第13話 地獄まで、あと三日
イザベルに留守を任せ、馬を出す。
砦までの道を駆けながら、胸の奥がじわじわと熱を帯びていくのを感じていた。
結局、エリックは退屈していたんだろう。
田舎に引っ込み、小さな盗賊団を率いて、その日その日をやり過ごすだけの暮らしに。
この生活は悪くない。むしろ穏やかですらあった。
だが、足りなかった。
張りつめた駆け引きも、喉元に刃を突きつけられるような緊張も、腹の底を焼くような高揚も、あの暮らしにはない。
気づけば口元が歪んでいた。ようやく始まる。
この高揚は僕自身のものじゃない。
エリックに呑まれていくような感覚が、不思議と心地よかった。
砦に着くと、馬を預け、そのままオルグに報告するため部屋へ向かった。
扉を開けると、オルグは部下二人とカードに興じていた。こちらをジロリと見たが、何も言わず、すぐ手元へ視線を戻す。
「失礼します。里に下りていた、砦の兵二人が命を落としました」
「何をふざけている! そんなことあるか!」
さっきまで無視を決め込んでいたくせに、オルグはカードを床に叩きつけ、激昂した。
「南の盗賊団『崩れ牙』の襲撃に遭いまして、犠牲に……」
オルグの額に、太い血管が浮く。
「捕らえて殺したんだろうな?いや、生かして捕らえているか?こけにされたんだ、ただでは済まさん」
「いえ、十人以上いましたので、多勢に無勢でした。教会に火をつけられ、その隙に逃げられました」
そのとき、カードに興じていた部下二人が立ち上がった。
「おい、エリック! 責任は取ってもらうぞ」
「お前みたいな奴が里をまとめてるから、こんなことになるんだ」
次の瞬間、僕の投げたナイフが二人の顔すれすれを掠め、背後の壁に突き立った。
空気が凍る。
「オルグ。部下のしつけくらいちゃんとしておけ。次に同じことがあったら、まとめて片付けるぞ」
僕の態度があまりにも露骨に変わったせいか、オルグは目を見開いたまま固まっていた。
さっきまで苛立ちをむき出しにしていた顔が、わずかに引きつる。
「お前ら砦の人間が哨戒もせずに遊んでるから、こうなったんだろうが」
三人の前まで歩み寄ると、カードの乗った机を思いきり蹴り飛ばした。
札が宙に散り、机が鈍い音を立ててひっくり返る。
「自分の責任は自分で取れ。俺にエサをもらってるだけの飼い犬が、生意気抜かすなよ」
オルグを見る。拳がぶるぶると震えていた。怒りか、屈辱か、それとも恐れか。
「『崩れ牙』は完全に潰す。七日後だ。それまでに準備しておけ。砦の人間が前に出て、正面から踏み潰せ」
僕の言葉を受け、オルグはいきなり部下二人を殴りつけた。
「お前ら、俺に恥かかせてんじゃねえぞ! エリック、『崩れ牙』の討伐にはお前らも一緒に来い。七日もいらねえ。三日で準備しろ!」
「武器の手入れも碌にしていないのに、三日で間に合うのか。準備不足で全滅では洒落にならないぞ」
オルグがじろりと部下を睨みつける。
「三日あれば十分です。『崩れ牙』ごとき、叩き潰してやります」
「ほら見ろ。問題ねえ」
三日。
予定していたより、かなり短い。ここで潰し切れなければ、反撃の機会を与えるだけだ。
こちらの仕込みが間に合うだろうか?
