【番外編SS】はじめましての日(後編)
公爵夫人は、目に涙を浮かべて言った。そして手に力を込めて、
「もう結婚は諦めていたの! この子ったら、女の子にやさしく接するくせに、どんな子にも全然見向きもしなくて! こんなうれしいことはないわ!」
フィリスはポカンと口を開ける。
「え、あ、あの──」
何か言葉を発しようとするものの、うまく言葉にならない。
すると、公爵夫人は勢いよく振り返り、
「あなた! いますぐ結婚許可証をもらってきてちょうだい!」
背後に立つ公爵に向かって言った。
公爵は柔らかく微笑みながら、
「それは気が早いんじゃないかな。花嫁のお父上にごあいさつもせずに」
公爵夫人は、ハッと思い至るように、
「ああ、そうね、それは大事よ! もし反対でもされたら困るもの。どちらにいらっしゃるの? まずはごあいさつさせていただかないと!」
そう言って、息子のセドリックに目を向ける。
セドリックは淡々と、
「コッド子爵は、私たちの結婚のことを子爵夫人に伝えるために、今朝早く領地に一旦お戻りになりましたよ」
「そうなの? それじゃあ、すぐには無理ね……」
公爵夫人は残念そうにうなだれるが、すぐにぱっと顔を上げて、
「そうだわ! あとで子爵夫人も一緒に王都に来ていただくのはどうかしら? そうとなれば、急いで手紙を出さなければいけないわね!
あ、それよりも、うちの馬車で領地に直接お迎えに行けばいいんじゃないかしら? 花嫁のご両親だもの、丁重にお出迎えしなければいけないわ!」
矢継ぎ早にそう言いながら、いまにも駆け出して行きそうな雰囲気だった。
フィリスは戸惑いながら、
「あの、反対、されていらっしゃるんじゃ……」
ようやく言葉を発する。
「まさか! 大賛成よ!」
公爵夫人が声をあげ、次いで公爵が、
「ははは、まさか」
とほがらかに答える。
それを受けて、フィリスは深く息を吐き出し、しゃがみ込みそうになるほど安堵した。
(よかった……、反対されていらっしゃるわけじゃなかったのね……)
安心したところで、ふと気づいたことがあった。
よく見れば、セドリックは父親である公爵似なのだろう。
琥珀のような透明感のある黄褐色の瞳や青みを帯びた艶やかな銀色の髪は公爵と同じだった。
物腰が柔らかいところもそっくりだと思える。
フィリスは、公爵を通して未来のセドリックを見ているような気持ちになる。
(何十年か経ったら、セドリックさまも公爵さまのような男性になるのかしら……)
いまでも十分すぎるほど素敵だが、さらに大人の落ち着きをまとったセドリックを想像してしまい、思わずぽっと頬を染める。
すると、すかさずセドリックが、フィリスのあごに手を当て、ぐいっと自分のほうに向きを変えさせる。
「まさかあんな中年に惚れたとか、ないね?」
真剣な表情で、フィリスを上からじっと覗き込む。
息のかかるほどの至近距離に、フィリスはますます頬を染める。
未来のセドリックを想像していたとは恥ずかしすぎて口が裂けても言えず、フィリスはコクコクと小さく頷くしかない。
その様子にセドリックは安堵を浮かべ、満足するように微笑んだものの、さっと顔を上げると、
「父上は、フィリスに近づかないでください」
にっこりと微笑む。
対する公爵は、一瞬片眉を上げたものの、すぐに笑みを見せて、
「それは無理じゃないかな、彼女は義理の娘になるんだし。それに私はこの公爵家の当主だからね。行動を制限されるいわれはないよ」
お互い微笑んでいるが、どこかしらヒヤリとする空気が流れる。
フィリスはハラハラしてしまう。
すると、
「もう! やめてちょうだい!」
公爵夫人が、夫の公爵と息子のセドリックとの間に割り込むように口を挟む。
まだつないだままだったフィリスの手をぎゅっと握りしめ、
「わたくしたちは心からあなたを歓迎するわ。こんなところだけれど、至らないところがあれば改善するから、安心してお嫁に来てちょうだい」
やさしく微笑む。
フィリスの目尻にじんわりと涙が浮かぶ。
「わ、わたしのほうこそ、社交デビューもしていない身で至らないところばかりかと思いますが、努力しますのでよろしくお願いいたします──!」
そう言って、フィリスは勢いよく頭を下げた。
すると次の瞬間、
「──なんですって⁉︎ 社交デビューもまだなんて、本当なの⁉︎」
公爵夫人は、信じられないとばかりに声をあげる。
フィリスは一瞬、言葉を詰まらせたものの、
「……はい、両親は何度もすすめてくれていたんですが、わたしがわがままを言って先延ばしにしてもらっていて……、申し訳ありません……」
両親のせいではないと伝わるように答える。
このレザーク王国では、貴族の令嬢は社交デビューしてはじめて一人前として認められるため、年頃の娘が社交デビューしていないことは滅多にない。
仮にあったとするならば、家にそれだけの経済力がないか、没落してしまったかのどちらかだ。
呆れられているだろうと思いながら、フィリスは恐る恐る公爵夫人をうかがう。
しかし公爵夫人は、
「──ちょっと、いままで何をやっていたの! 結婚よりもまずは社交デビューが先じゃない!」
セドリックをにらみつけるが、すぐさま気持ちを切り替えるように、
「こうしてはいられないわ! ウェディングドレスの準備だけじゃなく、来年の春に王城で開かれる社交デビューに向けても、ドレスを準備しなくちゃ! あとアクセサリーも!
半年しかないけど、任せてちょうだい。わたくし、もし娘がいたら社交デビューの準備をしてあげるのが夢だったのよ!」
そう言って、何やらいそいそと頭の中で考えをめぐらせはじめている。
フィリスは呆気にとられる。
「あ、あの……」
そのとき、セドリックがフィリスの両肩に両手を置き、後ろからそっと引き寄せる。
「母上、すみませんが、フィリスにドレスやアクセサリーを贈るのは、夫となる私の役目ですよ」
セドリックはにっこりと笑っているが、絶対に譲らないという強い意志を感じさせる。
公爵夫人は表情をぴたりと止めたあとで、ふっと表情を和らげ、
「あら! ふふふ、ええ、そうね。それじゃあ、仕方ないわね」
声を立てて笑う。フィリスに向き直ると、
「あなたのことが本当に大事みたい。こんなふうに何かにこだわるこの子を見るのは、はじめてよ。でも準備のお手伝いくらいはさせてちょうだいね。あなたは、わたくしの義娘になるんですもの」
フィリスは胸が熱くなる。
もしかしたら受け入れてもらえないかもしれないとさえ思っていた。それなのに、こんなにもやさしく接してもらえるなんて……。
つい先ほどまで感じていた不安は、もうどこにもなかった。
「……はい、ぜひお願いいたします」
フィリスは、公爵夫人の手を握り返して微笑んだ。
きっと父も母も、公爵と公爵夫人に会えば安心してくれるだろう。
なんだか無性に父と母に会いたくなった。
もし母の体調さえよければ、王都に来てもらえたらどんなにいいだろう。
フィリスは、あとで父と母宛に手紙を書こうと思ったのだった。
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本編には入れられなかった、フィリスがセドリックの両親と初対面するエピソードです。
ふたりが結婚式を挙げるラストに至るまでの間に、こんなエピソードがあったんだなと思って楽しんでいただけると、うれしいです!
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