【番外編】しあわせな誕生日
*タイミング的には、プロポーズのあと〜結婚式を挙げる間くらいの頃の過去エピソードです。
(あとから追加の番外編のため、時系列が前後してしまいすみません)
それはまだ、フィリスがセドリックからプロポーズされて間もない頃のこと。
彼の両親であるスペディング公爵夫妻へのあいさつも無事終わり、ほっとしたのも束の間。
フィリスは大急ぎで花嫁修行をしながら、自分には想像もつかないほど盛大になりそうな結婚式の準備を進め、さらには結婚式よりも先に王城での夜会に参加して社交界デビューしておかなければならず、目が回るほど忙しい日々を送っていた。
公爵夫妻はフィリスの社交界デビューとなる夜会に一緒に参加することもあり、夜会が終わるまでは領地には戻らず王都に留まってくれている。
そしてありがたいことに、公爵夫人はフィリスに日々熱心に家門のことや作法、しきたり、覚えるべき重要人物の詳細などを教えてくれる。
その日も朝から、フィリスは公爵夫人の授業を受けていたところだった。
「──え、お誕生日? セドリックさまのですか?」
フィリスは公爵夫人が教えてくれる内容を必死で書き留めていた手をぴたりと止め、顔を上げる。
今朝あいさつしたとき、セドリックはそんなこと一言も言っていなかった。彼は朝食のあとすぐに出かけてしまい、戻りは夕方だと聞いている。
「ええ、そうよ。あの子の誕生日、今日なのよ」
公爵夫人はさらりと言ったあとで、少し困ったように肩をすくめる。
「でも子どもの頃から誕生日を祝われることにあまり興味がないみたいで。昔からやけに大人びた子だったけど、いくつのときだったかしら、自分の誕生日なのに『わざわざ祝う必要はないですよ』って言って──あ、しかもそのときね、顔は微笑んでるんだけど内心冷めてるし拒否してるわねって感じなのよ、だからそれ以来特別なことをするのをやめてしまって」
「え、そうなんですか……?」
急いでお祝いの準備をしなければ、と思った気持ちが急速にしぼむ。
自分が知る誕生日とはずいぶん違うようだ。
フィリスのコッド子爵家では、それぞれの誕生日を家族みんなで祝う。ささやかではあるが、お祝いされる人の好きな料理を作ってみんなで食べ、プレゼントは庭で摘んだ花で作る花束を贈り、素敵な年になりますようにと祝う。
フィリスが自分の家族の話を口にすると、公爵夫人は手を合わせて微笑む。
「まあ、素敵ね! 自分で作る花束だなんて!」
誕生日プレゼントも用意できないのかと眉をしかめられても仕方ないのに、公爵夫人が心からそう言ってくれることがうれしく感じる。
コッド子爵家で誕生日のプレゼントと言えば、相手を想いながら花を摘んで作る花束がお決まりだった。
家の懐事情が苦しいからという以上に、フィリスがまだ幼い頃に母が父の誕生日プレゼントを買うために自分の髪の毛を売ろうとしたことがあったからだ。母の髪は美しいプラチナブロンドのため、カツラ向けに高値で買い取ってもらえる。
そのとき父は自分の不甲斐なさを心苦しく思いながら、母の想いを知ってこう言った。
『短い髪のきみもきっと素敵だろうけれど、何よりも誕生日を祝ってくれるきみがそばにいてくれることが、私にとっては一番の喜びだ。プレゼントを贈ってくれるというなら、庭の花で花束を作ってくれないか? その花束を見るたび、私はもっとしあわせになれるだろうから』
それ以来、コッド子爵家ではお互いの誕生日には庭の花を摘んで作った花束を贈るようになった。
高価なプレゼントはなくとも満ち足りた誕生日。自分を想って作ってくれるたったひとつの花束は、何物にも代え難い宝物だとフィリスは感じる。
すると公爵夫人が閃いたというように、うれしそうにフィリスに提案する。
「そうだわ! フィリスさん、あの子のために花束を作ってくれない?」
「え! でもお祝いされるのは、セドリックさまがいやがるんじゃ……」
「いいえ、あなたなら別よ、喜ぶに決まってるわ!」
「そう、でしょうか……?」
「もちろんよ!」
彼の母である公爵夫人から背中を押され、フィリスの中でそれならばと勇気が湧いてくる。
