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第14話 崩れゆく算段

準備期間の三日は、あっという間に過ぎた。

武器も軽食も満足には揃わない。中には農具を握らされている若いのもいる。紅蓮油も結局手に入らなかった。


信用できる連中だけを選び出す。付き合いのある商人から『崩れ牙』へ、『オルグ盗賊団』が攻め込む情報を流す。準備不足なのは承知の上だ。それでも、始めるしかない。


「行ってくる。里は任せたぞ」


「留守は確かに預かりました……しくじらんでくださいよ、エリックさん」


最後まで不満げだったルドガーも、この時ばかりは何も言わない。


「お前こそな」


短く返すと、ルドガーはわずかに口元を緩めた。


「アンドン、エリックさんを頼みますぞ」


「はい、はい。

なんでみんな、わざわざ揉める方に行くんでしょうね。勝っても面倒が増えるだけなのに」


その軽口を背に受けながら、僕は歩き出した。


——だからこそ、勝ち方を選ぶ必要がある。


アンドンと連れ立って砦に向かうと、すでに里のメンバーは集まってきていた。

『崩れ牙』と争うことは既に伝えてあるが、反応は割れている。自分たちの勝利を疑わないもの、落ち着かず歩き回るもの。


しばらくすると里のメンバーはほとんど揃ったが、砦から人がやってこない。


「逃げたんですかね?」


アンドンがぼそりとつぶやく。もしここで逃げれば、オルグはもうこの辺りで顔が利かなくなるはずだ。


「時間にだらしないだけだろ。今回は最前で戦ってもらわなきゃ困る」


そう返したものの、確かに遅い。砦の前に集まっているはずなのに、何をしている?


遠くから、まず音が来た。


蹄の連なった重い響き。

鎧の擦れる硬い音。

里の連中が立てる雑多な物音とは、最初から質が違った。


やがて姿を現した砦の連中は、先頭の何人かが馬上にあり、残りも揃いの革鎧と金具付きの胸当てで身を固めていた。槍も剣も、里の寄せ集めとは違って手入れが行き届いている。


砦の奴らは普段さぼっているのでもっとひどいかと思っていたが、思っていたより、ずっと形になっている。

ただの腕っぷし任せの集まりじゃない。


正面からぶつかれば、里の連中がいても勝てる姿が想像できない。

やはり、こいつらを前に出して『崩れ牙』と食い合わせるしかない。


「おぅ、待たせたな。俺たちが先行する!お前ら、遅れないようについて来い」


そう言い放つと、オルグを先頭に馬に乗った砦の兵が侵攻方向へ進む。


「数だけなら里の方が多いですね」


アンドンがこともなげに言う。


「戦を生業にしてる砦の連中の方が強いのは当たり前だろ」


「じゃあ、なんであいつらは普段働かないんです?」


「アンドンが働かないのと同じだろ」


アンドンは肩をすくめた。


「ひどいなあ。僕、一応ついて来てるじゃないですか」


「旨みがあるから、来ただけだろ?」


「はは、半分正解です。だけど今回は、エリックさんと一緒に行く必要があるんですよ」


毎度アンドンは、こういう引っかかることばかり言う。

さも味方のような顔をしているが、本当に味方だと断定していいものだろうか。

腕は立つし、頭も回る。だからこそ連れてきた。それだけに、土壇場でこちらを裏切られれば厄介だった。


適度に足を止め、水を飲み、短く休憩を挟みながら進む。

『崩れ牙』の拠点まではまだ距離がある。着く前に足を潰すわけにはいかなかった。


「お、ロックリザードか。準備運動がてら殺せ」


途中、モンスターに出くわしても、砦の連中は危なげなく仕留めていく。

前に出るのは砦、死体に群がるのは里の人間だ。転がったロックリザードの死骸へ里の連中が殺到し、皮や爪、金になりそうな部位を手際よく剥ぎ取っていく。


「意外とやるもんですね。正規の訓練をした動きではないですが、正面から戦うとちょっと厄介です」


「実力も知らない相手に、普段から勝てると言ってるのか?」


「実力を見た後でも、そこは変わりませんね。ははっ」


元騎士で腕が立つ。そう見込んで連れてきた。だが、土壇場で頼れるかどうかまでは別だ。無理をしてでもルドガーを連れてくるべきだったか――そんな考えが、一瞬だけ頭をよぎった。