背を冷たい汗が伝う。それでも顔には出さず、僕はオルグを見返した。
「……わかった。三日で準備させる」
「里の連中も残らず出せ。この機会に、連中の村ごと食い尽くすぞ」
さっきまでろくにやる気も見せていなかったくせに、ここにきて急に欲を剥き出しにする。
だが僕は、これはポーズだということを知っている。
いつも『崩れ牙』とは、少しぶつかってはどちらともなく引き上げる。お互い、内部の不満を外へ向ける相手として都合がいいからだ。
だが今回は、僕が動く。そう上手く、いつも通りに済むと思うなよ。
「里の人間を集める。今日はこれで帰るぞ」
「ああ、せいぜい俺たちの戦いぶりを見ておけ。お前も勘違いしているようだが、ここで誰が一番強いのか、もう一度思い知らせてやる」
オルグの部屋を出て、来た道を戻る。
すると別の部屋から馬鹿笑いが聞こえてきた。能天気なものだ。
だが、数日後には、もれなく地獄を見せてやる。
僕は馬で里へ引き返し、ルドガーを探した。期限が三日に縮んだ以上、悠長に構えている暇はない。細かい段取りを、今のうちに叩き込んでおく必要があった。
「ルドガーを見なかったか?」
「盗賊衆を集めに走り回ってましたよ」
早速動いてくれているのはありがたい。だが、どこへ行ってもすれ違いで、なかなか捕まらない。里の中を二度ほど回って、ようやくルドガーの姿を見つけた。
「出発が三日後になった。悪いが、今夜うちに来い。急いで作戦を組み直す」
「かまいませんが、ずいぶん早まりましたな」
ルドガーは困ったように笑い、わずかに眉を寄せた。
「悪い。オルグが見栄を張って、七日を三日に縮めやがった」
「なるほど……では、日が沈む頃に伺います」
ルドガーにそれだけ伝えると、僕も家へ戻った。
羊皮紙を広げ、思いつくままに作戦を書きつけていく。
三日。短いが、不可能な日数じゃない。
こちらが仕掛ける以上、主導権は握れる。戦力でも上だ。
だが、それだけに正面から潰して終わるのは旨くない。
『崩れ牙』の連中は潰す。だが、オルグたちにも同じだけ消耗してもらう。両方が削れたところを、こちらが最後に押さえる形が理想だった。自分の手勢まで無駄に減らして勝っても、後に残るのは損だけだ。
どこで両者をぶつける。
いつ、こちらが刈り取る。
どう収める。
羊皮紙の上で線を引き直していると、外からやけに張った声が響いた。
「ルドガーです。お呼びにあずかり、参りました」
「遅くに悪いな。軽くつまむものを用意してある。食べながら話そう」
イザベルを寝床へ押し込み、台所から適当な食い物と水差しを持ってくる。
卓に置いた皿を挟んで、ルドガーと向かい合った。
二人でつまみながら、作戦を詰めていく。
「このまま正面から攻めるとどうなる?」
「見張りに見つかって小競り合いが発生して終わりでしょうな」
「だろうな、オルグも一当てして納めるつもりだろう。本格的に揉めたい奴はいないからな。」
ルドガーが口元を歪める。
「エリック殿とわし以外はおらんでしょうな」
「他の奴にも、俺達ぐらい本気になってもらわないといけない」
「そんな都合のいい方法ありますか?」
卓に指を落とし、軽く叩く。頭の中で盤面を組み替える。逃げ場を残すから、引く。引けなくすれば、踏みとどまる。
「相手方に情報を流してくれ。攻め込む時間と、村を狙っているとな」
「なるほど、背水の陣で守ってくれるということですな」
卓の上に広げた羊皮紙へ視線を落とす。正面でぶつかれば、オルグと相手はそれなりに削り合う。だが、それだけでは足りない。
「俺は途中で本体から離れる」
ルドガーの手が、羊皮紙の上で止まった。
「正面はオルグに任せる。向こうが噛みついたところで、俺は手勢を引いて村へ回る。村を押さえれば、相手は挟み撃ちにできるからな」
ルドガーは指先で砦と村の位置をなぞり、低く唸った。
「正面に出てくる連中は、それなりに多い。ですが、村に残る守りは薄くなるでしょうな」
「十分だ」
羊皮紙の上に、もう一本線を引く。
「俺は手勢を連れて村を押さえる。ルドガー、お前は里を守れ。オルグが勝って戻っても、崩れて逃げ戻っても、里には入れるな」
そこで、ルドガーの指が止まった。
「……ワシは留守番ですか」
口調はいつも通りだが、わずかに不満が滲む。
「留守はアンドンに任せて、エリック殿のお供をしたいところですが」
「駄目だ。アンドンは読めん。あいつは俺が連れて行く。里はお前に任せる」
渋々ルドガーが了承し、全体の計画が固まった。
「やはり準備期間が3日なのがネックですね。悪いほうに転ばないといいですが…」
「俺がミスしたことあるか、安心しろよ」
「いや、上手くいったことの方が少ないですよ…」
過去、準備不足で痛い目にを見た、エリックの記憶が蘇る。
ルドガーの言う通り、スムーズにいったことの方が少ないな、と苦く思う。
……だが、今回は違う。
そう言い切れるほどの余裕も、正直なかった。




