃいましたか」


背後から、のんびりしたアンドンの声がした。


「オルグさん、散々煽ってましたからねえ。女も金も早いもん勝ちだって」


その言葉が、妙に現実味を失ったまま耳に残る。僕が命じたのは制圧だ。こんなことじゃない。


だが、連中にとっては違った。

勝った後に何をしていいかまで、僕は命令していない。

いや――違う。命令しなかったんじゃない。最初から、そこまで頭が回っていなかった。


「で、どうするんですか? エリックさん?」


その問いで、止まっていた思考がようやく動き出した

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