そのあとの授業は公爵夫人がお休みにしてくれたため、フィリスは花を選びに庭園に向かう。
セドリックが戻ってくる夕方までには時間はあるので、じっくり選んでも十分間に合うだろう。
「ほっほっほ、なるほどなるほど。たしかに今日は坊ちゃんのお誕生日ですな。そういうことならば、お好きなだけ摘んでいかれませ」
剪定バサミを片手にそう言って優しく微笑んでくれたのは、庭師の白髪の老人。
彼は普段、王都ではなく領地の公爵領邸宅の庭園を管理している上席庭師だが、この王都邸宅の庭師から相談を持ちかけられたり、自分の目で見て確認したいことがあったりしたときは、こうして出張することがあるそうだ。今回は公爵夫妻が首都に来る便で一緒に来たと聞いている。
公爵家に長年仕えているだけあって、彼はセドリックの誕生日を知っていた。
白髪の庭師の老人を見ると、フィリスは第一王女だった前々世の頃に優しくしてくれた王城の庭師を思い出し、懐かしい想いに駆られる。
そんな個人的な想いもありあいさつを交わして以来、庭園を散歩させてもらうときに見かければ声をかけ、相手をしてもらうことがあった。
フィリスは庭師に、今日がセドリックの誕生日だとさっき知ったこと、そして公爵夫人に語ったのと同じコッド子爵家での誕生日についての話を伝え花をもらいたいと願い出たところ、彼は快く頷き、好きなだけ摘んでいいと言ってくれたのだ。好きなだけと言われフィリスは思わず驚くが、ありがたい言葉にすぐに微笑む。
「ありがとうございます。ちなみに、セドリックさまはどんなお花がお好きなんでしょうか?」
「さあて、どうでしたかな」
わざとらしく首を傾げ、ちらりとうかがうような視線を向けられる。
相手の好みに合わせるのも大事だが、この場合フィリスが選ぶことに意味があるとさりげなく促してくれているのだとわかる。
「ふふ、そうですよね。自分で選んでみます。見て回っても構いませんか?」
「ええ、もちろんですとも」
庭師は穏やかに微笑みながら、花を摘むための剪定バサミとカゴを手渡してくれる。
お礼を言ってからフィリスはその場を離れた。
フィリスは広い庭園を見回し、咲いている花々を確認しながらゆっくり進む。
セドリックの琥珀のような瞳の色に合わせた黄色い花を選ぶのがいいだろうか。それとも彼の雰囲気に合う気高く凛々しい感じの花はどうだろう? ああ、でも誕生日の花束なのだから、華やかさを優先したほうが喜んでもらえるだろうか。
あれこれ考えながら手を動かしていると、気づけばカゴの中は色とりどりの花でいっぱいになっていた。
この量だと抱えきれないほど大きな花束になりそうだ。
夢中になりすぎた自分に気づき、恥ずかしくなる。
ふと足を止める。
セドリックが帰ってくるまでにはまだ時間があるというのに、無性に会いたくなる。
「喜んでもらえるかしら……?」
公爵夫人は背中を押してくれたが、それでもセドリック自身が祝う必要はないのにと思ったらどうしようと、少しだけ不安になる。
セドリックと出会ってから婚約するまであっという間だった。そしてもうすぐ結婚式を挙げる。
あまりに目まぐるしく環境が変わってしまったことを言い訳にはしたくないが、それでももっと早いタイミングで彼に誕生日がいつか訊いておくことはできたはずだと、自分のふがいなさを痛感する。
「──フィリス」
そのとき突然、すぐ後ろで自分を呼ぶ優しい声がした。
驚いて振り返ると、そこにはセドリックが立っていた。
「セドリックさま──⁉︎ お戻りは夕方だったんじゃ──」
フィリスは驚く。セドリックがさっと踏み出すと手を伸ばし、フィリスを背後からやさしく抱きしめる。
「切り上げて帰ってきたんだ。フィリスが私のために花束を作ってくれてるんじゃないかと思って」
「え、どうしてそれを──!」
セドリックが悪戯っぽく笑う。
「前にコッド子爵が教えてくれたことがあってね。きみの家では誕生日に庭で摘んだ花を花束にして贈るんだろう? とても素敵だ。きみが祝ってくれるならこんなにうれしい日はないよ。自分の誕生日なんてすっかり忘れていたけど、急いで帰ってきて正解だったな」