街道沿いの道を進み、予定していた野営地に到着する。


「よし、今夜はここで休む。明朝が勝負だ。しっかり休め」


オルグの号令が飛ぶと、僕達は無言で野営の支度に散った。


敵の拠点を前に火は使えない。冷えたパンと干し肉を噛み、暗闇の中で夜が明けるのを待つ。

闇の中で、やけに目だけが冴えていた。ようやく明日が来る。そう思うと、寝つけない。


隣では、こんな状況でもアンドンが無防備に眠っている。


眠れないのは僕だけじゃなかった。暗闇のあちこちで寝返りの音が続く。

正面でオルグと『崩れ牙』が食い合わなければ、その時点で全部が狂う。

夜明け前の冷え込みより、そっちの方がよほど骨身に染みた。


そうしているうちに、空の色がわずかに変わりはじめた。まだ陽は差していない。だが、もう寝ている時間ではなかった。静まり返っていた野営地にも、少しずつ音が戻ってくる。寝袋の擦れる音。低い咳払い。小声で交わされる短いやりとり。夜が終わり、皆が現実へ引き戻されていく。


今日の計画を、頭の中でもう一度なぞる。失敗は許されない。


やがてオルグが皆を集め、大声を張り上げた。


「野郎ども、今日こそ『崩れ牙』の奴らと決着をつける! 奴らの村を落としたら、後は好きにしろ! 金も女も早い者勝ちだ!」


歓声が上がる。 だが、その熱は一様じゃない。


砦の連中は武器を担ぎながらも、どこか余裕を残している。軽く当たって引く——そんな空気が、あいつらの中にはまだ残っていた。いつもと同じ茶番だと信じているようだ。


一方で、里の連中は違う。目の色が変わり、手にした得物を握り直す。本気で奪いに行くつもりでいる。


この温度差は、僕にとってひどく都合がよかった。

砦の連中は、まだ本気で村を落とす気ではない。

だが、里の連中は違う。目の前の餌に食いつく気でいる。この差が、後々効いてくるに違いない。


オルグを先頭に『崩れ牙』の拠点を目指して進むと、前方で物見が騒ぎ出した。


「敵だ! 正面!」


次の瞬間には、森の縁から矢が飛んでくる。


「……想定より多いな」


こちらから奇襲を掛ける予定だったにもかかわらず、早々に察知される。しかも、十分な数が揃っている。


商人を通して流した餌に、崩れ牙は食いついたようだ。

最初の賭けには勝った。ここで待ち構えてくれなければ、オルグを正面に縛りつけられないのだから。


オルグが舌打ちする。


「ちっ……なんで待ち構えてやがるんだ?」


前に出るべきか、引くべきか。オルグは判断に迷っているようだった。

その隙を突くように、さらに横手から動きがある。


「……あっちにもいるな」


視線の先には、高台に複数の人間が陣取り、そちらからも矢が放たれている。僕が指をさした方向を、オルグが見る。


「ふざけんな、挟まれてんのかよ。『崩れ牙』の奴、本気でやりあうつもりか!?」


こいつは最初から、一当てして引くつもりだった。だからこそ、この展開に腰が引ける。


「横は俺の隊で抑える。お前はそのまま正面から押せ」


「おい、勝手なことを——」


言い終わる前に、前方の敵が一気に間合いを詰めてくる。オルグは舌打ちし、前を睨んだ。


「……ちっ、好きにしろ!」


慌てながらも砦の連中は正面へ向き直る。だが、槍を構えたまま足が引けている奴や、あからさまに腰の引けたまま周囲をうかがう奴が目に入った。もう逃げ腰になっている。


僕は手勢を引き連れ、横手へ回り込むように隊列を外れた。


正面は予定通りオルグに押しつけた。『崩れ牙』には逃げられない理由がある。だが、ここでオルグが踏み切れずに崩れれば、こっちの算段も全部狂う。


『崩れ牙』の突撃が始まったようだ。後方で金属がぶつかり合う音を聞きながら、僕は脇目も振らずに駆けた。


「こっちに何人か来てます!」


先頭の男だけ、走り方が違った。雑兵じゃない。

飛んできた悲鳴に、早くも算段が狂い始めたのを感じた。

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