国盗り迷い路
畿内について早々に合戦なんてのをした訳だが、三好に恩を売るぐらいの事しか考えていなかったりする。
今後の方針を考えるために、堺の商人に頼んで地図を取り寄せる。
どれもこれも形が歪んでいたりするが無いよりマシだし、その地図にかかれた情報こそ大事だったりする。
「何をやっているの?」
「この後どうするか考えているのさ」
「ここで暮らすんじゃないの?」
覗きに来た有明を気にせず、俺は地図をいくつかに分ける。
まず、俺は二枚の地図を端においた。
陸奥国と出羽国だ。
「さすがにこの二カ国は無理だな」
「この二カ国は何処なの?」
地理がわからない有明に、俺は石を持ってこさせてその場所を教える事になる。
九州と堺、そして陸奥国と出羽国にそれぞれ石を置いて説明する。
「ここが俺たちが居た九州。
ここが今俺たちが居る堺。
で、ここが陸奥国と出羽国だ」
「遠いわね」
「遠い。
ついでに寒い」
生きるためには食わねばならず、食うためには働かないといけない。
九州から粛清を恐れて逃れたはいいが、まだこの時点で俺たちは大友家の紐付きであるというのを忘れてはいけない。
さらに俺は数枚の地図を陸奥国と出羽国の上に置いた。
関東の地図である。
「ここには行かないの?」
「ああ。
合戦がひどいからな」
「おや。
八郎様ほどの戦の才があれば、何処も引く手あまたでしょうに」
いつの間にか居たお色が割り込んできて、分けられた地図を眺める。
宗像家は水軍衆で生計を立てているから、ある程度の地理は頭に入ってるらしい。
そんな彼女にさらに数枚の地図を手渡す。
甲斐国・相模国・越後国だ。
「武田・北条・上杉の争いなんかに巻き込まれてみろ。
命がいくつあっても足りん」
この時期の三家は武田と上杉が川中島で激しく争い、関東管領となった上杉家に北条家が激しく抵抗するというどうしようもない泥沼に陥っていた。
その才を持って将として迎え入れられても、相手は綺羅星のような将帥達ばかり。
わざわざ首をはねられに行く必要もない。
「あら?
国盗りでもするのかと思っていました。
早雲公や道三公のように」
戦国時代の代表的な梟雄である北条早雲と斎藤道三だが、後の世だとだいぶその実情とかけ離れているのが分かってきている。
とはいえ、国を獲って大名に成った事実は変わらない訳で、この堺にはそうやって名を上げたい者たちがゴロゴロとたむろしていた。
「そういえばこっちでも噂になっていたわね。
『女のために城を奪った浪人』って」
噂だからこそ広がるのが早いし、どんどん脚色されてゆく。
俺の九州での出来事は、新たなる北条早雲・斎藤道三と見られていたのだった。
「寺育ちで、博打で銭を集めて雑兵を雇い、毛利の誇る小早川隆景を相手に一歩も引かず城を奪い、大友義鎮様より姫をもらって御一門になられたと。
そんな御方が三好殿をお助けしてと堺の町衆で噂ですわよ」
お色の話には事実誤認が色々とあるのだが、噂だからある意味仕方ない。
この手の話は面白い方に脚色されるのだ。
「だったら、こんな所までわざわざ逃げて来ないだろうに」
そう言って、さらにぽんと三枚の地図を有明に手渡す。
三河・遠江・駿河の三カ国の地図である。
桶狭間の戦いで壊滅的打撃を受けた今川家は松平元康の独立を許し、家中が混乱していた。
俺が知っている史実では、その後今川家は回復できずに武田家と改姓した徳川家によって滅ぶことになるので、やはり対象外である。
「じゃあ、尾張?」
有明のなんとなしの言葉に、心臓が震える。
先を知っているからこそ、その意味を知っているからこそ、言葉が出てこない。
「どうしたの?八郎?」
「八郎様?」
このまま織田信長に仕官したら、彼は受け入れてはくれるだろう。
そして、その才能を十二分に使い潰す事が目に見えている。
織田信長の譜代では無い宿老で主だった者は羽柴秀吉・明智光秀・滝川一益・荒木村重の四人。
織田信長の覇業を補佐した彼らだが、それは最も危険な最前線へ常に送られ続けたとも言う。
命からがら逃げだして来たというのに、逃げ出した先も地獄だったというのは何のために逃げたのか分からなくなってしまう。
じゃあ、適度に手を抜いてというとそれを許さないのが織田信長という男だ。
彼自身の優れた人間観察で、相手のできる所を見極めて仕事をぶんなげ、出来なかったら容赦なく厳罰に処するから部下からしたら堪ったものではない。
その分功績には報いるのだろうが、人は常に全力で走り続けられる人ばかりではない。
心配そうに見つめる二人に俺はあえて別に地図を分けた。
一応心配する二人に説明を忘れない。