フィリスは肩越しに振り返り、セドリックの顔を見上げる。やさしく微笑むその顔を見れば、心から喜んでくれていると感じる。不安だった気持ちはすぐにどこかにいってしまう。
彼はいつだってフィリスをしあわせにしてくれる。
「わたしも……。セドリックさまのお誕生日を一緒にお祝いできること、とてもうれしいです……」
「まいったな」
「え?」
「うれしすぎて困る」
背後のセドリックがフィリスの肩に頭を乗せ、甘えるようにすり寄る。
彼の柔らかな髪の毛が頬に当たる。体温が一気に上がり、フィリスは思わず「あ、あの……!」と声をあげる。
セドリックはくすりと笑い、フィリスを抱きしめる力を少しだけ緩める。ダンスを踊るときのようにくるりと彼女の体を回転させたかと思えば、向き合う形になってから上着のポケットから何かを取り出す。
フィリスの前に掲げるように差し出されたのは、手のひらより小ぶりな木箱だった。
木箱の表面には精緻な彫り細工、側面にはハンドルのような金属がついている──、オルゴールだ。
よく見れば新品ではなく、人の手で大切にされてきたような年季の入った雰囲気がある。
セドリックはフィリスの手を取ると、その手のひらにオルゴールをのせた。
「これは私が亡き祖父からもらったものなんだ。子どもの頃の私はね、前世や前々世の過去の記憶が頭の中に押し寄せるたび、よく混乱してた。泣きじゃくって意味不明なことを口走る私を心配した祖父がこれをくれたんだ」
セドリックはオルゴールのハンドルを回し、ゼンマイを巻く。
木箱がカタカタと動きはじめ、心に染みるような音色がゆっくりと奏でられる。
「きれいな音色……」
「これを聴くと心が落ち着いた」
「大事なものなんですね」
「うん、だからこれをきみに。今年のフィリスの誕生日は、まだ出会ってなかったせいでお祝いできなかったから」
フィリスはぱっと顔を上げる。
父から聞いたのだろうか。知らない間に彼が自分の誕生日を知っていてくれていたことに驚きつつもうれしく思うが、同時に彼にとって亡き祖父との思い出が詰まった大事なオルゴールを譲り受けるなんてできないと感じる。
「そんな──、こんな大事なものいただけません!」
「これはフィリスが持っていて。そして私がこの音色を聴きたいとき、きみが回してくれないか?」
セドリックはオルゴールごとフィリスの手を包むように自分の手を重ねる。
「きみはずっと私のそばにいてくれるだろう?」
だから持っていてほしい、という彼の気持ち。
新しいものを買って渡すこともできたはずなのに、あえて自分が大切にしている唯一のものを贈ってくれた。
どんなプレゼントをもらうよりもずっとずっとうれしかった。
フィリスは熱く込み上げるものを堪えながらゆっくりと頷く。
「……はい、大切に持ってますね。この音色が聴きたいときはいつでも言ってくださいね」
セドリックはことさら愛おしげにフィリスを見つめる。そしてにっこりと笑う。
「私も花を選んでいいかな? 遅くなってしまったけど、今のきみに贈る花束を作りたいんだ」
* * *
誕生日なんて大した意味のない日だと、セドリックは思っていた。
前世と前々世の過去の記憶をもって生まれ、そして今世、物心ついた頃から自分の生き方について考え続けるも、確固とした目的は見出せなかった。
〝国を守る番犬〟であるスペディング公爵家の嫡男として国王に忠誠を誓い、国の安寧のために力を尽くす。
求められる役割を果たすことに異論はないが、生への執着はほとんど湧かなかった。
だからだろう。誕生日を祝われることに違和感を拭えなかった。
でもフィリスに出会い、彼女が祝ってくれるならとても大切な意味をもつ気がして、自然とうれしさが込み上げる。素晴らしい日だ。
自分が贈ったオルゴールを大事そうに両手で包み込む彼女を見れば、より一層愛おしさが募る。
来年からはきっともう自分の誕生日を忘れることはないだろう、そう思った。
お読みいただき、ありがとうございます。
追加の番外編、誕生日の過去エピソードでした!
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