21_エピローグ
──レザーク王国の中で最も歴史のある教会。
天井にあるステンドグラスからは、虹色の光が祭壇に降り注いでいる。
その日、荘厳な雰囲気の中、純白のウェディングドレスに身を包んだフィリスは、父とともにバージンロードをゆっくりと進んでいた。
フィリスが身にまとうドレスは、肩と腕から手首にかけて細かなレースがあしらわれ、レースから透ける白い肌を一層美しく見せるデザイン。きゅっとしぼった腰から裾に向かってゆるやかに広がるペンシルラインは、フィリスの控えめな雰囲気を活かしながらも、女性の艶やかさもさりげなく演出している。
頭の上には、淡いピンク色の生花のバラが添えられた金細工の冠。
顔を覆う薄いシルクのベールは、ため息が漏れるほどに繊細なレース編み。フィリスの母が、娘のフィリスが生まれてからずっと編み続けてくれていたものだ。
そして今朝、娘を手伝う最後の身支度として、母がベールをおろしてくれた。
バージンロードの中程まで来ると、父がぴたりと足を止める。
つられて、フィリスも足を止めるが、そこでようやく緊張のあまり足元しか見ていなかったことに気づき、顔を上げる。
すると、薄いベール越しに、真っ白なフロックコート姿のセドリックが見える。
その瞬間、フィリスは目を奪われる。
青みを帯びた銀色の艶やかな髪は後ろになでつけられ、首元に結ばれたボウタイと胸ポケットのハンカチーフは、彼の髪色に合わせた淡いブルーグレイ。これ以上ないくらいに上品にまとまっている。
それだけでも胸が詰まるほどなのに、それ以上にフィリスの目を惹きつけたのは、彼の表情だった。
「──ああ、とてもきれいだ」
セドリックは恍惚とした表情で、純白のウェディングドレスに身を包んだフィリスを一心に見つめて言った。
フィリスは父の腕に添えていた手を離し、目の前に立つセドリックの腕にそっとのせる。
手が緊張でわずかに震えていたが、それに気づいたセドリックが白い手袋をはめた手を伸ばし、自身の腕に添えられているフィリスの手を包み込んで和らげる。
手を取り合ったふたりは、並んで祭壇へと進み、牧師の前に立つ。
牧師が厳かに口を開く。
「──セドリック・スペディング。あなたはフィリス・コッドを妻とし、病めるときも健やかなるときも、悲しみのときもよろこびのときも、貧しいときも富めるときも、これを愛し、これを助け、これを慰め、これを敬い、その命のある限り、心を尽くすことを誓いますか」
セドリックは、感極まる気持ちを抑えるような、ひと呼吸のあと、
「──誓います」
力強く答える。
続いて、牧師がフィリスに向かって、誓約の言葉を読み上げる。
その言葉を聞きながらも、フィリスはいまだに夢を見ているような気持ちだった。
現実をたしかめるように、そっとセドリックに目を向ける。
それに気づいた彼は、やさしい微笑みでフィリスを見つめ返してくれる。
フィリスの胸が、これ以上ないくらいに締めつけられる。
つらいときだけでなく、うれしいときでもこんなにも胸が苦しくなるのだと、フィリスは実感する。
あふれそうになる涙を懸命に堪える。
牧師が誓約の言葉を読み終わり、
「──誓いますか?」
と問いかける。
フィリスは、震える唇を押し開き、
「──はい、誓います」
はっきりと答えた。
フィリスの顔を覆っていた薄いベールが、セドリックの手によってゆっくりとあげられる。
フィリスの灰緑色の瞳は、すでに涙でいっぱいになっていた。
セドリックはふっと微笑み、指先で彼女の目尻をぬぐう。
フィリスの華奢な両肩に手をのせ、セドリックがゆっくりと顔を近づける。
フィリスはぐっとまぶたを閉じた。
緊張と恥ずかしさで、心臓が破裂しそうなくらい早鐘を打っていた。
そして──。
セドリックの唇が、そっと触れて、そっと離れる。
フィリスは、ぱちりと目を開ける。
彼が触れたのは、フィリスの頬だった。
唇に口づけられると思っていたので、思わず、拍子抜けしてしまう。
するとセドリックは、おかしそうに微笑むと、フィリスの耳元に唇を寄せ、
「……唇はふたりきりのときにとっておくよ」
フィリスにしか聞こえないように、小さくささやく。
フィリスは、セドリックがささやいた言葉の意味を徐々に理解すると、一気に頬を染める。
牧師は、目の前のふたりのやりとりは聞こえないものの、初々しい花嫁の姿を微笑ましく見つめている。
結婚証明書へのサインを終えると、フィリスは再び、横に立つセドリックをそっと見上げる。
セドリックは顔を傾け、フィリスをやさしく見つめ返す。
彼のその琥珀のような透明感のある黄褐色の瞳には、よろこびがにじんでいる。
フィリスは、これ以上ないくらいのしあわせを感じる。
セドリックと出会うまで、フィリスは他人との接触を極力断ちながら、片田舎の領地の中で隠れるように過ごしてきた。
すべては平穏に生きるため、それが唯一の願いだった。
でもセドリックが、ずっとフィリスを忘れないでいてくれたおかげで、フィリスはまたこうして彼と出会うことができた。
フィリスは、隣に立つセドリックの腕に自分の手を添える。
そしてゆっくりと顔を上げると、
「わたし、とてもしあわせです……」
フィリスは、あふれんばかりの笑顔をセドリックに向けたのだった──。
\完結しました/
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