第9話 変わった未来
魔物の群れが去ったあと。
街道には、戦いの跡だけが残っていた。
折れた木々。
地面に残された爪痕。
そして、魔物の死骸。
私はそれを眺めながら、ようやく息を吐いた。
「……終わった」
昨日も魔物に襲われた。
そして今日も。
辺境に戻ってきたばかりなのに、二日続けて魔物と遭遇するなんて。
王都にいた頃には、考えもしなかった。
「マルグリット嬢」
「はい?」
声をかけられて振り返る。
そこには、アントワーヌが立っていた。
服には戦闘の跡が残っている。
それでも、大きな怪我はないようだった。
私は胸の奥で、そっと安堵する。
「怪我はありませんか?」
「問題ありません」
そう答えてから、アントワーヌは少しだけ私を見つめた。
「……あなたは?」
「私も大丈夫です」
「そうですか」
短い会話。
けれど、アントワーヌはその場を離れなかった。
何か言いたそうにしている。
私は少しだけ首を傾げた。
「どうしました?」
「……ひとつ、聞いてもいいでしょうか」
「はい」
アントワーヌは、しばらく黙っていた。
そして。
「なぜ、あの魔物の動きを予測できたんですか?」
やっぱり。
聞かれた。
私は心の中で息を吐く。
ゲームの知識。
前世の記憶。
そんなことを話すわけにはいかない。
「昨日、あなたから聞いた話を覚えていたんです」
「魔物の動きが増えている、と?」
「はい」
私は頷いた。
「それに、森の様子も少し変でした」
「森?」
「鳥の声が少なかったんです。それに、道の近くに魔物の足跡もありました」
これは嘘ではない。
少なくとも、完全な嘘では。
ゲームの知識だけではなく、実際に目の前の状況を見て判断した。
そういうことにしておけばいい。
アントワーヌは森の方へ視線を向けた。
「……確かに、昨日から魔物の動きはおかしい」
「やはり、そうなのですね」
「ええ」
アントワーヌは少し考えてから、私を見る。
「ですが、それだけであの群れを予測するのは難しいでしょう」
「……」
鋭い。
やはり、この人は簡単には誤魔化せない。
「私は、たまたまです」
「たまたま?」
「はい」
私は微笑んだ。
「たまたま、嫌な予感がしただけです」
アントワーヌは私を見つめる。
しばらくして。
「……そうですか」
それだけだった。
追及してこない。
私は少し意外に思った。
「信じるんですか?」
「完全には」
「え?」
「ですが」
アントワーヌは静かに続ける。
「あなたが私たちを助けたことは事実です」
「……」
「理由が何であれ、感謝しています」
その言葉に、胸の奥が少し温かくなった。
「こちらこそ……無事でよかったです」
「私が?」
「はい」
思わず答えてしまった。
アントワーヌが少し目を見開く。
「……私が死ぬと思っていたような言い方ですね」
「っ……」
しまった。
「そ、そういう意味ではありません」
「では、どういう意味でしょう」
「それは……」
言葉に詰まる。
ゲームでは。
この人は死ぬはずだった。
名前も知られていない。
物語の中では、ただの一人の騎士。
けれど。
今、目の前にいる。
話をしている。
私に礼を言っている。
ちゃんと、生きている。
「……あなたが無事で、本当によかったと思っただけです」
私は正直に答えた。
アントワーヌは少し黙った。
そして、小さく頷く。
「ありがとうございます」
その一言だけだった。
◇
やがて、私たちは領都へ戻ることになった。
帰り道。
私は馬車の窓から外を眺めていた。
森の向こうに、夕日が沈んでいく。
私はゲームの未来を知っている。
魔王が復活することも。
王国が戦乱に巻き込まれることも。
自分が処刑されることも。
だから、未来を変えられると思っていた。
けれど。
今日、ひとつ分かったことがある。
未来を変えるというのは、ゲームのイベントを一つ消すことじゃない。
そこに生きている人間の未来を変えることなんだ。
私は馬車の外を見る。
アントワーヌは馬に乗り、馬車の横を歩いている。
ゲームにはいなかった男。
私が知らない未来を生きている人。
そして今日。
その人の未来を、私は変えた。
「……未来は、本当に変わるんだ」
小さく呟く。
すると、馬車の外から声がした。
「何か言いましたか?」
「い、いえ!」
慌てて窓を閉める。
……聞こえていたらしい。
私は胸に手を当てた。
なぜだろう。
さっきから、妙に胸が騒がしい。
でも。
今はまだ、その理由を考える必要はない。
まずは領地だ。
魔物の動きも気になる。
三年後に魔王が復活する。
その未来を変えるためにも。
私は、この領地を変えなければならない。
農地。
水路。
街道。
そして、魔物への対策。
やるべきことはいくらでもある。
ゲームの中では、領地発展なんて簡単に描かれていた。
けれど。
ここはゲームではない。
そこに暮らしている人たちがいる。
だから私は、自分の目で見て、自分の頭で考える。
小さなことからでもいい。
一つずつ変えていこう。
ゲームに書かれていた未来ではなく。
私自身が選ぶ未来へ。
私は夕暮れの街道を見つめた。
そして、静かに思った。
「……ここから、始めよう」
その隣を。
アントワーヌが黙って歩いていた。




