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第12話 灰羽再興の誓い

教会に戻ると、騒ぎを聞きつけて駆けつけたらしいルドガーが、消火指示を飛ばしていた。


「すまん、なんとかなりそうか?」


「エリックさん、状況がつかめないんですが……なぜこんなことに?」


「他の奴に任せて大丈夫なら、静かな場所で話そう」


ルドガーが頷くのを見て、僕は歩き出した。黙って横に並ぶルドガーの顔は険しい。


やがて、里外れの墓地にたどり着く。棺桶の修理が終わるまでは、さすがに誰もこんなところまで来ないだろう。


迷いがなかったわけではない。だが、黙ってついてきたルドガーを見ているうちに、腹が決まった。

僕は正面から向き直り、今回の顛末をそのまま口にする。


「砦から降りてきた馬鹿二人を殺した」


「なっ!? それ、どうするんですか? ボスから報復されますよ」


やはり、事情までは掴めていなかったらしい。

ルドガーは露骨に狼狽し、責めるような声を上げた。


「死んだこと自体はなんとでもなる。南の盗賊『崩れ牙』を利用させてもらう」


「なお悪いですよ! そんなことをボスに報告したら、抗争になります。あの人、裏も取らずに殴り込みますから。しかも先陣を切るのは、俺たち里に住む人間だ」


オルグや砦の連中は、どうせ後ろでふんぞり返っているだけだ。


戦闘に特化した集団を作ったつもりだったが、できあがったのはただの特権階級だった。


「どっちも邪魔だ。潰し合わせる。せっかくの機会だ、漁夫の利といこう」


金も、仲間も、死体も積み上がる。

ローグのミッションを進めるにも、そのほうが都合がいい。

狼を探すための目と耳を作るつもりが、羊皮紙の命令に沿って進んでいる。その事実だけが、喉の奥に引っかかった。


「そんなに上手くいきませんよ。この里にだって、どれだけ被害が出るか……」


ルドガーは心底困ったような顔をした。


「おいおい。昔の尖ってたルドガーはどこに行った? こっちから仕掛けるんだ。里に被害は出さんさ」


「嫁がいて、娘もいるんです。もう昔とは違うんですよ。

こちらから仕掛けて、小競り合いで終わったら、その後は報復合戦になる。」


「小競り合いで終わらせるわけないだろ。もともとオルグも南の盗賊団も、潰すのはたやすい」


「言ってることはわかります。だけど、その先に何があるんですか?」


ルドガーが、不安を押し隠せない目でこちらを見る。

僕はその視線を受け止めたまま、すぐには答えなかった。


墓地を渡る風が、まだ土も乾ききらない墓標のあいだを抜けていく。

棺桶を打ち直す槌の音が、遠くかすかに響いていた。


もう平穏に収める道を探している段階ではない。

ここで手を緩めれば、いずれ誰かの都合で呑まれるだけになるだろう。


「……灰羽の名を、俺の元に戻す」


「――っ」


ルドガーの顔から血の気が引いた。目を見開いたまま、何かを確かめるように僕の顔を見つめてくる。


僕は視線を逸らさず、もう一度言う。


「オルグ盗賊団を潰す。そして灰羽を復活させる」


「……本気で、言ってるんですか」


「ああ」


それだけで十分だった。

ルドガーは一度強く息を吸い、ゆっくり吐き出す。揺れていた目が、そこでようやく定まった。


「それを、もう一度見られるなら」


かすれた声でそう言ってから、ルドガーは膝を折るように深く頭を下げた。


「このルドガー、命の続く限りお供します」


「ただ名を掲げるだけになるかもしれんぞ」


「構いません」


ルドガーは即答した。


「エリックさんがいて、わしがいる。それで十分です。それが灰羽の始まりなら、人も金もあとからついてくる」


隠居を気取ってきたが、ゲームを有利に進めるには灰羽の名が要る。


金も、人も、情報も集める必要がある。どうしたって組織だって動くしかない。


手を出すと破滅を呼び込む劇薬だ。ただ、僕は自分の意思でその劇薬を飲み込むことを選んだ。


「悪いが、お前から静かな生活を奪うことになる」


「平和と安定なんて糞くらえ! 騒乱と混沌こそ我が人生です」


「頼もしいな。まずはこの辺り一帯、まとめて食い荒らすぞ」


「承知しました。灰羽を戻すとなると、あのいかれ女も戻ってきますかな。私は勘弁して欲しいですけど」


そう言う口ぶりとは裏腹に、ルドガーの声は妙に弾んでいた。

灰羽だった頃の息が詰まるほど騒がしくて、血の匂いの絶えなかった日々を忘れきれていないのだろう。


だが、僕は違う。できれば灰羽の名など使いたくない。

あの名を掲げれば、賞金稼ぎも、同業の盗賊も、名のある騎士まで寄ってくる。考えるだけで頭が痛い。

とくに、いかれ女――レインとだけは、二度と顔を合わせたくなかった。


劇薬どころじゃない。あれは爆発物だ。

近くにいるだけで周りを巻き込み、何もかも掻き回した末に、本人だけは涼しい顔で立っている。心の底から関わりたくない。


「一筋縄で行く奴じゃない。次に会う時は、味方とは限らんぞ」


そう言いながら、最近はあれほど派手な事件の噂も聞かないことを思い出す。

案外、もうこの国にはいないのかもしれない。


昔の仲間たちの顔が脳裏をよぎった。もう二度と戻らない奴もいるだろう。戻ってきたとしても、昔のままではいられない奴もいる。それでもいい。灰羽は、もう一度ここから火をつける。


「――まずは紅蓮油だ。調達できるか?」


ルドガーは「ううむ」と唸り、難しい顔になる。


「今ではかなり希少ですからな。昔のようには手に入りません。ツテは当たりますが、確実に手に入れるなら、でかい商会を頼るほうが早いでしょう」


その言葉で、牢に放り込んだエーヴェル商会の商人ソフィアの顔が浮かんだ。

身代金に上乗せして、紅蓮油も吐かせてみせる。


「そっちは任せる。里の連中にも声をかけておけ。裏切る気を起こさせるな。先に釘を刺しておけ」


「わかりました。お任せください」


「俺はオルグを焚きつけてくる。戦闘準備に七日は取らせる。その間に全部仕上げる」


「昔を思い出しますな。ふふ、今回は私の魔法が――」


ルドガーが得意げに言いかけたのを、僕は遮った。


「余計なことはするな。武具の手入れでもしておけ」


「……おや、これは手厳しい」


肩をすくめて笑う。


「昔使っていた装備は特注ですからな。あれを今から揃えるのは間に合いません。先ほど砦の連中が置いていった装備で間に合わせますよ」


想定より一段、いや二段落ちる。

ルドガーを当てにしていたぶん、最初から計算が狂った。


「任せるぞ。最善を尽くせ」


返事をするルドガーを見ながら、頭の中で必要なものを組み直す。

紅蓮油はまだ手元にない。ルドガーの戦力も、昔のままは見込めない。なら最初の想定は捨てるしかない。


正面から噛み砕くだけでは足りない。誰を動かし、どこで裏切らせるか――全部こちらで順番を決めて叩き込む必要がある。


もう賽は投げられた。あとは、この条件の中で勝てる形に削り直すだけだ。

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