「尾張の主である織田信長は、才ある者を身分関係なく登用するそうだ。
働けば、城どころか国すらくれるかもしれんな」
ここでわざとらしく肩をすくめてみせる。
彼が改革者である事はわかっているが、その彼にも前任者が居るという事を。
「それをもっと前にやっている御方がいる。
この間来た三好長慶公だよ」
下克上と呼ばれる主家乗っ取りにおいて必然的に味方が少ない状況から始まる乗っ取り側は、それを補うためにも才能ある者を積極的に登用する傾向にあった。
良い例が三好家の家宰として辣腕を振るっている松永久秀である。
先を知らないならば、三好家よりも織田家を選ぶという選択に納得できる訳がない。
「じゃあ、この間来たのは、八郎を仕官させようとして?」
「だったら天下人なんてなっていないさ」
有明の質問に俺は苦笑してあの時を思い出す。
人を従わせる覇気があるのが覇者ならば、人が助けたいと思う魅力を持っているが王者なのだろう。
三好長慶は少なくともあの時はただ俺に礼を言う為だけに来ていた。
そのあたり前の事を続けた果てが今の畿内における三好家の覇権である。
改めて尾張国の地図を手にとって、有明に渡した。
三好長慶の誘いを断って何処かに仕官するというのは、それだけで理由を考えねばならぬほど大きなことなのだと思い知りながら。
「織田家と争っている一色家も駄目だな」
「八郎。どうして?」
美濃国の地図を即座にお色に渡すと、有明が不思議な顔をする。
俺はここについて織田信長と争う事がいやという理解できない理由ではない理由をでっちあげる。
「道三公がやった事は他の誰かでもできるって事さ。
おまけに道三公の最後は、息子に滅ぼされた。」
「……それは嫌よね」
「ですね」
家族について色々とある有明とお色が言葉を濁す。
俺はそのまま数枚の地図を二人に渡し続ける。
「家がしっかりしている朝倉家、三好家と争っている六角家と畠山家は除外。
適度に乱れている加賀・能登・越中の三カ国は国盗りするならば悪くはないな」
「じゃあ狙うの?」
こっちが気を使って明るく振る舞おうとしたのを察した有明が話に乗ってくる。
もちろん、俺も有明も国なんて欲しくない。
「お前が居て、適度に飯が食えて、笑って暮らせるなら城も国もいらんよ」
なお、ここも先には織田信長と上杉謙信によってめちゃくちゃ荒れる場所である。
言うつもりもないが。
そのまま北陸三枚の地図をお色に渡す。
更に十数枚の地図も二人に手渡した。
「三好殿が治めている畿内に手を出すつもりは無いよ。
彼の本拠である阿波国・讃岐国もな」
そして、中国地方の地図もまとめて二人に手渡す。
「ここは毛利家の縄張りだ。
大友の紐付きである俺が毛利で戦うのは論外。
では、反毛利で戦うならば支援は必須。
ついでに言うと、ならばどうして大友の側で戦わないと確実に言われる」
たとえば尼子復興軍の手伝いや、備前浦上家で反毛利として戦うという手段がない訳ではない。
その場合、支援なしで毛利と戦うという地獄が待っている上に、天下統一に向けて覇道を邁進する織田家が背後からやって来る羽目に。
先を知っているがゆえに、実は選択肢がかなり狭くなっている。
ここで織田家についてその覇道のレールに乗る修羅道と、織田家から外れてその織田家相手に戦う地獄というどっちを選んでもろくでもない道だ。
かくして、己の立場を再認識した結果として、数枚の地図が手元に残る。
「大友家の紐付きというのは悪くないのかもしれんな」
もちろん、己の生死がかかる今山合戦フラグと大友家そのものが大打撃を受ける耳川合戦フラグが無ければという話だが。
それさえ無ければ中央政局を気にせずに、最後織田信長なり豊臣秀吉なりが出て来た時に頭を下げればいい。
わかっているフラグの回避というのができるかどうかはまた別問題だが。
「こっちに来て分かったが、堺だと確実に中央の争いに巻き込まれる」
毛利の最前線である筑前と豊前は論外。
大友家の本拠たる豊後という蛇の巣に手を突っ込む勇気はない。
筑後は先の竜造寺戦の最前線、肥後と日向は最凶島津家の真正面。
何処もかしこもろくな場所が無いと頭を抱えた時に、一枚の地図を手に取る。
伊予国。
毛利家の南に位置し、南の土佐国には長宗我部元親が出て来る場所だが、彼が四国征服に動くのは阿波・讃岐が先で伊予は抵抗もあってかなり遅れた経緯がある。
大友家の本国豊後と海を挟んだ所にあり、大友家のフラグである龍造寺家と島津家から離れているのが素晴らしい。
(逃げるとしたらここだろうな)
なんとなく思いながら、俺は伊予国の地図も九州の地図と合わせて有明に渡した。