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16_奇跡の再会(2)

 そして次に生まれ変わったとき、セドリックは前世の記憶をもっていた。


 不思議に思ったが、自然と受け入れられた。


 セドリックは成長すると、教会の下級聖職位(マイナー・オーダー)である、字が読めない民のために朗読する朗読者(レクター)として働きはじめた。


 しかしそこで、ある転機が訪れる。


 教会に奇跡の力をもつ、聖女が現れたのだ。


 聖女の奇跡の力によって、教会はまたたく間に、レザーク王国の権力をほしいままにした。


 そして民は、与えられる施しを当たり前のものとして、際限なく求めた。


 一介の下位聖職者の朗読者でしかないセドリックにとっても、聖女は神のような存在だった。


 顔を合わすことはもちろん、言葉を交わす機会などあるわけがない。せいぜい遠くから眺めるくらいだ。


 そんなある日、いつものように、聖堂での朗読会を行っている最中、壇上にいるセドリックは、ふとあることに気がつく。


 聖堂の隅、裏口と聖堂を仕切るカーテンがゆらりと不自然に揺れる。

 最初は、裏口の戸を誰かが閉め忘れて、風が吹いて揺れているのかと思った。

 しかし続けて、またゆらゆらと揺れる。


 よく見れば、カーテンの下からは、誰かがいる影が覗いていた。


(誰だろう──?)


 セドリックは首を傾げる。


 朗読会は誰にでも開放されているため、聖堂の中に入ってくるのを咎める人は誰もいない。とはいえ、人目につかず訪れたい人もいるのだろうと思い、さして気に留めることもなかった。


 しかし、同じことが二度三度起こると、次第に気になるようになった。


 そんなある日、セドリックは、別の朗読者が聖堂の壇上に上がっているとき、偶然、裏口から出ていく人影を目にする。


 その瞬間、いつも自分の朗読をカーテンの向こうで聞いている人物ではないか、という思いが頭をよぎる。


 セドリックは、足早に向こうを通り過ぎる人影を目で追う。


 マントとフードで姿を隠していたが、身長や体型から女性だというのはわかった。


 すると、

「──聖女さま、こちらにいらっしゃったのですか」

 侍女らしき女性が、マント姿の女性を呼び止める。


 マント姿の女性は、慌てたようにフードを外す。


 ──そこにいたのは、女性というには少し幼さの殘る、小柄な少女だった。


(あれが聖女さまなのか──)


 セドリックは、まず驚いた。次いで疑問が湧く。


(そんな方が、なぜ朗読会に……?)


 神のように崇める存在、その聖女が目の前にいる。容貌は、はっとするほど美しい。

 しかしそれ以外は、予想に反して、ごく普通の少女にしか見えなかった。

 セドリックは、聖女もひとりの人間だと気づくと同時に、親近感を抱く。


 それからセドリックは、朗読会の最中には必ず、カーテンの下に人影が見えるかどうか、確認するようになった。

 来ているとうれしいし、来ていないと、もう今日は来ないのだろうかと、気になるようになった。


 そして、いつしかセドリックは、彼女のためだけに朗読している自分に気づくのだった。


 そんなささやか日常が何年も続いた。


 聖女は、成長し、美しい女性になっていた。


 しかしいつの日からか、ひどく疲れのにじむ顔を見せるようになり、だんだんと体はやせ細り、ついにはおぼつかない足取りで、咳き込む様子を目にするようになった。


 あきらかに様子がおかしかった。

 そのうち、聖女が民に施しをする機会が激減し、(おおやけ)に姿を見せなくなった。

 胸騒ぎがした。


 騎士だった前世で、自分の不甲斐なさで、処刑されてしまった第一王女のことが頭をよぎる。


 聖女の侍女だという女性たちに、片端から声をかけ、聖女の具合を尋ねた。

 おそらく自分と同じように、聖女の状況を尋ねる人間は多くいたのだろう。

 ある侍女は足早に通り過ぎ、ある侍女はあいまいに微笑み、ある侍女は固く口を閉ざした。


 しかしそれが何度も続くと、セドリックに同情したひとりの侍女が、聖女は床にふせっていると教えてくれた。そして、もう長くはないだろう、とも言った。


 セドリックは、がく然とする。


 教会を追われる覚悟で、聖女がいると思われる部屋を数日かけて探した。


 そしてようやく、教会の中でも一際簡素な建物の一角にある部屋を探し当てる。


 しかし、その部屋から聞こえてきたのは異様な高笑いだった。


 耳障りな女の声で、

「──今度こそ! 今度こそ、殺してやったわ!」

 と声高に叫んでいる。


(殺した、だと──?)


 セドリックは青ざめた。


 すると扉を開けて、ひとりの侍女が出てくるのが見えた。聖女の侍女のひとりだった。


 女はよろこびを抑えきれないといった様子で、廊下の向こう側へと消える。


 その隙に、セドリックは部屋の中へと入る。


 そこは、あれだけ民に献身した聖女の部屋とは思えないほど、みすぼらしい部屋だった。

 壁は薄汚れ、室内には使い古されたベッドと小さな椅子が一脚、それだけだった。


 あまり清潔ともいえないシーツがかけられたベッドの上には、静かに横たわる聖女がいた。


 よろよろと力なくセドリックは近寄る。


 こんなにも聖女を近くで見るのは、はじめてだった。


 そっと首に手を当てる。

 すでに事切れていた。


(ああ、また救えなかった──)


 セドリックは深い悲しみに襲われた。

 そして、そのときになってようやく、聖女に好意を抱いていた自分に気づく。


 バタバタと慌てふためく数名の足音が聞こえ、セドリックは素早く部屋をあとにする。


 教会の敷地内にある森の中、セドリックは声をあげて泣いた。

 なぜもっと早く手を差し伸べてやらなかったのだ、と胸をかきむしった。

 自分の命を投げ打ってでも、今世はそうすべきだった、と自らを責めた。


 翌日、セドリックは教会を辞めた。


(神などいない──)


 これまで朗読者として、神の教えを数えきれないほどの民に説いてきたが、神などいなかったのだと、そう思った。


 それから間もなく、聖女が亡くなったことが国中に知れ渡った。


 教会はなんとか隠したがったが、不可能だった。


 聖女の死を、人々は何かよくないことが起こる前触れだと口々に噂しはじめた。


 当時、賢君として知られた国王は、民の心を落ち着かせようとしたが、折()しく、貧民街から原因不明の疫病が流行り出す。


 元朗読者でしかない自分にできることは限られたが、セドリックはひとりでも多くの民を救おうと奔走した。


 そんな中、前世でつながりのあったスペディング公爵家と再び縁をもつことになり、その過程で、スペディング公爵家が”国を守る番犬”という役割を担っていることを知ったセドリックは、公爵家に忠誠を誓う。


 国王勅命(ちょくめい)で、疫病を抑えるべく、公爵当主の指示のもと貴族諸侯や王国の騎士ら、医師らが尽力したが、疫病はまたたく間に国全体に広がり、民の四割にものぼる犠牲者が出てしまう。


 そしてそれは、セドリックも例外ではなく、疫病により命を落とした──。



次話も引き続きセドリック視点ですが、時間軸を現世に戻して、フィリスとの出会いになります……!

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